Memory ~存在した証~④
「……こうするしかない。」
崢拓は斜面へ向かってバイクを走らせた。
そのまま勢いよく飛び越える。
追ってきた急奔獣たちは次々と深い谷へ落ちていき、
後続もしばらくは追って来られなくなった。
「どうしてこんな場所に谷なんてあるんだ……?」
崢拓は違和感を覚える。
ここへ来てからというもの、
景色の一つひとつがあまりにも唐突に現れていた。
「ガアァッ!」
そのはずだった。
安全圏へ辿り着いたはずの場所に、
また急奔獣が現れた。
「なんでだ!?」
崢拓は目を見開く。
「サリス!」
「任せて!」
サリスはすぐに降下し、
Kaelnonを抱きかかえると再び空へ舞い上がった。
次の瞬間。
「ブォォォン!」
再びエンジン音が響く。
数体の急奔獣を跳ね飛ばしながら、
崢拓は一人で魔獣の群れへ突っ込んでいった。
……
「もう逃げなくていいよ。」
Kaelnonが静かにサリスへ言った。
「僕を降ろして。」
「え?」
サリスは戸惑う。
だが、その瞳を見つめると、
不思議と逆らえなかった。
彼女はゆっくりと地上へ降り立ち、
Kaelnonを降ろす。
Kaelnonは静かに地面へ足をつけた。
その姿は、とても子どもには見えなかった。
彼はゆっくりと両腕を広げ、
穏やかな眼差しで急奔獣たちを見つめる。
急奔獣たちは一斉に飛びかかった。
しかし、
その身体がKaelnonへ触れた瞬間――
白く染まり、
透け始め、
やがて跡形もなく消えていった。
「……?」
サリスは呆然と立ち尽くす。
目の前で起きたことが信じられなかった。
Kaelnonは静かに振り返る。
「お願いがあるんだ。」
「……僕のお父さんを、ここへ連れて来てくれないかな。」
「……う、うん。」
サリスは小さく頷き、
急いで三人のもとへ戻っていった。
「つまり、そういうことなんだな?」
沢恩が確認する。
「本当に不思議なお話ですね。」
ササス・サスサも静かに頷いた。
「よし。」
沢恩は前を向く。
「それじゃあ、お父さんを迎えに行こう。」
「そうだ。」
崢拓が思い出したように口を開く。
「サリス、俺のバイクを自由に縮めたり戻したりできる魔法って掛けられないか?」
「もちろんできるよ。」
サリスは笑顔で答える。
「でも今日はもう魔力が残ってないかな。」
そう言って、小さな声でぼそりと呟いた。
「……今夜も徹夜かな。」
その時だった。
ササス・サスサが突然立ち止まる。
「どうした?」
沢恩が振り返る。
「違う。」
彼女は周囲を見回した。
「森が……さっきまでと違う。」
「違う?」
沢恩は首を傾げる。
「どこも同じ森にしか見えないけど。」
「私は今は街育ちだけど、七歳までは森で暮らしてた。」
ササス・サスサは静かに言う。
「だから分かる。」
「もしかして……道に迷ったとか?」
サリスが不安そうに尋ねた。
もし案内役がサリスだったなら、
本当に迷っていたかもしれない。
けれど、
先頭を歩いているのはササス・サスサだ。
そのはずなのに――。
「沢恩。」
突然、
誰かの声が聞こえた。
「人の想いがあまりにも強かったら……
存在しない人間って、生まれると思う?」
「……え?」
沢恩は驚いて振り返る。
「サリス?」
「え?」
サリスはきょとんと首を傾げた。
「どうしたの?
私、何も言ってないよ?」
沢恩は今聞こえた言葉をそのまま話す。
「……この森の空気のせいかな。
気が張りすぎて幻聴でも聞いたのかもしれない。」
「いや。」
ササス・サスサは顎へ手を当てる。
「そんな感じじゃない気がする。」
四人は再び歩き出した。
美しいはずの森は、
いつの間にか息苦しいほど静まり返っていた。
「……あそこ。」
崢拓が前を指差す。
全員が視線を向ける。
そこには、
輪郭だけでできた青い人影が立っていた。
姿形は曖昧で、
ただ青いシルエットだけが浮かんでいる。
どうやら一人の男性と一人の女性らしい。
「……?」
沢恩はゆっくり近づく。
どこからか聞こえる。
ノイズ混じりに途切れ途切れになった、
幸せそうな笑い声。
理由は分からない。
それでも沢恩は、
直感だけを信じて歩き出した。
「あっ、待ってよ~!」
サリスが小走りで追いかける。
「もう、本当に。」
ササス・サスサもため息をつきながら後に続いた。
「本当にこれでいいのか……?」
崢拓だけは少し考え込みながら、
結局三人を追って歩き出す。
四人は無言のまま進み続けた。
気づけば、
足元を埋め尽くしていた黄金の落ち葉は、
一枚、また一枚と姿を消し始めていた。




