三十年後 3
その日のお昼時、お見舞を受け付ける窓口で女性が、何か問い合わせている様子だった。
けして珍しくはない光景だけどわたしの目を引いたのは彼女の身なりがとても上等だったからだ。
仕立てのいい着物とコートだけどそれだけじゃなくて、ここいらでは見かけない只者ではないような雰囲気を纏っていて、どんな人だろう、そして誰に会いに来た見舞い客なのだろうと少し気にかかった。
そして雑務を済ませていつものように橋本さんの病室に寄ろうと思ったら、来客があったのだ。
先程の受け付けの女性だった。
彼女と橋本さんは熱心に話し込んでいて、わたしはなんだか見てはいけないものを見てしまったような気持ちがして、そっと後退りしてその場を立ち去った。
あれは、いったい誰だったのだろう。
翌日は同僚が休んでいて朝から大忙しで息つく暇もなかった。
バケツや雑巾をもって駆け回り、敷布を替え、布巾を運び、おおわらわだった。
ようやく時間ができて、橋本さんの病室に寄ることができた。
橋本さんの顔色は随分よくて、わたしは少しホッとした。
「今日はお加減よさそうでよかったです」
橋本さんはにっこりと微笑んだ。
「ええ。そうなの、随分よくて。それにね」
珍しく少し口ごもる。
「友達がね、大事な友達がお見舞いに来てくれてたの。随分前から手を尽くして私の居場所を探してくれていたようで、ほら、私、家出したって前に言ったでしょ?実家にいた頃のお友達だったのだけどその彼女のご主人が昨年お亡くなりになって、お子さんたちもすでに独り立ちされていて彼女は今とても自由なのですって。古い友達でずっと疎遠だった私がどうしているか気になっていて定期的に報告をしてもらっていたようなのね。それで病でこんなことになってると知って、会いに来てくれたのよ。本当に懐かしかったわ。もう二度と彼女には会うことはないだろうって思っていたから」
彼女はそこで言葉を切る。
まだ信じられないような、どこかぼうっとした表情。
「驚いたわ。とても元気そうで幸せそうで。私は彼女にした仕打ちを後悔し続けていた。家出ってね、たしかに私にとっては自由を得ることだったけどその一方で彼女との一生の別離だったし、彼女に私の運命を押し付けるような身勝手で酷い仕打ちをしてしまっていたの。だから彼女があんな風に私のことを探して、会いに来てくれて、許してくれて、それに…」
「それにね、彼女は、一緒に住まないかって提案してくれたの。鎌倉に素敵な別荘があってそこを彼女はご主人に頼んで買い取ってもらっているんですって。そこを今ちょうど手を入れていて、水回りを修理したり樹木を入れ替えたりの工事をしているところらしいの。よかったらそこで療養しないかって言ってくれたの。彼女は主治医の山田先生とも話してくれて、話はどんどんトントン拍子に決まっていって、少し怖いくらいなのよ。それに、お店のことはちょっとね、姉の店を手放すのは寂しいし姉に申し訳ない。でもこの身体ではすぐには始められないのはその通りだし、身体がよくなってから考えるしかないみたいで」




