災厄の幕開け③
「少し、一人になりたい……」
魔王は地底深くを、ゆっくりと歩いていた。
潜った先は想像を超えるほど深い地下。その奥で彼の目に飛び込んできたのは――高性能通信端末の化石だった。
見た目は、現代のスマートフォンよりもさらに小型で、高性能そうですらある。
魔王はそっと手を伸ばし、その化石に触れた。
悠久の歴史を感じ取ろうとした、その瞬間――
突如として、一人の魔王と勇者が戦う記憶が脳内へと流れ込んできた。
「……っ!」
魔王は思わず目を見開く。
この魔王は、自分が受け継いだ歴代魔王の記憶の中には存在しない。
「……何なんだ、今のは。」
深呼吸をして心を落ち着かせると、再び歩き始めた。
しばらく進むと、朽ち果てた遺跡が姿を現す。
本来なら未来的な建築構造であるはずなのに、長い年月の堆積と石化によって、まるで古代神殿のような荘厳な姿へと変わっていた。
魔王はゆっくりと顔を上げる。
そこには――
高さ百メートルを超える巨大な魔王像が、静かに彼を見下ろしていた。
その瞳と目が合った、ほんの一瞬。
異変は静かに始まる。
石像の瞳から黒い光があふれ出し、巨大な石像は一瞬で砕け散り、無数の岩片と粉塵へと姿を変えた。
そして、濃密な赤い霧が現代の魔王の瞳から体内へと流れ込んでいく。
「ぐっ……!」
魔王は必死に抵抗しようとする。
しかし、身体も感覚も、自分の意思ではまったく動かせなくなっていた。
やがて抵抗は止まり、静寂だけが残る。
黒いローブは白いローブへと変わり、その表面には鮮やかな赤い紋様が浮かび上がる。
やがて魔王は、ゆっくりと顔を上げた。
「ハッハッハッハッ! ハッハッハッハッ! ハーッハッハッハッハッ!!」
三段階に響く哄笑が、地底を震わせる。
魔王はそのまま宙へと浮かび上がり、ゆっくりと地上へ戻っていく。
そして、低く老いた響きを帯びた声で告げた。
「我が臣下たちよ――今こそ、暴乱を起こせ。」
その夜。
それは、この世界に残された最後の静かな夜だった。




