その六十四
二千六百二十九
世の中全部を否定したい気持ちになるのは判ります。私もそういう事は今までに数多くありました。でも自分がその気持ちを抱く時、自分が生きて接する事の出来た世の中というのは非常に限られた範囲である事を必ず一緒に想わなくてはなりません。そうでないと自分の懊悩が間違ったものの上に建って仕舞うからです。
間違いの上に建ったものに自分を預ける事は出来ません。自分の悩み苦しみを、真実で正当な前提の上に建てて下さい。その時その苦痛は、必ず自分に途轍も無く大きなものを返してくれるでしょう。
二千六百三十
少額であっても一応貯金出来る暮らしをしていて嬉しいと思うのは、誰かに祝いや季節の贈り物をする時です。特に親戚の子に送ってあげられる時は嬉しいですね。普段、お小遣いを貰っていないそうなのです。
私なら、お金に僅かの余分があればそんな風に遣いたいです。迚も自分を潤してくれますよ。
二千六百三十一
『この人は物凄い、驚異的な馬鹿だ』、そう思える様な人に出逢ったら、自分が何故そう思ったのか考えてみましょう。そして出来ればそれを、自分がそう思った理由を言葉に書き出してみましょう。言葉に書き出した後でも矢張その人の事を馬鹿だと思えるでしょうか。
私はこれは良い方法だと思っています。どういう目的の為に良い方法なのでしょうか。それは、自分が他人を馬鹿だと感じているのか、そうではなく嫌いだと感じているのかを自分が知る為に、です。そうやって解った上で、馬鹿と見做すなら馬鹿と見做し、嫌いだと思うなら徹底的に嫌えば良いのです。で、私は他人を馬鹿と思う時は、割合に少ないです。しかし他人を徹底的に嫌う事は頻繁にあります。
二千六百三十二
へとへとになるのは、若しかして自分が納得出来ない事を連続してやっているからではありませんか。『そうせざるを得ない』、生活とか或いはその他の何らかの理由に拠って。
本当に、一度自分の今の暮らしの在り様を考えてみた方が良いです。不本意な事をせざるを得ない場合でもそれにしっかりした理由がある時には、人は堪えられるものです。堪えられない、気が狂う、それは自分が納得出来ない理由で納得出来ない事をしているからだと思って、まず間違いありません。思い切って、捨てられませんか。その不本意な事。
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