合流
第三陣開拓軍は、一夜にして壊滅した。
次元航行能力を持つ輸送船は、完全に破壊された。満載されていた大量の物資はすべて灰燼に帰し、深い水の中に飲み込まれた。人員もほとんどが死傷し、厳しい寒気に閉ざされた過酷な夜を越えることはできなかった。
夜が明け、まばゆい朝日が鏡のように波ひとつない水面に反射した。水平線のかなたに円盤がピンク色に輝いていた。空に浮かんだ雲が緋色に燃えている。強烈な太陽の光によって、夜間に氷結した地面が、急速に解凍されていた。砂漠は、つかのま湿り気を帯び、黒ずんだ丘に変貌していた。
説教使と三人の修身士の前に盛り上がった砂山の影が、長々と黒い影が伸びている。説教使と三人は頭を垂れていた。説教使が祈りを唱えている。
「……死せるものの魂が守の御許で久遠に安らがんことを……アオイ」
「「「アオイ」」」
説教使に合わせて三人は声を和する。
彼らとともに逃亡し兵士たちは、現地人に負わされた銃創によって次々と命を落とした。祈りを終えた四人は、疲労しきった体をひきずるようにして戦騎に乗った。説教使は三人を励ました。
「大変でしょーが、も少しがんばりまショー」
三人の顔は土埃で黒くまだらになっている。ぼんやりと説教使を見上げる。説教使は優しげな声音を出した。
「内陸に、第一陣開拓軍が基地を作って駐留しています。そこまで行けば、とりあえず安全確保できるでしょー」
三人の修身士たちは無言でうなずいた。
現地人の襲撃をいつ受けるかわからない恐怖にさいなまれ、一瞬の休息もとらずに夜通し、戦騎で駆け通した疲れが、全身におもりを縛り付けたように三人の四肢を重くしていた。夜間の身を切るような寒さと打って変わって、急速に気温が上昇する。三人は体が溶け出してゆくかのような汗にまみれ、暑さにあえいだ。
先頭を進んでいた説教使が上半身を揺らがせる。全身がびっしょりと汗に濡れていた。薄い衣服が濡れ、皮膚に黒くはりついている。脇腹がどす黒く染まっている。凝固した血液の染みだった。苦痛を押し殺し、歯を食いしばる。やがて、説教使は戦騎から滑り落ちた。
背後からついてくる三人は、つかのま異変に気がつかなかった。
うとうとと居眠りしていたマリアアリスが素っ頓狂な声を上げる。眼前を歩く戦騎は、主を失っていた。荒々しく心臓が掴まれ、引き絞られるような強烈な痛みが、マリアアリスの胸部を貫いた。半ば正気を失った金切り声をあげ、マリアアリスは戦騎の上で体を伸ばした。
「センセー? ちょっと待って、マジいよ、センセーがいないって!」
さなええりなとフィオナナンシーがびくりと体を波打たせる。二人とも、意識を失っていた。
三人はあわてて周囲を見回す。白く光る砂漠のはるか後方に、説教使が褐色のしみと化してぽつりと浮かんでいる。
三人は戦騎の機首を巡らし、説教使の元へ駆けた。
ほどなく、地面にあおむけに横たわる説教使が見つかった。
「センセー、何やってんスか!」
マリアアリスは戦騎からとびおりた。砂を蹴散らし、倒れこむ。ごろごろと地面に転がった。砂まみれになった顔を上げた。苦しげに息をつく。
「えー! 大丈夫―?」
さなええりなとフィオナナンシーが戦騎から降りる。フィオナナンシーがひとりつぶやいた。
「ほんっとに、なあに考えてんのお?」
マリアアリスは横たわる説教使のほうへ這いずる。さなええりなとフィオナナンシーが説教使を気遣わしげに抱き起こそうとする。ぱちりと説教使は目を開いた。かすれた声で言った。
「心配かけてスマセーン」
「大丈夫ですか?」
さなええりなが声をかけた。マリアアリスとフィオナナンシーが不安げな面持で、説教使を見守る。
説教使は薄くほほ笑んだ。ゆっくりと身を起こす。三人の手を借り、かろうじて上半身を起こした。ふらふらと首が揺れている。すでに頭部を支える力がないように、顔をうつむけたまま背中を丸めた。そのまま意識を失う。
「センセー!」
三人は説教使に体を寄せた。バランスを失う説教使の上体を支える。
さなええりなが憔悴した声音で言った。
「どうしようー! 死んじゃうとかってあるのかなー?」
「はあ? エンギ悪いこと言わないで欲しいんですけど!」
マリアアリスはさなええりなをにらみつけた。フィオナナンシーが沈鬱な声で言う。
「とりあえずう、どっかで休まないとお」
「体熱っつい。日射病じゃね?」
「丸く草が生えてるところー! そこに日陰あると思うー!」
「頭いーじゃん! 早く運ぼうぜ!」
苦労惨憺の末、三人は説教使を空の戦騎に担ぎあげた。三人は声を上げた。説教使のわき腹に、凝固した血液の染みを発見した。
「これって、怪我してんじゃん。ガチでマズくね?」
「フィナに聞かないでよお。言いたくないもおん!」
フィオナナンシーがむっつりと言う。さなええりなは取り乱したような声をあげた。
「うそー! そんなことって無いよねー? 絶対ないよー!」
マリアアリスは激しく頭を振った。固く閉じた瞼に、手の平を当てた。自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「だよね。きっとなんとかなんじゃね? そうだよ、絶対」
作業が終わると、全員、息を弾ませてその場にしゃがみこんだ。けだるげに体を持ち上げ、戦騎にまたがる。説教使が戦騎から落ちないように周囲を歩く。
高く上ったAO次元の太陽は、空高く上り、強烈な光を投げおろしていた。彼方の地平線がかげろうに揺らめいている。
白い砂の海のただなかに、ぽっかりと濃い緑色の孤島が浮かび上がっていた。密生した植物がからみつき、半球を形成していた。
「あった! 超々々(ハイパー)助かった!」
マリアアリスが嬉しげに言った。さなええりなから安堵の声が漏れる。
「よかったー! これでセンセーも元気になるかもー!」
フィオナナンシーため息混じりにつぶやく。
「これからどうなんのお……って、この子たちなんも考えてないよねえ、きっとお……」
砂漠の奇怪なオアシスの内部は、身の置き所もないほど縦横に細いツタや枝がおびただしくからみついている。三人は苦労しながら戦騎を従えて奥へ進んだ。
「あああ、のど渇いたあ」
苦しげにフィオナナンシーが言った。ほかの二人が同意する。
「だよねー! おなかもすいたー!」
「おしり痛くなっちゃったよね。ちょっと休みたくね?」
三人は、説教使から飲料水を渡されていた。説教使は伏せていたが、それは死んだ兵士が携行していたものだった。飲料水はDT次元人とHF次元人で同じものが使用できる。
行く手をさえぎる草を押しのけ、引きちぎりながら三人は奥へ進む。しかし、それほど深くない場所で立ち往生した。張り巡らされた植物が徐々に容易に排除できないほどに固いものに変化し始めていた。
三人は説教使を下に丁寧に横たえた。ジャングルの地面は、びっしりと草や蔓が埋め尽くし、じっとりと水気を含んでいた。
声もなく三人は濡れた地面に腰をおろした。
燦ディアゴゴンサロ学苑の制服は、砂と乾いた汗でごわごわになっていた。湿気を帯びたポケットから携帯飲料水を出す。手のひらにすっぽり収まる四角形の薄いカード上の中央部分を強く押す。摩擦音とともに、シート内部で化学反応が始まった。同時に、パキパキと音をたててカードが厚みを増してゆく。内部に水が充満していた。化学反応が終了するとともに、カード中央部のシールが変色する。三人はわずかな水をむさぼった。
マリアアリスは憂鬱そうに言った。
「これからマリたちどうなるんだろ?」
「センセーが言ってた方角に行くしかないよー!」
さなええりなが会話に加わる。フィオナナンシーが言った。
「どこまで行けばいいのかなあ」
「わっかんない。つか、センセー、このまま寝てるってことはないよね」
気遣わしげにマリアアリスは説教使を見た。説教使は窮屈そうに手足を木の幹の間に置いて身を横たえている。目を閉じ、寝息を立てていた。腹部が上下に動いている。
「きっと、平気だよー! よく寝てるみたいだしー!」
さなええりなの明るい声に、他の二人は押し黙った。きまずそうにさなええりなは口を閉ざした。
「根拠あるのお? なあんか適当」
フィオナナンシーがぼやく。マリアアリスは小さくため息をついた。地面に視線を落として言った。
「問題はこれからどーするかっしょ。マジでなんかいい考えって無い?」
三人はそれぞれ考え込んだ。さなええりなが言った。
「なんかー! また何か来たら怖いから先に進むー!」
「先にって言ってもお、どこに行くのお」
「何となくしか、わかんなくね?」
「開拓軍がいるって言ってたしー! 遠くからみえるよー、きっとー!」
「見たことないから、わかんないよお、そんなことお」
「つか、こんな砂漠で道迷ったらシャレになんなくね、マジで……さり、道わかんの?」
「なんとなくー……」
さなええりなは戸惑ったように語尾を濁した。フィオナナンシーがじろりと見る。
「だからあ、自信ありげに適当なこと言うのやめてくれるう。話が変な方向に進んじゃうからあ」
さなええりなは傷ついたように顔を伏せた。
「ごめん……」
「じゃあ、フィナなんかいい考えあんの?」
「ないけどお」
「少しは考えてほしいんですけど?」
「そうそう名案とか思いつくわけないでしょお。マリが考えればいいじゃないのお」
「バカだから全然なんも思いつかないの!」
「だったら、センセーが起きるまで待つしかないよお」
「でも、また昨日みたいになんか来たらどーする?」
「来たら来たで、逃げるしかないでしょお? でも、道わかんないのに砂漠を進むのはマズイと思うよお」
マリアアリスは首をひねった。ふと顔をあげ、静かに黙っているさなええりなに声をかける。
「さなはどう思うわけ?」
さなええりなは遠慮がちに答える。
「さなもセンセーを待つほうがいいかもー!」
マリアアリスはうなずいた。
「じゃ、ここで待つか。マリたちももうかなりやられてるし、ちょっとくらいいいよね、休んでっても」
「なあんで、マリが仕切ってんのお?」
「じゃあ、フィナが決めたってことでいいよ。どっちでもいい。うるさい」
マリアアリスはぐったりと地面に横になった。フィオナナンシーは不機嫌そうに鼻をならす。さなええりなはおびえたように周囲の顔色をうかがっていた。
すでに日は傾き、濃密な木々の間に、紫色の影がよどんでいた。
三人の少女がそれぞれに木々の幹や、草と蔓に埋もれた地面にうずくまっている。そばには、教師が丸太のように横たわっている。ジャングルの中から、小さな無数の音が聞こえていた。いずれも金属の触れあうような澄んだ音だった。かすかな寝息が涼やかな音とまじりあっていた。
草がすれる音が静寂を破る。
マリアアリスがうめき声を漏らし、全身をこわばらせた。短い悲鳴をあげ、両目を開く。恐怖に歪んだ顔に黒い筋が流れる。涙が土ぼこりを吸い取り、ほおに二筋の川を作っていた。
物音を聞きつけたかのように、木の幹に持たれて目を閉じていたフィオナナンシーのまぶたがそっと持ち上がる。いまだに意識がはっきりしないように、無言でマリアアリスを見る。
マリアアリスはため息をつき、身を起こした。両手で顔を抑える。
「どうしたのお?」
フィオナナンシーはかすれた声を出した。鋭い視線をマリアアリスは声の主に向ける。脱力したように顔を伏せた。耳を指先でしきりになでる。
「なんか久々にいや~な夢見ちゃった。口から真っ黒な土が出てきて止まんなくなる夢」
フィオナナンシーはそっと笑った。
「で、体がちっちゃくなってくんでしょお? 久しぶりだねえ。輸送船の初日以来じゃなあい? マリがうなされんのお」
マリアアリスは不機嫌そうに言った。
「枕がねーからよく寝れねーんだよ。それにフィナだってしょっちゅう悪い夢見てんじゃん。バカにしないで欲しいんですケド」
「はああ? まあた謎の言いがかりい。フィナ寝てるとき夢なんか見たことないんですケドお」
その時、身を丸くして眠っていたさなええりなが声を上げた。驚いた顔付きで、マリアアリスがさなええりなの様子を見た。
「寝てる。寝言じゃね?」
「センセーはどうなのお? 大丈夫う?」
マリアアリスは説教使のそばへ寄った。注意深く状態を観察する。説教使は深い寝息をたてながらじっとねそべっていた。マリアアリスは首をひねる。
「朝から変わんない。いいのかな」
フィオナナンシーは答えない。マリアアリスは仔細気に説教使のほとんど動かない横顔を見つめた。
「……お父さん!」
再び、叫び声がさなええりなから聞こえる。マリアアリスが不思議そうに、声の方向をうかがう。フィオナナンシーがせせら笑った。
「マリのが感染ったあ」
「ふざっけんな。バカ」
マリアアリスは興味深そうにさなええりなのそばへ寄った。さなええりなは眉根を寄せ、不規則に息を弾ませている。にじみ出た汗が汚れた顔に黒いまだらを作っていた。マリアアリスは目を丸くした。
「さな、本当に(ガチで)死んじゃうんじゃね?」
マリアアリスの手が、さなええりなの首筋に触れた。
「あっ」
マリアアリスは声を上げた。さなええりなの手が、マリアアリスの揃えた指先を掴んだ。ぎゅっと力がこもる。さなええりなの閉じた瞼から涙が流れた。
「……生きてたの……お母さん」
さなええりなはつぶやいた。戸惑ったように、マリアアリスはさなええりなの寝顔をのぞきこむ。
「なあに言ってんだよお、ばあか!」
フィオナナンシーは、足をばたつかせて地面を踏みならした。マリアアリスがたしなめる。
「は? ちょっと、いきなり何やってんの? うるさいし」
さなええりなの体がはっとこわばった。半ば夢の中を漂っているようなううつろな眼差しを頭上のマリアアリスに向ける。開いた口から、言葉が漂い出た。
「…お母さん?」
ぽかんとマリアアリスはさなええりなのぼんやりとした顔を見つめた。フィオナナンシーはあっけにとられたようにマリアアリスに眼をやった。反応をうかがう。一瞬の沈黙の後、マリアアリスとフィオナナンシーはほとんど同時に爆笑した。
「ガチで見間違いって、マジ受ける!」
「オカーサンだって! 幼稚園児じゃないんだからあ!」
腹を抱えて笑い転げる二人を見て、さなええりなは顔を真っ赤に染めた。泣き出しそうに唇を引き絞り、眉を吊り上げる。勢いよく立ちあがった。じろりと二人を睨みつけた。
マリアアリスは笑い顔で尋ねた。
「どーしたの?」
唇をとがらせ、さなええりなは無愛想につぶやいた。
「トイレー!」
素早くさなええりなは踵を返した。生い茂る草の壁を抜け、奥へと姿を消す。マリアアリスは真顔に戻った。ふと申し訳なさそうにさなええりなの消えた草むらに眼をやる。
「マリもトイレ行って来よっと」
立ち上がろうとするマリアアリスの腕をフィオナナンシーが乱暴につかんだ。口の端を嘲笑で捻じ曲げている。
「ほっときなよお。あ~んな甘えん坊お」
「フツーにおしっこしたいの」
うるさげにマリアアリスは腕を振り払おうとする。が、フィオナナンシーの手は離れない。怪訝そうな面持ちでマリアアリスは相手を見た。フィオナナンシーは意外そうにマリアアリスへと熱のこもった視線をじっと向けていた。
「柔らかいね……」
うわごとのようにフィオナナンシーはつぶやいた。マリアアリスはぞっとしたように背筋を震わせる。
「は? いきなり何いってんの? キモいんですけど」
身を引こうとするマリアアリスに、突然フィオナナンシーの体が覆いかぶさる。目を充血させたフィオナナンシーは息を荒げて、マリアアリスの体を地面に押し倒した。マリアアリスは仰天したようすで茫然とフィオナナンシーを見上げている。
「ちょっと、ほんとにどうなってんの?」
フィオナナンシーはちらりと困ったように首をかしげた。が、すぐにマリアアリスを抑えつける両手に力を込める。
「わかんないけどお! 何か急にそんな気分になったんだよお!」
マリアアリスは短く笑い声を上げた。
「おかしくね? フィナはヤられるほうじゃん! ジャングルの中だからって野性に戻んないでほしいんですけどお?」
「『ワイルドだぞお?』ってねえ! フィナ(あたし)だって男なんだからねえ!」
「そんなこと言われても、いよいよどっちかわかんないし! つか、センセー起きてたらどうすんの?」
「関係ないよお! フィナたちが何やってるかなんかあ、きっとわかんないってえ!」
「フィナさあ……メンズピル切れたんじゃね?」
マリアアリスは探るような目つきをフィオナナンシーに投げかけた。フィオナナンシーは目を丸くする。
「なんでわかったのお?」
「持ってくんの忘れたんじゃね? なんか輸送船の中でもやたらトイレ行ってるしおかしいと思ってたんだよね」
フィオナナンシーは恥じ入ったように黙り込んだ。手が止まる。マリアアリスはフィオナナンシーの下からはい出した。フィオナナンシーのほうが上背はあるが、体重が軽いので、動きが止まればマリアアリスでも自力で逃れることは可能だった。
「マリも途中で切らしちゃったし」
熱した息を吐き出し、フィオナナンシーは懇願する。
「一回くらいいいでしょお? ケガとかさせないからあ」
マリアアリスは乱れた制服を直した。首を左右に振る。ピンク色の髪の毛を掻きあげる。
「無理。クスリ切らしたってさっき言ったじゃん。妊娠とかやだ」
「大丈夫だってえ。メンズピル飲んでたら、しばらくは子供作れないって言うしい。すっごく確率低いって。お願いだよお、一回だけえ! いいでしょお、減るもんじゃないしい」
背を向けるマリアアリスにフィオナナンシーが抱きついた。マリアアリスは表情をこわばらせた。
「やだよ。怖い。生理来るまでビクビクすんのやだ。落ちる。だいたい、フィナとか相手じゃ無理。その気になんない。やっぱりこういうのは愛がないとだめでしょ」
マリアアリスは体をねじり、フィオナナンシーの腕から逃れた。向き直って邪険に押しのける。フィオナナンシーは怒りもあらわに言った。
「はああ? なあに言ってんのお? ヤリマンのくせにい!」
「それはフィナだろ! イイトシしてウリやってんじゃん」
「うるさいよお。たまにだしい。それに、おカネもらったらそれはエッチにカウントしないのお! ココロをこめてないもおん」
「フィナは男だからどーせニンシンとか関係ないから気楽なんだって。テキトーゆうな」
「バカにしないでえ! マリ、中学の時おろしたんでしょお? もう慣れてんじゃないのお?」
マリアアリスは動揺した。心臓をつかまれるような、痛みを伴う罪悪感が脳髄に突き刺さる。
中学生の頃、マリアアリスは代理出産を試みた。施設での貧困生活に嫌気がさし、大金を得るためだった。人口調整施設が完備した現在、政府の施設を使用しない出産は基本的に禁止されており、また、非常に卑しい行為とされていた。それゆえ、育児免許が取得でず、しかし子供を欲しがる人々は受精卵を別の人間に託し、出産させた後引き取るという違法行為が横行していた。
マリアアリスは金額と仕事の楽さに目がくらみ、簡単に引き受けた。しかし、依頼元の斡旋業者が摘発され、マリアアリスも警察に逮捕された。半年ほど胎内で育てていた子供は、堕胎させられることとなった。他人の子供のはずだった赤ん坊、胎内で育てていくうちに、まるで自分の子供のように錯覚していた。その時の暗い思いがマリアアリスにいまだに深く刺さった棘のように残っているのだった。
マリアアリスの薄い青の瞳に、かっと灼熱の炎が宿った。あまりに強烈な目つきに、フィオナナンシーは戸惑ったようすだった。マリアアリスは叩きつけるように叫んだ。
「うるせー、関係ねーだろ! だからテキトーゆうな! 男のくせに! オカマ!」
「まあたバカにしたあ! チョーシのってんなよお!」
足早に歩み去るマリアアリスの背中を、フィオナナンシーは乱暴に突き飛ばす。声を上げ、マリアアリスは地面に転がった。フィオナナンシーの体が覆いかぶさる。金色の瞳が、度を失い、沸騰する油のような光を浮かべていた。
マリアアリスの顔色が、蝋のように青ざめる。かみしめられた唇が真っ白になっていた。水色の瞳が刃物の先端のように鋭く閃いた。激しく身じろぎするも、のしかかるフィオナナンシーの体を押し返すことはできない。息をついて、マリアアリスは急に全身から力を抜いた。
あたかも毛布のごとくマリアアリスの肉体は、ぐにゃりと硬さを失った。驚いたように、フィオナナンシー動きを止めた。仮面のように顔を怒りにこわばらせたマリアアリスが冷然とフィオナナンシーを見つめている。押しつぶされた鋼鉄の様な硬い声音を押し出した。
「続ければ?」
フィオナナンシーは気を取り直し、マリアアリスの胸元から制服のリボンをはぎ取った。震える指がワイシャツのボタンを探る。マリアアリスは眉根を寄せ、鼻を鳴らした。憎悪に燃えていた瞳に、軽蔑の色が混じる。ぽつりと言った。
「脱ぐよ。服破んないで」
フィオナナンシーは無言のまま、マリアアリスを注視した。用心深く、そっと手を引く。上半身が自由になったマリアアリスは、けだるげにボタンを外した。さなぎを脱ぎ捨てるように制服から白い肌が滑り出た。フィオナナンシーは肌に顔をうずめるように抱きつく。香りをむさぼるように息を吸い込んだ。
フィオナナンシーはマリアアリスの肌から顔を上げた。立ち往生するように、呆然とマリアアリスの白い体を見下ろす。マリアアリスはささやいた。
「で、これからどうすんの?」
「え?」
フィオナナンシーは意表を突かれたように目を丸くした。冷淡なマリアアリスの声が続く。
「続きは?」
フィオナナンシーは身を凍りつかせた。マリアアリスに回していた腕からいつの間にか力が失せていた。マリアアリスはゆっくりと体を離した。茫然とフィオナナンシーは去ってゆくマリアアリスを見送った。
木陰で、さなええりながひっそりと二人の様子を盗み見ていた。そのエメラルド色の瞳は、密かな昏い炎に燃えていた。
風に乗って遥か彼方から不吉な物音が聞こえてきた。
夜の帳に包まれた砂漠の孤島の如きジャングルは、刃物のような寒気をはらんだ夜風の中に、身を守るようにひっそりとうずくまっている。その湿り気を帯びた冷たい澱んだ空気の中、息を潜めて聞き耳を立てる気配が静寂を針でつついたようにわずかにほころばせる。
木に上体をもたせかけている説教使の周りを、硬い面持ちの修身士が三人、とりまいている。ひそやかに説教使がささやく。
「やはり、これは戦いの音でしょー。近でーす」
説教使の双眸は、闇の中で緑色の輝きを帯びていた。
マリアアリスの手が説教使の腕に触れた。
「センセー、怖いよ……」
その瞬間、ひそかな敵意がさなええりなから発散されたようだった。マリアアリスはかすかな違和感を覚えたように、暗い闇の向こうを透かし見ようとする。
説教使は、声を絞り出すように息を荒げた。
「みんなさんは、急いで逃げてくださーい。今なら相当、間に合いマース」
同意し、説教使を抱き起こそうとする三人に、説教使はあわてたように言った。弱々しく咳き込む。
「ちがます、ちがます。センセーはここでいいのです」
それまで石を飲み込んだかのように押し黙っていたフィオナナンシーが意表を疲れたような顔つきで、口を開いた。
「どうしてえ?」
「現地人に見つかったら、殺されちゃうよ!」
「そうだよー! 早く行こう」
心配そうにマリアアリスとさなええりなが言う。説教使はかたくなな態度で首を振った。
「センセーを連れてたら、間に合いませんよー。ここに置いてきなさい。それにセンセーはもう、長く生きられないでしょー。センセーの教えた道を進めば、きっと開拓軍に合流できまーす」
三人は口々に悲鳴を上げた。マリアアリスは怒りもあらわに詰め寄る。
「ムチャ言うな! ゼッタイムリ!」
説教使は苦しげにつぶやいた。
「……早く行きなさい!」
逡巡する三人の耳を、すさまじい物音が打った。ジャングル内に、何者かが飛び込んできた。うっそうと生い茂る葉と衝突し、蔦を引きちぎりながら、数人の人間らしきものはジャングルに侵入した
重苦しく静まり返る説教使と三人の周囲を、どっと叫喚が包み込む。銃撃音が連続してジャングルの周囲で起こった。荒れ狂う銃弾が木々の幹や葉を削り取る。濃密な植物の刺激臭が、湿った空気の中ににじみ出た。
「もうだめかもー!」
暗闇の中にうずくまり、さなええりなが泣き声で言った。
説教使の目が、狂おしげに闇の中に燃えた。すがりつく三人の体に目をやり、何度も胸元の車輪架を指先で探る。突然、説教使は決然とした声を出した。
「みんなさん! 聞きなさい!」
綿の中に包み込んだ鋼鉄のような声の重い感触に、三人は黙って説教使に目をやった。教師はかすかに声を震わせた。
「彼らと、戦いなさい! みんなさんは守の使い……ですが、まだ見習いデース。それゆえ、ここで命を失うことが、本当に守の望んだことなのか、センセーにはわかりません、そしてみんなさんもわかりませんでしょー、きっと。ゆえに、みんなさんが自らそれと望むまで、生きるのです」
フィオナナンシーが首をかしげる。
「でもお、こんなになったら逃げらんないよお、きっとお!」
説教使は納得したようにうなずく。
「そこですよねー。ですが、大丈夫です。手段はありマース」
説教使は青ざめた炎のような緑色の光を瞳に浮かべ、三人を見回した。苦しげに口を開く。
「センセーはみんなさんに戦いの、争いのすべを教えマース。センセーはみんなさんを喜びから、同時に過ちから、遠ざけていた枷を解き放ちマース。そして、みんなさんの心に試練を与えマース」
説教使の悲痛な目つきに、いつもと異なる厳粛な空気を感じ取ったのか、三人は身を硬くして、説教使を注視した。説教使は人差し指を突き出した。
「みんなさんに、拡張知覚の内部に埋め込まれた清秘を授けマース。拡張知覚を共有して……舌を出してくださーい」
言われるままに三人は舌を出した。同時に、拡張知覚を起動、仲間と認識場を共有する。視界に、文字列を表示する四角形の空白が展開した。
マ:「センセー、共有したよ!」
さ:「できることならなんでもします☆」
フ:「ほんとに大丈夫なの?」
教:お手数おかけします。時間がないので、手短にいきますよ。聞いてください。皆さんのパスワード入力小画面を開いて」
説教使の視界に、三つの新しい文字列入力用の空白が開く。説教使は丸く開いた口から伸びた修身士たちの柔らかい舌に指先を順に押し当てながら、それぞれのパスワード入力小画面へと文字列を打ち込んだ。
教:「『汝らは真理を知り、真理は汝らに自由を与える』」
説教使が作業を終えた後、三人の修身士はきょとんとした目つきで教師を見つめた。拡張知覚のパスワード入力小画面が消え、通信用画面の文字列が更新される。
マ:「マリ、どうなったの? ぶっちゃけ何も変わんないけど」
さ:「でも、拡張知覚に変な入出力画面が出ました」
フ:「なんだか体が軽いみたい」
三人の眼前に広がる拡張知覚の隅に、簡素な表示画面が浮かびあがった。
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●知覚接続機器 一覧
・(なし):(未接続)
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三人は通信用画面に焦点を転ずる。説教使からの通信が表示された。
教:「皆さん。準備は完了しました。今すぐ戦騎に乗ってください」
マ:「センセーは?」
教:「みなさんが敵を撃退することで、わたしも助かります。さあ、時間がありません。とにかく戦騎に乗りなさい」
さ:「ラジャ~☆とにかく乗ってみる」
フ:「わかりました。けど、どうすればいいの?」
不安げな面持ちで説教使を見やりながら三人は恐る恐る戦騎へと歩みを進める。網目のように張り巡らされた植物の茎を押しのけてトンネル上になった通路の先に、同じく絡み合っていたつたを取り除いて作った小さな広場がある。そこに、説教使と修身士たちの戦騎が留めてあった。四機の戦騎は四本の脚を胴体の下に畳み込んでいる。一見、金属製の子馬がうずくまっているようにも見える。
隠れ家のジャングルに入り込んだ何者蚊の足音が近づいてくる。足音とともに、周囲の銃声がいっそうその数を増した。ジャングルの中心部に隠れていた説教使たちの居場所にも、ほどなく原住民の攻撃にさらされることは明らかだった。
説教使を気遣い、足取りの重い三人へ、説教使がメッセージを送る。
教:「早く! 間に合わなくなります」
三人はあわてて足を速めた。それぞれの戦騎にまたがった。
その瞬間、三人の肉体に異様な戦慄が駆け抜けた。ぞくりと背筋を震わせる。体のあちこちに、ちりちりと火にあぶられたかのような熱感が明滅した。拡張知覚の表示が変化する。
======================
●知覚接続機器 一覧
・戦騎:コンプリシ・モトールシークロス社製 X132 エイユカート
速度:0km/h
回転数:0
動力 :OFF
・武装:アルマリーテ社製 アアール・キンセ
形態 :銃
弾数 :30/30
・複腕:ウエボ・コシード社製 アスラ・オンブレ
稼動数:2
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拡張知覚に、性能表とステータス表が表示された。三人は驚きの声を上げた。
マ:「これって、今乗ってる戦騎の?」
さ:「他にもありますね」
フ:「三つある」
教:「拡張知覚で、感覚的な操作が可能です。意識を集中してください」
三人の体を、何者かの手がまさぐるような感覚が捉えた。反射的に全身の筋肉がこわばった。背中の皮膚から、異物が体内に侵入するような違和感に背筋が総毛立った。マリアアリスが叫んだ。
「やだっ!」
どすん、と戦騎の質量反応場エンジンが震動した。巨大な鋼鉄の心臓のようにエンジンが稼働し、眠っていた機体が身を蠢かせる。突如蘇生した戦騎に、マリアアリスは驚愕する。とっさに操縦装置に手をやるが、そこにはすでに複腕機構の操作肢があった。背中に手を当てる。戦騎の座席に搭載されていた複腕機構がいつの間にか背中に這い登っていた。両脇の下をくぐった支持腕が、胸の前でがちりと結合する。
教:「武器を手に取りなさい!」
三人は戦騎の止め具に固定されていた銃槍に手を伸ばす。彼女らの身長を超す長さの棒に似た銃槍は、意外なほど軽量だった。
暗闇の置くから、鋭い誰何の声が聞こえた。
「誰だっ? 身分と名前を答えろ!」
夜そのものを掻き分けるように木々のはざまから這い出たのは、第三次開拓軍の司令官その人だった。背後に数人の兵士を従えている。司令官は、峻厳な面持ちにわずかに安堵の色を浮かべている。三人の姿を見て、司令官は威嚇するような厳しい視線を向けた。
「何をしている? それはお前たちが扱うようなものではない! すぐに手を離せ」
三人は突然出現した司令官を戸惑ったように見た。シエロプに説教使の通信が表示される。声を出す体力すら残っていないのだった。
教:「お待ちください。この者たちはわたくしの修身士です」
司令官は説教使の姿を発見し、目を剥いた。
「パンフィロロドリゴ! 貴様、生きていたのか」
教:「ですが、もはや長くもちそうにありません。」
司令官はいまいましげに吐き捨てた。
「バカが! 動物に銃器を持たせるようなものだぞ」
教:「わたくしの修身士は動物ではない。認識を改めていただきたい」
説教使の反駁に、司令官はあっさりとあきらめたように言った。
「わかった。わかったよ。今は背に腹は代えられん。修身士たちによって、虎口を脱することができると言うなら、やるがいい」
教:「現地人は?」
司令官は背後を指差す。そっけない調子で言った。
「後ろだ。相当の数に囲まれている」
教:「武器の使用法は、軍事教練で知っているでしょう。恐れず撃ちなさい」
三人はまとわりつく蔦を力ずくで払い、銃槍を抱え上げた。司令官の来た方向へ銃口を向ける。拡張知覚を介して、引き金を引いた。
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・武装:アルマリーテ社製 アアール・キンセ
形態 :銃 FUEGO(発射)
弾数 :29/30
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長い棒状の先端が虹色に輝く。目にも止まらぬスピードで、光る三発の弾丸が森の奥に消えた。同時に、厚く重なった草木の向こうから閃光が瞬き、爆発音がジャングル内の湿った空気をゆるがせた。
銃身内で斥力波を短い筒状の斥力弾として形成、作用線ライフリングとの反発力によって、超高速で射出する。その過程で筒状の斥力は表裏が反転、歪曲することで高い破壊エネルギーを内部に保持することによって、およそ数秒程度の時間を過ぎると、斥力弾は元の形に戻り、その際蓄えられていた破壊エネルギーが周囲に放散する。同時に斥力弾をそのものも消滅させる。
銃槍から放たれる斥力弾は、数秒間飛翔した後に炸裂し、周りにおびただしい被害を与えるのだった。
現地人の甲高い悲鳴が折り重なって聞こえる。それと共に現地人からの銃撃もいっそう激しさを増した。
司令官の引き連れてきた兵士の一人が、ばったりと地に伏す。自ら使用した武器の威力に恐れをなしたかのように、三人の修身士は呆然とあたりを見まわす。司令官は三人を怒鳴りつけた。
「撃て、撃て!」
三人の修身士はあわてて銃撃を開始した。ほとんど反動もなく、閃光を放つ弾丸が草木の壁の向こうへと飛び去り、次の瞬間、またたく光が絡み合った蔓の模様をジャングル内に焼き付ける。爆音が立て続けに起こった。
突然、ジャングルを囲んでいた銃声がぱたりと止んだ。入れ替わりに、がさがさと草をする音が彼らを押し包んだ。
司令官の手元から、光が走る。銃刀の刀身だった。七色の刀身は安定せず、絶えず縮み、ちらちらと明滅している。司令官は自らを叱咤した。
「情けないことだ! わたしの体力も限界に達しつつあると言うのか、質量反応場ジェネレータを稼働させるエネルギー(フウェントゥス)が不足している!」
教:「近接戦闘です。気をつけてください」
マ:「まかせて! なんかできそうな気になってきたってゆう」
さ:「スッゴク怖いです! 夢見てるみたいに頭がふわふわしています☆」
フ:「正直、殺しあいするなんて思ってもみなかったわ……! これって貸しだからね!」
三人は両手で銃槍を握る。
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・武装:アルマリーテ社製 アアール・キンセ
形態 :槍
弾数 :***
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複数の巨大な風船が破裂するような衝撃音がジャングルの中に吸い込まれる。まばゆい三本の光柱が闇を切り裂いた。
司令官と兵士たち、そして説教使は驚愕に目を見張った。三人の修身士が掲げる銃槍の穂先は、彼らがかつて目にしたことがないほどに長く幅広かった。槍の穂先というより、長大な刀身に似ていた。質量反応場ジェネレータの出力が増幅されていた。
質量反応場ジェネレータは兵器を他の外次元人に使用されることを避けるために、彼らの体内で生成される化合物を持ち主との接触面から吸収、燃料とする。三人の修身士は接種を受けた影響で、DT次元人と同じく、燃料となる化合物を体内で生成できるようになっており、さらに、質量共にDT次元人を遥かに凌駕していた。
マ:「相手はどこに居るの?」
教:「拡張知覚の質量波感知映像を視界に重ねなさい」
黒い闇の中に、白い亡霊のごとく影が浮かび上がる。入り組んだ草木の亡羊とした幕の向こうに、白い粒子の塊が蠢いていた。輪郭の滲んだ白い矮小な幽霊がじりじりと接近してくる。その動作を目の当たりにした三人は息を呑んだ。精巧な人形を目の当たりにしたような生々しさに嫌悪感を催す。
至近距離で銃声が炸裂する。接近した現地人が発砲したものだった。数発の弾丸が三人の修身士に命中する。複腕機構の本体と支持腕が甲高い音を立てる。
「ぐあっ!」
骨をきしませるような衝撃と、体を真っ二つに引き裂くような激痛に身もだえした。幸い、体の小さい三人は致命傷を免れた。
痛みに対する反射的な怒りに駆り立てられ、マリアアリスは、銃槍を振りかぶった。
光る刃がマリアアリスを中心とした円周上に存在する草木を打ち払った。さなええりなとフィオナナンシーの頭上の空気が渦を巻く。司令官はあわてて身を伏せた。逃げ遅れた兵士の腕が肩ごと切断され、宙に舞った。彼らの背後に迫っていた現地人は、一斉になぎ払われた。
斥力波によって構成された刀身は、銃槍の斥力波形成装置が破損しない限り、折れず曲がらず、欠けることのない強靭な刃物となる。あっさり切断された蔦が垂れ下がり、木々の幹が斜めに傾いだ。
フ:「危ないよ! ケガするとこだった!」
フィオナナンシーがマリアアリスに抗議する。マリアアリスは相手にしない。戦騎の機体下部から、未整地歩行用の脚が柱のように伸びた。むくりとマリアアリスごと戦騎が地面から持ち上がる。
マ:「とりま、なんとかしよう! 行くよ!」
マリアアリスは再び銃槍を振り下ろす。戦騎が前進した。現地人の群れへと相対する。
その背後で、さなええりなは立ちすくんだ。不安と恐怖が顔をこわばらせている。
さ:「でもでも、相手って、わたしたちとそっくりですよ? ほんとにいいんですか?」
フィオナナンシーは追い詰められた動物のように油断ない目をせわしなく左右に走らせた。唾棄するように言った。
フ:「もう、どうしようもない! 殺される前に、殺さなきゃ!」
フィオナナンシーは戦騎をマリアアリスと並べた。もてあますほどに長い銃槍で互いに傷つけあわないように配慮しながら、手当たり次第に小さな人影めがけて光の剣を振るう。
無我夢中で戦う二人を尻目に、さなええりなはいまだためらうように引いた位置で手をこまねいていた。その耳に、背後からかすかな草ずれの音が飛び込んできた。銃器を扱っているかのような、金属が触れ合う音が続く。
自分が攻撃される、という恐怖にさなええりなは捕らわれた。あたかも目に見えない空間すべてが凝り固まり、自らを食い破る悪霊と化して取り囲んでいるかのような錯覚に心底から脅えた。
「いやっ!」
渾身の力で、さなええりなは背後の空間をなぎ払う。斬り飛ばされた植物の破片が巻き上げられた。同時に現地人の体がごろごろと地面に転がる。
四方八方から、銃声が湧き起こった。三人はほとんど恐慌におちいりながら、狂ったように輝く刃を縦横に巡らせた。
早回しの映像のようにめまぐるしく動く現地人の白い影を追い、銃槍を叩きつけてゆく。がちり、とどこか遠い場所で聞こえているかのような音が、体のどこかに弾が当たった衝撃だったと言うことを理解した瞬間、冷たい感触がうなじを這った。いっそうの狂乱が全身を火と燃やす。
引き潮のように現地人の集団が姿を消し始める。マリアアリスはひとり、戦騎を駆ってあとを追った。
教:「追ってはいけません! 一人になったら袋叩きにされますよ、仲間と共に互いをかばいなさい」
説教使の制止によって、マリアアリスは我に返った。背後を振り返る。フィオナナンシーが銃槍を銃器のように構えていた。銃口から排炎がはためくと同時に斥力弾が発射される。マリアアリスの前方で爆発が起こった。
マリアアリス、さなええりなも猛然と射撃を始める。すさまじい爆光が周囲を取り巻き、闇の中に昼間から切り取られてきた絵のごとく三人の修身士たちの姿を浮かび上がらせた。
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・武装:アルマリーテ社製 アアール・キンセ
形態 :銃
弾数 :00/30
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弾丸が尽き、ジャングルは静寂に包まれた。
すでに現地人は姿を消している。後には死骸のみが残されていた。戦闘の影響で、ジャングルの木はほとんどなぎ倒され、地面にうずたかく草木の残骸が積みあがっていた。
破壊された植物から分泌される樹液、焦げる植物、現地人の死体から流れ出す血液、それら全てが混ざり合って鼻をつく異臭が立ち込めていた。
三人の修身士はぐったりと背を丸め、激しく息をついた。
司令官が喜色満面で三人に近づいてきた。
「よくやった! これほどまでに訓練されているとは、実に大したものだ、新たな戦力として期待できるな」
三人には自らを取り巻く光景に目を配る余裕はなかった。激しい緊張から解放され、安堵と共に疲労感が肩に重くのしかかる。放心状態で司令官を見た。
上空にはHF次元の夜と同様に無数の星がまたたいている。夜闇の大天蓋の下、足元には現地人の肉体が細切れと化して、至る場所に散らばっていた。




