5p. マンドラゴラの炒め物と次の行き先
マンドラゴラ──引き抜くと悲鳴を上げる。この声を聞くと精神に著しいショックを受け、正気を失ってしまうといわれる。また、薬草や魔法にも使われるとかなんとか。
「……それがこれかぁ」
スプーンを片手に、風はマンドラゴラシチューを見下ろす。シチューの横に添えられたマンドラゴラの顔はどこか悲しげに見える。
「……マンドラゴラ専門店なだけはあるわね」
「ああ…、まさか天ぷらもあるとは」
「野菜ならなんでもできるよね!って思ったんですかねぇ、店主…」
チラリと店主を見ると、犬のコックさんが二足歩行で、大きな鍋をかき混ぜながら「ワォーン!」となぜか鳴いている。
「メニューもなかなか…」
「デザートに雨降り飴があるところがまた白刄っぽい……」
まだご飯が来ていないから、メニュー表を眺める。
マンドラゴラシチュー、マンドラゴラカレー、マンドラゴラの野菜スープ、マンドラゴラの炒め物…などと書かれている。
こんなにも色んな品に変えられているマンドラゴラがだんだん可哀想に見えてきた。
「ん〜!美味しい!」
あんなにマンドラゴラに対して可哀想と言っていた風は頬に手を当ててシチューを食べている。
マンドラゴラの野菜スープを伊予先輩が一口食べる。
私が頼んだ炒め物はまだ来ない。
「……うん、美味いな」
「店主の腕が良いだけかもしれませんねえ」
「それはあるだろうなぁ」
食事の席だからノートを開くことはできないが、心のノートを開いてみる。
なぜ、マンドラゴラは食用化されたのか。
そもそもマンドラゴラを発見した人物が赤雷の方にいるらしい。その人物と他の区の研究者の共同で、無害化させた…とか。
赤雷は商人がたくさんいる区だ。
吸血鬼、付喪神、妖怪がいる。
これらはみんな物を売る、もしくは物本体であることで自然と集まっていたらしい。
だから売り物として織物や小物など各地区で作られたものが商店街や小道にたくさん売られている。
多分、マンドラゴラも、売るつもりで引き抜かれた先に無害化の可能性を見出されたのだろう。
「お待たせしましにゃ!マンドラゴラの炒め物とご飯です!」
ふわふわの毛並みを持った黒猫がにっこりと笑って品物を運んでくれた。
「ありがとうございます」
「注文は以上でよろしいですかにゃ?」
「はい」
「ここに伝票を置いてくのでお会計の際にまたお持ちくださいにゃ!」
黒い尻尾がゆらりと揺れる。尻尾には鈴がつけられており、その鈴を鳴らした。
チリンッ
「はいよぉ〜!」
店主の掛け声が聞こえてくる。
「また注文の際はこちらの肉球を押してくださいにゃ」
「わかりました、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ〜」
ニコニコと黒猫は二足歩行で去っていく。
みんな、普通の大きさの猫を想像しているかもしれないが、大きさで言えばライオンと同じだ。
さて、箸を使ってマンドラゴラを取る。スライスされているので、もはやマンドラゴラ要素はない。
口に運んで一口食べる。
………弾けてるわね…。
「…弾けるの??」
「マンドラゴラは弾けますって書いてあるな」
「うそ、メニュー表にそんなこと書いてましたか?」
食べ終えている伊予先輩がメニュー表を見せてくれる。
メニュー表の一番端に小さく書かれた、『弾けます』の文字。
「…このマンドラゴラが弾けるんじゃなくて?どうなの?風」
「これが不思議な話でねぇ、白刄のマンドラゴラは弾ける」
「てことは、他の地区は違うんだな」
「そう!そうなんですよー、各地区のマンドラゴラがいます。食感も全部違うらしいんで品種ですね」
「…マンドラゴラの品種…もう意味がわからないわね」
箸で摘んだマンドラゴラのカケラも威厳もない野菜を見つめる。一口入れると、やはり弾ける。舌から上顎にパチパチと当たる、大根のような味…。
風は食べ終えたからか、雨降り飴を頼んでいる。
すぐに雨降り飴を持って猫の店員さんがやってくる。
「雨降り飴!お待たせしましにゃ〜!」
「あ、私だ!ありがとうございます!」
「はいにゃ〜」
雨降り飴を受け取った風は、少し息を吐いてからへらりと笑った。
「稲穂も食べる?」
「…ふふ、頂こうかしら」
風がお皿に盛られたたくさんの雨降り飴から一粒私に渡してくれた。
青色の2センチほどの小さな飴。
口の中に放り込めば、海の味が広がる。
「これ、海味ね」
「私月見草〜」
「これは紅葉だ」
少ししょっぱい塩味の飴。口の中でとろけるような飴をコロコロと転がせる。
「雨降り飴はどうやってできてるか、稲穂はわかる?私はその辺わかんないんだよね」
「俺も知らないなぁ…空から降ってくるのが当たり前すぎて」
二人から知識を聞かれるなんて思わなくて、固まる。
良いのかしら…こんな、歴史オタクみたいな人間なのに…。二人の視線を受けて、口が少しにやけてしまう。
「……伊予先輩の方が詳しいんじゃないんですか?」
「俺が知ってるのは、上から落ちる滴は固形で固まったままなこと、外に籠を設置してそれを回収することだな」
「あと踏んだら解けるんですよねえ」
「そうそう。ただ、ある袋に入れたら溶けないっていうのも知ってる」
口の中で溶けた雨降り飴を飲み込んで、マンドラゴラの炒め物を箸で摘む。
風は伊予先輩の話に頷きながら、自分の知っていることを付け足した。
「上から降ってくる飴の色で味が変わるのは私も知ってます!有名ですよねえ」
「たまーに、飴じゃなくて水を光が包んで降ってくることもあってなぁ。そうなると籠に入れてあった飴はおじゃんになる。ばあちゃんが大変そうにしてた」
「へえ!」
そう。雨降り飴は名前の通り、上から雨のように降る。それは、あられのように硬い塊が上から大量に落ちてくるのだから当然屋根を鉄製にしていくのも仕方ないと思う。
「それを踏まえて、歴史として語るなら…そうねえ。アルフヘイムの長がこう言ったらしいわ『霧のある街にて飴がやがて降り、白刄全体は飴の街となるだろう』ってね」
「さっきの総帥の話を聞いた感じだと、その長って王様かな」
「多分そうなんでしょうね。つまり、予言していたのよ。何が起こるのか。その時くらいから、神居の気候が変わったんじゃないかしら」
「なるほど…歴史的転換だな」
頷く私に、伊予先輩は少し考えた後、「ということは…」と呟き、こちらを見た。
「他の地区で降ってるものたちも同じタイミングの可能性があるな」
「はい。実際、同じタイミングで降ってるって学者の間では言われてます。神秘たちに聞いても、みんなそのくらいだったかも?って長生きしすぎて曖昧なんですよね」
「そればっかりは長生きの宿命だな」
私と伊予先輩の話を聞いていた風は、ふふっ。と笑った。
何を急に笑っているんだろう。
風をみるとメニュー表を眺めている。
「私、マンドラゴラだけじゃなくて他の生物も見てみたいなぁ」
メニュー表を眺めながら、風が徐にそう呟いた。
普段フィールドワークなんてしない子なのに…珍しいことを言うものね。
何気なく風を見ると、目が合う。
「えへへ、今回歴史を知ってみて、面白かったから!また着いて行ってもいい?」
「…ふふ、ええ。良いわよ」
「白刄以外のところなら、俺の知り合いがいる。行きたいところがあるなら、俺から言えるぞ」
「良いんですか?こんなの私たちのただの趣味ですよ?」
「良いよ、むしろ、旅行を終えたら教えてくれよ」
そう言って、伊予先輩が片手で頬杖をつく。
何故か少しだけ嬉しそうな顔をしている。
「俺がお前たちが楽しそうな姿を見たいんだ」
この人は、手も身体も小さいのに心は本当に大きいから人は見た目によらない。
「ぐぅ……」
風が胸を押さえ、私まで顔を覆ってしまった。
ほんっとうに人は見た目によらない。
菫色の長いサイドテールで、女の人だってわかっているのにときめいてしまう。
「……じゃあ、次はどこに行こうかしら?」
風を見ると、胸に当てていた手を離し、覗き込むように私の顔を見た後、笑った。
「せっかくだし、東城行ってみたいかも。あそこ、ケルベロスもドワーフも巨人もいるじゃん!」
「良いわねえ」
「大きい生き物の話を今日ちょうどしたから良いんじゃないか?」
「ですよねー!」
「確かに、大きな生き物は結構あそこに集まってるものね」
風の瞳が輝く。
「決まり!今度の日曜日、日帰りで東城行こう!」
「日曜ね、わかったわ」
「曜日限定するってことは何かあるのか?」
「ふふふふ〜それは、東城に行ってからのお楽しみです。伊予先輩も行きますか?」
「いいや、さっきも言ったけど行かないぞ。その代わり、連絡しといてやる」
「本当にありがとうございます」
「良いって、気にすんな。写真、楽しみにしてるな」
伊予先輩の薄い緑の瞳が細まる。
この人は後輩を喜ばせる天才かもしれない。
「今度の日曜楽しみだねえ」
弾んだ声で風が呟く。本当に楽しみねえ。
どこに行くか決まったんだから、東城の何処にするかも決めないといけないわね。後、東城に行くなら必要なものも用意しなきゃ…。
何があるかしら。
風と伊予先輩が楽しそうに笑って話している姿を見て、考えるのを中止する。
それはまた、次の日に考えて、今はこの時間を楽しもうっと。




