霧の沼沢⑥
森の奥。
子どもはゆっくりと森の中を歩いていた。
「おーい!!」
突然、大きな声が響く。
子どもが振り返ると、そこには崢拓の姿があった。
続いて沢恩たち三人も駆け寄ってくる。
「わぁ! お兄ちゃん、お姉ちゃんたち!」
子どもは驚きながらも、嬉しそうに四人のもとへ駆け寄った。
「やっと見つけた。」
ササス・サスサがほっと息をつく。
「そうだ。」
沢恩は子どもの前で片膝をつき、目線を合わせながら優しく尋ねた。
「俺たち、うっかり君の家に入っちゃったんだけど……この《迷宮の沼沢》について教えてくれないかな?」
「……うん。」
子どもは静かにうなずき、少し俯いた。
「一番古いお話はね……。」
そう言って、語り始める。
「昔々、この場所はたくさんの人が暮らす、とても栄えた土地だったんだ。」
「でも、ある日、一人の人が道に迷ってしまった。」
「百日も行方が分からなくなって……最後には、自分の家のすぐ近くで亡くなっているのが見つかった。」
「それから、この土地にはいろんな噂や伝説が生まれたんだ。」
「やがて人々は気づいた。この場所の空間は、小さな区画に分かれていて、一歩踏み出すたびに、前へ続くはずの道が別の場所へ繋がってしまうことを。」
「なるほど……。」
沢恩は静かに相槌を打つ。
「その後、伝説の勇者が現れた。」
「黒と金の髪、青い瞳をした勇者で、一人の男の人と一人の女の人を連れて、この場所へ来たんだ。」
「三人は祭壇を作り、その上に魔法石を置いた。」
「すると、この不思議な現象はなくなったんだ。」
「そういうことか。」
沢恩は答えながらも、胸の奥に引っかかるものを感じていた。
――その勇者の姿は、自分を何度も助けてくれたあの勇者と、まったく同じだった。
「じゃあ、先へ進もう。」
沢恩は子どもの頭を優しく撫でた。
「待って!」
サリスが何かを思いついたように声を上げる。
「空間が区画ごとに分かれてるなら、その境目を探して、二つの区画を何度も行き来すれば効率よく探せるんじゃない?」
それがサリスの作戦だった。
「本当にそんなので見つかるのか?」
崢拓が首をかしげる。
「やってみれば分かるさ。」
沢恩は即答した。
「ここかな? ここかな? ……違う!」
サリスは何度も試しては肩を落とす。
「大丈夫。もうすぐ見つかる。」
沢恩が励ます。
何度も何度も失敗を繰り返し――
ついに。
「オゥ! オゥ!」
祭壇ではなく、魔王の方が先に見つかった。
「magic sword! attack!」
沢恩は弾丸を剣型の魔法弾へと変換し、一斉射撃。
「はぁっ!」
ササス・サスサはガトリングガンを構え、猛烈な弾幕を浴びせる。
サリスは詠唱を終え、
無数の魔法弾を豪雨のように降り注がせた。
しばらく攻撃を続けたあと――
「待って。」
崢拓が顔をしかめる。
「気づいてるか? 全然効いてない。」
その言葉で全員が気づく。
古代魔王はほとんど傷ついていない。
しかも、石だけを異様な執念で狙い続けている。
「こうなったら……。」
子どもは拳を握り締めた。
「受け取って!」
魔法石を空へ放り投げる。
「よっ!」
沢恩は空中で拳を握り、そのまま受け止めた。
「本当は……。」
子どもは叫ぶ。
「この魔法石は、持つ人の力を強くする力があるんだ!」
「みんなが石を狙うかもしれないと思って、ずっと隠してた!」
「でも、今はもう……!」
「僕は、みんなを信じる!」
「分かった。」
沢恩は力強くうなずいた。
そして――
「サリス! こっちだ!」
「うん!」
二人は並んで立ち、同時に魔法を発動する。
轟ッ――!!
轟音が空を震わせる。
まばゆい光の奔流が一直線に放たれ、古代魔王を飲み込んだ。
◇
一時間後。
「よいしょ……。」
子どもは慎重に魔法石を祭壇へ戻す。
何かを静かに唱えると、
魔法石が黄金色に輝き、
巨大な魔法陣がゆっくりと光を放った。
「ありがとうございました!」
子どもは深く頭を下げる。
「おじいちゃんも、おばあちゃんもいなくなっちゃった。」
「この土地には、もう僕しかいない。」
「でも!」
「僕は、これからもずっと、この場所を守り続けます!」
「うん。」
沢恩は笑って手を振る。
「またどこかで会おう。」
四人はその場をあとにした。
◇
「やったーーー!! やっとここから出られるーーーっ!」
サリスは車の窓に身を乗り出し、大はしゃぎする。
「危ないからちゃんと座って。」
ササス・サスサが苦笑しながら声をかける。
四人の笑い声が車内に響いた。
◇ 未知の地・魔王城
「……実に面白い。」
魔王が静かにつぶやく。
「殿下。」
家臣カストロフィが一礼する。
「もう答えは見えた。」
魔王は軽く手を振った。
「……はっ。」
家臣は静かに部屋を後にする。
「どうやら、思った以上に複雑らしい。」
魔王は仮面を手に取り、ゆっくりと顔へ装着した。
そして静かに立ち上がる。




