Memory ~存在した証~⑤
*ため息が響く。
青いシルエットは一人だけになっていた。
男性はただ一人、
寂しそうに座り込んでいる。
「まだシルエットがあるの?」
ササス・サスサは驚きを隠せない。
「何かを伝えようとしてるんじゃないかな。」
沢恩はそう推測した。
「たぶん、そうだと思う。」
サリスも静かに頷く。
さらに歩き続ける。
景色はいつの間にか草原へ変わっていた。
落ちぶれた一人の青年。
そして、
彼の前へ現れる一人の美しい女性。
四人は黙ったまま歩き続ける。
景色は何度も姿を変え、
青いシルエットだけが物語を映し出していく。
断片的な情景を繋ぎ合わせると、
青年は女性を追いかけ、
女性は嬉しそうに振り返って笑っていた。
「……」
沢恩は何も言わず、その光景を見つめる。
さらに進む。
シルエットは再び変わる。
二人は優しく抱き合っていた。
どうやら、
青年は彼女へプロポーズしようとしているらしい。
その瞬間。
巨大な黒いシルエットが現れた。
「っ……!」
沢恩の呼吸が乱れる。
「沢恩?」
サリスが心配そうに覗き込む。
「魔……魔王だ。」
沢恩の脳裏に、
先代魔王の姿が蘇る。
次の瞬間――
足元が崩れた。
「!!」
四人は地面ごと地下へ落ちていく。
地下では、
まるで悪夢のような光景が次々と流れていた。
「どこだ……!」
沢恩は必死に探し続ける。
そして見つけた。
男性が、
息絶えた女性を抱き締めて泣いている。
その周囲を、
数え切れない急奔獣が取り囲んでいた。
視界が真っ白になる。
世界が砕け散る。
次の瞬間、
四人は再び地上へ戻っていた。
「……!」
誰も状況を理解できずにいた。
「行こう。」
ササス・サスサが静かに声を掛ける。
「……ああ。」
崢拓はまだ足元のおぼつかない沢恩を支えながら歩き出した。
――境界。
「……何これ?」
ササス・サスサは手を伸ばす。
しかし、
まるで見えない壁があるかのように、
それ以上前へ進めなかった。
「……コツ、コツ。」
静まり返った空間に、
足音だけが響く。
やがて、
一つの人影が姿を現した。
ノイズ混じりのコードで構成された、
故障したような人型。
その姿は歩くたびに乱れ、
一瞬だけ、
先代魔王の輪郭へ変わる。
そして次の瞬間――
無数の魔弾が降り注いだ。
「!」
サリスは反射的に魔法障壁を展開する。
魔弾はすべて弾き返された。
沢恩たちもすぐさま反撃する。
だが、
攻撃はすべてその身体をすり抜けてしまった。
その時だった。
黄金の木の葉が再び空へ舞い上がる。
天を埋め尽くすように踊り始めた。
コードの人影は、
一瞬で四人の身体をすり抜ける。
「!!」
沢恩。
ササス・サスサ。
崢拓。
三人は同時に幻覚へ引き込まれた。
……
ササス・サスサは、
幼い頃の自分へ戻っていた。
魔王事件など最初から存在しなかった世界。
両親も、
大切な人たちも、
誰一人失われていない。
……
一方、
崢拓は故郷へ戻っていた。
暗く、
息苦しく、
絶望だけが漂う場所。
貧困。
酒。
煙草。
何もせず時間だけを浪費する大人たち。
彼は耐え切れず逃げ出した。
しかし、
路地裏で不良たちに囲まれる。
理由などなかった。
ただ、
弱そうだから。
拳が飛ぶ。
蹴りが飛ぶ。
彼は丸くなって耐えるしかない。
全身傷だらけになり、
ポケットに残っていたわずかな金まで奪われてしまう。
……
現実では、
サリスだけが一人取り残されていた。
「……?」
彼女は困惑しながら三人を見回す。
そして、
コードの人影をじっと警戒していた。
……
沢恩の世界は、
完全に混線していた。
数え切れない記憶が、
洪水のように流れ込む。
救世の勇者。
女魔法使い。
大叔。
紅白の法衣を纏う魔王。
未来。
過去。
火竜魔法。
サリス。
もう一人のサリス。
すべてが入り混じり、
境界を失っていた。
……
「ッ!!」
崢拓の拳が勢いよく振り抜かれる。
拳は不良の顔面へ叩き込まれた。
その瞬間。
まるで明晰夢から目覚めたように、
崢拓は自分自身を取り戻す。
「そうだ……。」
彼はゆっくり俯いた。
「俺は、なんで反抗しなかったんだ?」
怒った三人が飛びかかる。
崢拓は冷静だった。
拳をしゃがんでかわし、
そのまま腹へ一撃。
後ろから掴みかかってきた男の腕を取り、
そのまま豪快な一本背負い。
倒れた三人目の足首を掴み、
勢いよく引き倒す。
振り返りざまに回し蹴り。
さらに拳を振るう。
何度も。
何度も。
まるで今までの人生を取り返すように。
「もう。」
崢拓は静かに言う。
「怖いものなんてない。」
耳飾りを外す。
バイクは元の姿へ戻る。
アクセル全開。
轟音とともに、
幻想世界そのものを突き破った。
そして――
黄金の木の葉が存在しない、
現実世界へ戻ってきた。
……
ササス・サスサは、
幻想の中で両親から一つの贈り物を受け取る。
包みを開く。
中に入っていたのは、
一枚の写真だった。
写真を撮ったことなど一度もない。
それなのに、
そこには確かに彼女がいた。
そして、
沢恩、
サリス、
崢拓。
四人が笑って並んでいる。
「……」
その瞬間。
ササス・サスサは思い出した。
本当の自分を。
存在しない未来。
存在しない大人になった両親。
二人は笑っていた。
その笑顔には、
涙が隠れていた。
ササス・サスサも涙を流しながら頷く。
そして、
静かに扉を開けた。
……
現実世界。
崢拓とササス・サスサは再会する。
「沢恩とサリスは……?」
崢拓は不安そうに辺りを見回す。
ササス・サスサも同じ気持ちだった。
二人はただ、
焦りながら待ち続けるしかなかった。




