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その九十一

 三千四百八十三

 既に自分に与えられている幸運を忘れ切っているところには、例外無く更なる幸運はやって来ません。幸運と謂うか、真実に潰(つい)えぬ幸福と謂うか。更なる幸福も、或いは今迄に経験した事の無い猛烈に厳しい試練も、等しく現在自分がもっている幸運を自分で理解していて初めて正しく対処出来るものです。

 自分に与えられている幸運を忘れている事は、油断の最も深刻なものです。そうでなくて一体何でしょうか。


 三千四百八十四

 一つの事を馬鹿みたいに続けている人に出逢ったら、私は怖くなります。それはそういう生き方が、私には人間の最も貴い生き方に思えるからです。その人は如何なる気持ちでそうやって暮らしているのか、何(ど)んな動機でそういう営みを続けているのか。

 純一(じゅんいつ)、一途(いちず)、これ程怖いものは他にありません。怖ろしいと思いませんか。それはそうでない生き方をして来た、今もしている人間の人生を過去から現在迄全部一遍にひっくり返す力をもっているからです。まるで自分がその上に立っている絨毯を容赦無く引き剥がす様に。だから自らが、自分自身が一途(いちず)に生きましょう。


 三千四百八十五

 市場を歩く、街並を歩く、空地を歩く、工業地帯を歩く、山を歩く。私は全部好きです。そう、全部好きなのです。好きだと思えるのです。その歩いている間中、私は想う事があるからです。それだけで十分楽しいのです。ほっとするのです。

 私が自分の想うべき事を想いながら居る時、私は自分の事を『油断していない』と見做す事が出来ます。そう、本当は私は、大切な人達の事を思っている時だけ自分の事を本当の意味で油断していないと思うのです。それ以外は、実は全部油断なのです。全部、全部です。如何に無理に思えても、そうなのです。

 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

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