その七十九
三千百四十九
貰った給料の中から母に納めるお金を渡して次の日、その封筒が父の遺影の額の前に置かれていました。更に一週間程前に私が母に出した葉書も一緒に。
忝し、勿体無し、扨もこの恩には報じ難し。私はその御陰で、斯くも自分に不似合いなこの世を生きている事が出来るのです。斯んな風にして、命の力は人に伝わるのですね。私の地上での役目を、私は喜んで果たして行きます。
三千百五十
何と評すべきか、本当に見るに堪えない顔をして歩いている中年以降の年齢の人によく遭遇します。男女を問いません。生まれついての表情の様には到底思えません。絶対に、それはその人が生きて来た習慣に拠って後天的に仕上げられたものです。もう少し何とかならないものかと思いますが、正にそれが必然なのでしょう。その人は、なるべくしてそうなったのですね。
人が自分の胸に心に抱くものは、斯くも顕著に外側に現れて来るのですね。実に恐ろしい気がします。私の目には回復は不可能に見えます。屹度自分の中心に奉じているものの違いなのです。私はそういう人とすれ違う度に、自分らしく生きなければと思うのです。
三千百五十一
職場から家に帰って来て、伴侶が食事の用意から片付けまで皆やってくれる。尚且つそれを笑顔でしてくれるというのであれば、これはかなり嬉しいお話だといえるでしょう。家内円満の見本みたいな話ですね。けれどこの種の恵まれた饗応を享ける人間は、それと同時に知っておかなければなりません。自分がその食事の用意から片付けまで全部、それもそれらを全て笑顔でして『あげる』時の喜びを、です。
その喜びを知らずに、『我に提供される奉仕有り』とて幸福だなどと思っていると、早晩それは消えて失せます。霧が霽れる様に、何処かへ消えて行って仕舞います。奉仕する側の喜びをちゃんと知りましょう。自分が奉仕する側に廻ってその喜びを得る為に、です。
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