その六十八
二千七百七十四
何かの事実、そう、特に意外な事実を知ると、私の中に勝手にストーリーが浮かんで来ます。そしてその次に、そのストーリーを歩く人間、いやそのストーリーに関わる人間の像がこれも勝手に浮かんで来るのです。私が人間を多く知っているからでしょうか。違うと思います。それは全て、『嘗てそう考えていた自分』、『そうなっていたかも知れない自分』、そして『完全に今のまま自分』なのです。正に、全部自分なのです。それが私にとっての『小説を書く』という事なのです。自分を描いているのですから、一度書けばもう書き直す事が出来ないのです。
でも自分以外の人間を描く事も、或る場合だけ出来るのです。それは私が心から愛した人です。それなら自分ではないのに、描けるのです。
二千七百七十五
宝物、見付かると良いですね。けれども、本当に変わる事の無い確固とした宝物は自分が創り上げるものです。そして実は、そうやって永い間懸命に創ろうと頑張っても創り上げる事が出来ず、やっと出来たと思ってもそれは自分が欲していたものとは違うものだと知るに及んで、自分に最初から与えられていた宝物が在ったのだと気付く、そういうものではないかと私は思います。
自分で創り上げる宝物、尊いです。ですがその努力や切なさを知っている者にして初めて、それに勝る、自分の努力とは一切関係の無い、既に与えられている絶対に変わる事の無い宝物を見出すのではありませんか。今の私を支えているものは、完全に与えられた宝物です。それは自分で創り出したものではありません。
二千七百七十六
「昼は雲の柱をもてかれらを導き、夜は火の柱をもて彼らを照らし」(出エジプト記第十三章二十一節)
何という言葉だろう。私はこれ以上に力強い言葉を知りません。これは衆議一決した結果ではありません。また何かの利益を目指した者が口にした言葉ではありません。ただ、ひとりの人間の信念から生まれた言葉です。
だから私は信念、信じる事というのが一番強く且つ尊いと思うのです。
二千七百七十七
人は、家の荷物を整理しながら自分の心を整理するのです。整理好きというのは、大体斯ういう人なのではないかと私は思っています。心の無秩序、未整理が直ちに生活に影響する様な。
何とも人間的な話ではありませんか。私はそういう人が好きです。欠点でしょうか。内面が外面に直結しているのは。違うと思います。欠点なのではなく、自然なのです。その自然を失うと、人の心は病気になるのです。
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