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#41

 大聖堂の査問を「きゃぴきゃぴ外交」という名の死闘で乗り切り、聖都に再び穏やかな冬の足音が聞こえ始めた、ある日のこと。

 私は修道院跡地の庭で、冬を越すための薬草の根を整理していた。


「お嬢ちゃーん、お客さんだよ。君に弟子入りしたいって子が来てるんだが」


 門の方からヨゼフ殿の声が響く。


「弟子入り、ですか?」


 私は泥のついた手を拭い、首を傾げた。

 確かに、最近は薬や化粧品の噂を聞きつけて、製法を知りたがる不届き……

 いえ、熱心な者たちが現れるようになっていた。


 しかし、わざわざ門を叩くとは。


 私はシロを伴い、門前へと向かった。

 そこには、大きな荷物を抱え、緊張で顔を強張らせた一人の少女が立っていた。


「……あ、あのっ! 私、ジジ・コレットと申します! ガラシャ様の作るお薬で、母の病気が治りました! 私、ガラシャ様のような凄いお薬師様になりたいんです! お願いします、弟子にしてください!」


 少女が勢いよく頭を下げた、その瞬間。

 彼女の顔を正面から見た私の心臓が、ドクンと大きな音を立てて跳ねた。


(……あ。そなた、は……)


 栗色の柔らかな髪。少し垂れ目の、おっとりとした顔立ち。

 そして、緊張のあまり自分の足に躓き、抱えていた荷物を豪快にぶちまけてしまう、その不器用な手つき。


 私の脳裏に、遠い前世の記憶が鮮烈に蘇った。


 それは、私の人生で最も暗く、冷たい冬の記憶。


 父・光秀が本能寺で主君を討ち、私が「逆賊の娘」として丹後の味土野みどのへと追放された、あの日々。


 世の全てが私を敵と見なし、夫とも離され、屋敷の奥深くに閉じ込められた私を、ただ一人……泣きながら、けれど毅然として支え続けてくれた右腕の侍女。


 その彼女に、目の前のジジという少女は、爪の先まで瓜二つであった。


(……ああ。やはり、そうなのですね)


 私は思わず、胸元のロザリオを強く握りしめた。


 聖騎士アーサー殿の横顔に、若き日の父・明智光秀の姿を見た。

 親友クレアの笑顔に、最後まで私に付き従った侍女・お静の面影を見た。


 そして今、この異世界の地で、最も心を許したあの彼女が、私の前に現れた。


 神よ。慈愛の女神様よ。

 貴方は、どれほど慈悲深い配剤をなさるのでしょうか。


 かつて戦乱の世で、私と共に血の涙を流した者たちが、今こうして平和な世界で再び私の元に集まってくれている。

 皆、生まれ変わって、私に会いに来てくれたのだ。


 そう解釈した瞬間、私の視界が微かに潤んだ。


(いけませんね。今は主君……いえ、師匠としての品格を保たねば)


「お姉ちゃん? 大丈夫?」


 荷物を拾い集めながら、ジジが不安そうに私を覗き込む。


 私はスッと目を伏せ、感情を律して、凛とした声を張り上げた。


「ジジ・コレット殿。そなたの熱意、しかと受け取りました。我が陣……『グラティア薬師堂』への入門、特別に許可いたしましょう」


「ほ、本当ですか!? やったぁ!」


 ジジが飛び上がって喜ぶ。その拍子に、また荷物を落とし、シロの足に直撃させていた。


「ヒィン!?(この娘、なかなかの『天然』でござるな……)」


 シロが困惑の声を上げる。


 ええ、知っておりますとも。

 前世の彼女も、私の着付けを間違えたり、お茶をこぼしたりするドジっ子でしたが、その真心だけは誰よりも深かった。


 私は彼女のそんな危なっかしさに、どうしようもない母性をくすぐられ、ほっとけない気持ちになるのだ。


 * * *


「さて、ジジ。入門にあたって、一つ儀式を行わねばなりません」


 私は彼女を作業場へと案内し、一枚の真っ白な羊皮紙を机に広げた。


「ぎしき、ですか? 魔法の誓いとか?」


 ジジが目を輝かせる。


「いいえ。家臣……いえ、弟子として召し抱えるからには、二心なき証として『血判状けっぱんじょう』を提出していただきます」


「……けっぱんじょう?」


 ジジと、後ろで見ていたヨゼフ殿が同時に首を傾げた。


「ええ。主従の絆は、魂に刻まれるべきもの。これより、この紙にそなたの誓いを記し、仕上げにその指を噛み切って……」


「ストーーップ!!」


 ヨゼフ殿が悲鳴を上げて割り込んできた。


「お嬢ちゃん! 待て待て! なんで弟子を取るだけで流血沙汰になるんだい!!」


「おや。誠心誠意の誓いを立てるのに、血の契約けっぱんは不要なのですか?」

 

 私は不思議そうに扇を止めた。


「私の国では、これが絶対の信頼の証……マジでガチな契約マジガチ・コントラクトなのですが」


「マジガチって何!? とにかくダメだ! ペンで名前を書くだけで十分だから!」


 ジジはポカンとしていたが、私の必死(?)な様子を見て、ニコッと笑った。


「よく分かりませんけど……ガラシャ様がそれだけ真剣に私を必要としてくれてるってことですよね! 私、頑張ります! 指はちょっと怖いですけど、お名前ならいっぱい書きます!」


「……ふむ。異世界の理に従い、此度は筆墨ペンでの署名をもって替えましょう」


 私は少し残念に思いながらも、彼女が署名した紙を大切に受け取った。

 これにて、初めての家臣……もとい、弟子の登用完了である。


 * * *


「ではジジ。今日から修行の開始です。まずは基礎の陣立てから始めましょう。庭の隅から隅まで、音を立てずに歩く『すり足』の訓練。そして、敵の気配を察知する『索敵』のいろはを叩き込みます」


「えっ……お薬作りは?」


「兵法を解さぬ者に、真の調合はできませぬ。さあ、腰を落として! 桔梗の紋(家門)を汚さぬよう、精進しなさい!」


「は、はいっ! 師匠!」


 ジジはよく分かっていないようだったが、持ち前の真っ直ぐな性格で、プルプルと足を震わせながら庭を這い回り始めた。


 その様子を、私は縁側に腰掛けて、これまでにない穏やかな心で見守った。


 アーサー殿、クレア、そしてジジ。


 かつて私の人生を彩り、支えてくれた魂たちが、再び私の傍にいる。

 この事実が、どれほど私の孤独を癒やし、この異世界で生きていく勇気を与えてくれることか。


(……ああ。皆がまた会いに来てくれた。マジ尊い……尊すぎます)


 私は習得したばかりの言葉を心の中で反芻し、秋の陽光の中で不器用にすり足をするジジを見て、そっと目を細めた。


 これから、我が『陣』はさらに賑やかになるだろう。

 家臣を養うための兵糧(給料)の確保、拠点の防衛、そして彼女たちの成長。


 やるべきことは山積みだが、私の胸には、冬の寒さを吹き飛ばすほどの熱い喜びが灯っていた。


「さあ、ジジ! 次は鍬の素振り百回です! 頑張りましょう!」

「えええーーっ!?」


 平和な修道院跡地に、新しい活気ある悲鳴が響き渡る。

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