↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
78/101

その七十八

 三千百四十六

 子を早く寝させる為に、付き合って早い時間に横になりました。そしたらそのまま、朝の六時ちょうどまで私も眠って仕舞いました。よい大人が八時間半以上も熟睡して可(い)いのでしょうか。遉(さすが)に、明らかに身体が軽いです。職場で午後からも眠くはないでしょう。当然です。

 これが祝福された幸福というものでしょうね。宝籤で数千万円当たっても、ここまで心安らかとは行かないと思います。真実に味わう事が出来且(か)つ続く幸福というものは、ささやかなのです。そして決まって、お金にも社会的な名誉にも縁の無い事なのです。


 三千百四十七

「せめて小さな成果でもあれば、もっと元気になれるのに」

 そういう気持ちは私にも分かります。けれど、無理は無いといっても、実はそれは間違いなのです。何が間違っているのかというと、具体的な何かの計画が前進する事をもって自分の元気の源としているところです。人が自分の元気を汲み出す源泉を其処(そこ)に求めるのは、私には間違いの様に思えてならないのです。

 人が元気になる理由、なれる根拠、それは『今日も自分らしく生きる事が出来た』でなければならないのではありませんか。それこそが最大の成果ではないでしょうか。そしてそれを最大の成果だと思えない様では、まだ自分に足らないところが在るという事ではないのでしょうか。


 三千百四十八

 小説を書く前に、人間が生きていないといけない。職場で仕事をする前に、既に人間が生きていなければならない。何事をし、如何なる活動を自分がするにしても、それ以前に自分が生きていなければならないのです。生きているというのは、無論目標をもち、意欲をもって、魂が迷っておらずに今を生きているという意味です。完成している必要は全くありません。けれど、生きていなければならないのです。

 その、自分が『既に生きている』事を可能にするものについて、いつも私は云々(うんぬん)しているのです。というのも、それが一番大事だからです。私はいつもそれを求めているものだから、他人が私の眼前に展開する諸々の多くのものに全く値打ちが無い様に見えるのです。それは私の欲しいものとは全然違う種類のもので、多くはその場限りのものです。根本。それを自分に齎(もたら)してくれる、そういうもの。それはいつでも、自分の心の奥深くに求めなければならないのではないでしょうか。私にはどうしてもそんな風に思えるのです。

 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。