その六十五
二千七百六十三
自分の失敗を過度に気にしない為には二つの条件が必要かと思います。一つは、恐れずにもっと失敗を繰り返す事。そのうち阿呆らしくて個々の失敗など気にならなくなります。何しろ失敗に溢れているのですから。しかしこれだけではそれこそ阿呆かも知れません。単に感覚が麻痺しているだけとも謂えます。だからこれに加えてもう一つの条件を整えなければなりません。
もう一つの条件、それはちゃんと大きな遠い目標を自分の内に確立していて、その事に拠って今自分が為すべき事を具体的にもっているという事です。勿論此方が主な条件の方です。これがあってこそ、連続する失敗を本当の意味で恐れずにいる事が出来るのです。
二千七百六十四
真実に有用で価値のあるものは、いつも大事なところで何らかの能力ではなく勇気を求めて来るものです。これは鉄則であって、例外が無いと私は思っています。
逆に謂えば、それを自分に求めて来ないものは本物ではない、則ち本当に私にとって必要ではないものだという事です。
二千七百六十五
風景、絵、道具、旋律、言葉、表情、夢。小さな頃の想い出は、本当に一生その人の心に残るものですね。全く消えない、それどころか薄らぐ事も無いのです。
それはそれだけ、大切だからではないでしょうか。一生通じて人は其処から滋養を得、そして何かあると其処に帰る事が出来る様に。それを失ってはなりません。それは大人になってから自分が得る全ての総和に勝って尊いものかと思います。
二千七百六十六
小学生の頃、冬の小学校の運動場から遠い山並を見ていたのを今でも憶えています。そんなに高い山ではなかったのですが、それでも昔の冬らしく立派に寒く、山の上の方には薄いけれども広い範囲で雪が積もっていました。
「春になればあれは融ける。早く暖かくならないかな」
私はそう思っていました。けれど同時に、言い知れない淋しさ、心細さを感じました。
子供の頃に見る遠い山並というのは、どうして斯う記憶に残るのでしょうか。本当に表現出来ない、正体の分からない淋しさと一緒に。若しかしたらその淋しさの中に、その子が一生の間ずっと付き合う事になる大切で何ものにも代え難い情緒がもう在るのかも知れません。そういう淋しさなのです。私が愛するのは。
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