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その八十九

 三千四百七十七

 本当に良いものというのは、私の経験ではいつも瞬間に来るものです。持続的に長く私の前に居座るものではありませんでした。私を覚醒させる機縁、遂にその事が理解出来腹の底に迄落ちて来て自分が納得出来る機会というのは、瞬間に来るのです。それは此方(こちら)のその時の心の状態精神の深さの程度に拠っては、容易に見過ごして仕舞うものです。

 私はその瞬間に、ちゃんとそれに気が付きたい。正しくそれをそれと認め、腰を折って頭を下げたいのです。それに気が付かない様で居ては、更に重大な、真実に自分の一生に於ける深刻な分岐を知らぬ間に渉(わた)って仕舞っているからです。そんな事はしたくありません。感謝なり覚悟なりで自分の心を満たして、通りたいのです。


 三千四百七十八

 自分の心が向いている方向が違うだけで、人は元気になったり不平不満に満ちたりするのです。これは実に面白い事実ではありませんか。甚だしきは、病気になったりその病気から回復したりする事さえあるのですから。

 人は心で生きているのです。それを封じて、抑え付けて、一体何を達成しようというのですか。そんな事を強(し)いるものから良いものが生まれて来る筈が無いと、そうは思いませんか。私なら、自分の心の闊達な動きの結果にこそ真実に良いものに続く道を期待するでしょう。それは仮令(たとい)間違っていたとしても、それでも自分を導くのです。人の幸福への道は、必ず此方(こちら)側の先に在るものと信じます。


 三千四百七十九

 時々思います。私の歩いた人生は、他人から見る時にかなり幸福且つ幸運であったと見えるだろうと。しかし私自身の感覚では、幸福幸運であった事よりも、何よりも困難で淋しい道程であったと思うのです。それが一番強い私の印象です。幸福幸運でありました。けれどもそれ以上に、私にとっては生きる事は大変だったのです。

 そんな風に私が自分を正直に告白出来る人、その人の前ではこの事をそのまま、何も飾らずに言う事の出来る人、出来るならそんな人に出逢いたいですね。今や天に在(いま)す父と、そしてまだ地上に共に生きる事を許されている母以外に。私の親以外に、別にもう一人。その事を切に想います。

 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

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