↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
92/101

その九十二

 三千六百

 私は、『他人に興味の無い人』に興味がありません。殆どの場合、魅力を感じないのです。

 生活の根幹は、人生の目的は、他人に拠って決められるものではなく、徹頭徹尾自分自身で決めて行かなければならないものです。その形成の過程に他人が介在すべきではありません。しかし生活と人生の内容には、却って他人が居なければならないのです。そうでないと、その人の一生が途轍も無く貧しくなって仕舞うのです。


 三千六百一

 雨が続く時期、家の中だけでは乾かない洗濯物を三歳の子と一緒に乾燥機にかけに行き、其処(そこ)に居た今年八十半ばの人の良さそうな笑顔のお婆さんと話しました。

「つかぬ事をお伺いしますが、お生まれは何処(どこ)で?」

「広島県の福山です」

「昭和何年ですか?」

「昭和十年」

 子供の頃に何が御馳走だったか、戦争は何(ど)んな形で生活の中にあったのか、終戦後何(ど)んな暮らしをしてこられたか。お婆さんは此方(こちら)の問いに色々と答えてくれました。生活の実感と長い人生の様子がよく分かるお話でした。

 人の一生です。勿論その全容を立ち話で聴く事は出来ません。けれどこの年代の人は皆、大変なところを通って来ています。そのお話を直ちに現在の自分に置き換えて考えてみる時、私は自分が忘れていたものを思い出すのです。感謝を忘れる事が何故いけないのか。それは倫理的に不徳だと謂うよりも、結局自分の置かれている立場状況を、真実に冷静に把握出来ないという事なのではないでしょうか。当然の事として幸運を受け容れ、生活の前提にしている魂に、深いものが見える筈が無いからです。

 お婆さんに感謝。また雨の日に乾燥機に行きます。少なくとも、私にはそれが楽しみになりました。


 三千六百二

 私は、どちらかというと他人を騙(だま)すのが好きな方なのです。此方(こちら)が何かしらを密かに計画し、その計画の通りに人が何らかの気持ちを抱くといった心理的な攻めが非常に好きなのです。しかし勿論、それで他人を利用して自分の利益に繋げようとかいう所謂(いわゆる)性質(たち)の悪い事をする訳ではありません。善良な人間に対してそんな策を謀れば、私という人間は即座に腐って仕舞いますから。そういうものではないのです。

 私は他人が如何に感じるのか、何を体験した時に何(ど)んな風に思うのか、それに興味があるのです。興味がある、そうですね、それが非常に私を惹くのです。其処(そこ)に私が生きる為に支えにしたいものが、少しですが見えているからです。

 私は他人とは違う。しかし何も彼(か)も全部違う訳ではない、同じところがある。全く、完全に一致しているところがあるのです。そうでなければ私が他人の書いたもの言った事に感動する訳が無いからです。私はそれを解きたいのです。そして生きている間中絶対に見落としてはならないものが、いつもちゃんと見えている人間で居たいのです。

 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。