4p. アルフヘイム
生体認証を抜けた先に、左右は黒い壁。
壁に貼り付けられたプレートに書かれているものには『アルフヘイム誕生』の文字。
年代は相変わらず不明らしく、真っ直ぐ歩いても、以降プレートが出てくることはなかった。
進んだ突き当たりを右に曲がると、途端に広がる白い円柱の柱が何本か立っている。
「…中は意外と明るいんですね」
「黒い壁が続くと思ったろ」
「…はい」
ふと、横を見るとガラスケースに入れられている、髪飾りやブレスレット、剣や槍が並べられていた。
どうやらここは展示スペースらしい。ちらほらと人がいる。
「…綺麗だねえ」
白い花の髪飾りはこの地ではあまり見ない花だ。
『アルフヘイムにいた若い女性が身につけていたとされる髪飾り。白い花の名はアルフヘイム出身者に聞き取りを行ったものの、正確な発音を聞き取ることができなかったため、なんの花かは不明。未だ解読できていない。
近いものとされるのが百合の花ではないかと言われている』
「…その言語というのもあるものね」
「うまく発音できないものというのはあるだろうなぁ」
後ろを向くと目を引く展示が一つあった。
「わあ、冠だ…綺麗〜」
「宝石がすごいわねえ」
白い冠には端から順番に様々な宝石が散りばめられていて、真ん中に大きなサファイアが嵌められている。
「…冠がある、ということは昔はお姫様がいたのかしら」
「高貴な人がつけるって書いてあるもんなぁ」
説明文にはこう書いてある。
『アルフヘイムが落ちた時、近隣に落ちていたとされる冠。エルフ曰く、女王様がいたとのこと。
女王が好んでつけていたとされ、パーティやなんらかの行事の際にも使っていたらしい』
ふむ。周りの展示品に王冠のようなものは見当たらない。その代わり、唯一異彩を放って展示されているのがこの冠だった。
「王様の冠は…無いのね」
見渡して、ふと気づく。
人型の神秘か、人よりも小さな神秘しかいないことに違和感を覚えた。
大きな生き物でも入れるように作られてはいるが、神秘は神秘に興味がないらしい。
「…自分とは違う生き物って考えたら興味も湧くような気がしますけど、あんまり居ませんね」
「どこを見ても人型の神秘か、エルフしかいないな」
「まあ、わかってるんじゃないですか?」
風が展示品から目を離して私達を見る。
「大きい神秘達って、自分の身体がどこまで他人に迷惑をかけるかよくわかってるんですよ。自分のことなので、展示品を壊すかもって思ってるんだと思います」
「そういうもの?」
「そういうものですよ。前ミノタウロスの友達が言ってました。身体が大きいから扉を開ける時も一苦労なのよ。って!力も強いし、尻尾も長いから興奮して叩き壊したら弁償だもの…って言ってたから…」
「そうなのね…」
だとしたら、なかなか生きるのに不便だろう。神秘と共存した社会だからと言っても限界がある。
「この展示だって大きさで見れば、私達目線じゃん?でも大きな神秘からしたらとっても見にくいと思うの」
「確かに…そうねえ」
「広い展示スペースも、私達からしたらちょうどいい広さだけど、大きな神秘には狭いね。ケルベロスとか来たらどうするんだろ」
そう言って見渡した展示スペースは、確かに私達人間サイズの生き物からしたらちょうどいい広さだ。歩き疲れなくてもいい、程よい10メートルほどの距離。
「そう考えたら、ここはアルフヘイム出身のエルフが、他のエルフに知って欲しいから作ったのかもしれないな」
「…私たちも同じ存在よ。ってことを教えるために?」
「かも。だけどな」
フッと伊予先輩は顔を緩める。
「まだまだアルフヘイムと他のエルフとの偏見はある。それは霧雨全体で問題視されてるんだ」
「何万年経っても…ですか?」
「同じことをずっと繰り返してる。人と同じように神秘も学習しないんじゃないか?」
辛辣な一言だが、その中に滲む隣人に対する、仕方ないなぁ…というような言い方。
「生きて考える限りは同じ考えには辿り着かないんでしょうね〜」
「大きい神秘用の建物作りゃいいのにな」
「確かに…!体を小さくする魔法とかかけれればいいのに!」
「良いわねえ!魔法だって普及してるんだもの、そういうのもありよねえ」
そんな案もあるのかと、三人で話が盛り上がりかけた、その時。
「妙案だねえ」
「えっ…」
後ろから賛同する男の人の声が聞こえてきた。
振り向くと、ブロンドの髪に、孔雀の目の色をした私たちよりも40センチ以上の差がある男の人がいた。
「──総帥」
衝撃的すぎてそれしか言えなかった私に、総帥は目をぱちりと瞬いた。
「おや、私を知ってるのかい?」
「し、知らない人はいませんよ!!な、なんでここに」
「ふふ。懐かしくなってね来てしまったんだ」
そう言って目を細めて王冠を見つめた総帥は、本当に懐かしい思い出に浸るような表情だった。
肘で伊予先輩に突かれる。
待ってください、何にも情報がないんです。だって、展示品見て、大きい神秘いないのねえ…しか話してなかったじゃない…。なにか、何か…。
どうしたら、準備してからじゃないと私、話せないのに…。
総帥が徐に独り言のように王冠を見つめたまま呟いた。
「今、私がこの根の国を統治してるように見えるだろう」
「……ち、がうんですか?」
言葉が詰まる。でも、せっかくの機会を逃したくない。せっかく、目の前に生き証人がいるのに。こんなこともう起こり得ないかもしれないのに。
「うん。根の国は各種族の王や女王、最も強い者がそれぞれ統治している。私はその中心にいるだけなんだ」
「アルフヘイムは女王の統治だった」
「…やっぱり、王様はいなかったんですね」
「良いや、いたよ。でも、統治は王様ではなかったんだ。政治に関する事柄は全て女王の手によるものだったのさ」
では、王様は何をしていた人なんだろう。軍事とか?そもそも女王の配偶者だから、王様と呼ばれていたとか…?
王族の象徴としていたとか?あるいはアルフヘイム特有の男女の役割…とか?
わからない、聞きたいことが多すぎる。
混乱している私の横から風が、聞いてくる。
「王様は、何をされていたんですか?」
「王様は、力の象徴だったんだよ」
総帥の言葉に、風は「やっぱり!」と明るい声を上げた。
「やっぱり?どういうことよ、風」
「エルフってね、昔ニンフって呼ばれてたの。ニンフは女の子の精霊なんだよ。
だから、女王が統治してたのも納得しかない!」
「なるほど〜君は神秘に詳しいねえ」
「神秘大好きなんです!」
風が笑みを浮かべてはっきりと口に出したことで総帥は一瞬面食らった後に笑みを深めた。
「うん、いいね。そういう人間がいるのはとても良いことだねぇ…。女王様はアルフヘイムが落ちることをわかっていたんだ」
「…わかっていたのに、防げなかったんですか?」
「この、根の国に落ちる限りは運命がついてくるからねえ…残念なことに運命の通り、アルフヘイムは落ちてしまった」
「…女王様は…」
「その時に亡くなったよ。光のエルフが住むと言われていたアルフヘイムはこうして地に落ちた。女王は、自らの命を持ってアルフヘイムに住むエルフ達を生き永らえさせるため、最後の力を使った」
ほんわかした落ち着いた声で、総帥はそう言った。
──今の白刄は、エルフの街と言われるようになった。
落ちてしまったアルフヘイムもまた、被害者であった。
それでも、根の国に元々住んでいたエルフからすると、アルフヘイムのエルフは加害者なのだ。
一つの立場からだけでは語れない。それもまた、歴史なのかもしれない。
「ちなみに、その時王様も生かされてね。今も現役で生きてるよ」
「え!!?」
「私の父親なんだ」
「はい!?じゃあ王族なんですか!?」
「ふふっ、これ秘密だから誰にも話したらダメだよ?私の昔話を聞いてくれた、君たちだったから教えてあげるんだ」
目を細めて、幸せそうに笑った総帥は、時計を見る。
「…おや、ふふっもう行かなきゃいけないね、見ている時にごめんね」
その場から離れるように私たちに軽く手を振る。
風は嬉しそうに手を振りかえし、伊予先輩もなんだか安心したように手を振った。
自分の胸に手を当てる。
不思議と込み上げるものがあった。感動なのか、歓喜なのかわからない。総帥に聞きたいことが沢山あったのに、それでも、最後に聞きたいことはこれなんだろうな。と思えたものを聞く。
「あの、総帥!」
「ん?」
私の声に立ち止まった総帥は振り向く。
「あなたにとって、今の国は……故郷になっていますか?」
総帥は、目を見開いた。
その表情が少しずつ綻んでいく。
眉毛までとろりと溶かすように顔全体を緩ませた総帥は今までにないほどの顔をくしゃくしゃにして笑った。
「守りたくなるくらいにはね!」
その言葉だけで充分だった。
胸に当てた手を下ろす。緊張していたらしい。指先まで震えてしまっている。
それでも、聞けてよかった。
スペシャルイベントにこの後行くであろう総帥はもう一度私たちに手を振った後出ていった。
息を吐き、私も総帥から背を向けて風達の元へと向かう。
その間に積み重なった歴史を、なかったことにはできない。だからこそ、お互いに譲れるところを探して、新しいものを作っていく。
それが、文化なのだと思う。
「よかったね」
「ええ」
「もうちょっと資料館見るか?」
「…見方が変わるかもしれませんね」
「それもまた、資料館を見る醍醐味だろ」
伊予先輩の言葉に、それもそうね。と納得する。
見方が変われば、同じ歴史でも違って見える。そういうものなのかも。
◆
イベントでは、総帥がマイクを手にして話していた。
『これから先、身体の大きさを一時的に変えることで、様々な施設を利用できる仕組みの導入を進めていこうと思っています。身体の大きさで悩んでいた者たちへ、もう大丈夫です』
『未来の優秀な学者から得た知見のおかげでこの政策を検討することを私は神居政府の総帥として正式に発表します』
「…えっ」
「歴史的な瞬間だ!」
ほんとに、歴史的かも…。もしかしたら、他の区ではもうやってる政策なのかもしれないけど…。白刄では初めてだ。
喜ぶ風の横で伊予先輩が私を見る。
「質問はいいのか?稲穂」
「はい、大丈夫です。聞きたかったことは聞けたので」
「そっか。なら、マンドラゴラ食いに行くか」
「雨降り飴も食べないといけませんね」
「だな」
歴史を知った後は、その歴史の中で変化していった食べ物も、食べる必要があるわけだ。




