その五十四
二千三百四十三
一寸押したら倒れる壁に、どうして自分の身体を預けられるでしょうか。何かを期待する事が出来るでしょうか。況してや押す前から逃げて行く壁を、気持ちだけでも頼りに出来るでしょうか。反対に一切気を許す事が出来ません。壁で御座いますという顔はしていますがそれは壁でも何でもないのです。しかし壁の顔をしていないと困るから、不本意に壁らしい顔を装っているのです。
汚らしい偽りに、忌まわしい偽物に、用はありません。本当にそう思います。
二千三百四十四
自分が今居る現実の世界から一時逃避しても、どうせ逃れられません。多くの人はそれをちゃんと分かったまま逃避して、そして暫くして逃避する前よりも疲労して自分が元居た位置に帰って来るのです。逃れる為には、別の事をしないといけません。それは自分の今居る現実の世界に身を置いたまま、今の自分には見えていないものが見える様になるという事です。
それは確かに困難な事でしょう。しかしその困難は千人に抜きん出て試験に合格する困難ではありません。自分に素直になる事の困難なのです。だから人は疲労していても、それを目指す事をしなければなりません。出来ないと決まっている事ではないからです。ずっと自分の良心を抑え付けて、軈て本当にそれが出来ない自分になる事を、私なら恐れます。
二千三百四十六
日帰りの小さな旅行でもそれをしたいと長く思っていて中々それを実現出来ず、この程漸くそれが実現したというのなら十分楽しいものでしょう。初めて見る光景に地図上でしか見る事のなかった美しい良い響きの地名、そしてその場所にまつわる歴史を知っているのなら余計に面白いですね。
人は憧れに拠って自分の喜びを増す事が出来ます。それこそ大人が楽しむ旅ではないでしょうか。そういうのを真実に『豊か』というのだと思います。
二千三百四十七
春四月、保育園では毎年新しく入園して来る子供の泣き声が凄いです。今迄ずっと家に居たのに、親と離れた場所に朝から夕方まで預けられるのですから。二年次から初めて入園して来る子供達が特に大声で泣きます。
私が朝子供を預けて出勤しようとすると、小さな新顔の女の子が泣いています。頭を撫でて『大丈夫、大丈夫』と私が言うと、私の脚にしがみ付いて来ます。保育園の先生の方を優しく向かせてあげても、いやいやと顔を横に振って泣いています。実に、傍を離れ難い気がしました。小さな子供の気持ちにしてみれば真剣なのです。大真面目で怖くて不安な訳ですね。それだけに、余計愛おしい気がします。勿論一週間もしたらどの子も慣れて来るのですが。
これだけでも、世の中捨てたものではないと私は思います。人間に会うのが嫌になったら、町のお店の前で小さな子供に話し掛けてあげるのはどうですか。自分の中に何かが呼び起こされると思いますよ。
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