巨獣との決戦③
◇
広場――大地。
「ブゥゥン……」
サリスは掌に灯る光を、グラセスへ見せた。
「ふむ……」
グラセスは真剣な表情で、その光をじっと観察する。
やがて静かに口を開いた。
「あなたの掌には、ごく普通の『光』しか宿っていません。」
「まだ、それでは足りません。」
「じゃあ……私は何をすればいいんですか?」
サリスは尋ねる。
「まずは、その魔法を維持し続けてください。」
グラセスは穏やかに答えた。
「え? あ……はい。」
サリスは素直に頷き、そのまま魔法を維持する。
それは決して楽ではなかった。
全力で走り切り、もう一歩も動けないほど疲れ切ったあと、それでもなお走り続けろと言われているような苦しさ。
全身が悲鳴を上げている。
それでも。
巨獣を倒すために。
もっと強くなるために。
サリスは歯を食いしばった。
「……?」
ふと目を開く。
そこは真っ白な世界だった。
掌を前へ伸ばすと、遠くに黒い線がぼんやりと浮かび上がる。
「これって……わっ!」
サリスは近付いた瞬間、勢いよく何かへ頭をぶつけた。
「いたぁっ!」
額を押さえながら頬を膨らませる。
どうやら――迷宮らしい。
「迷宮……?」
「向こうまで行けばいいのかな……?」
小さく呟き、
「よーし!」
「突き進みます!」
拳を握り、迷わず歩き出した。
◇
一時間後――
◇
「うぅ……気持ち悪い……」
サリスは吐き気を堪えながら地面へ倒れ込む。
「進めば進むほど分かれ道が増えて……全然出口が見つからないよ……」
一度、引き返すことにした。
しかし。
ようやく出発地点へ戻ったと思った瞬間――
「えっ……?」
そこには最初の場所は存在しなかった。
代わりに、まったく別の景色が広がっている。
つまり。
この迷宮は、常に姿を変え続けている。
「それでも……!」
サリスは歯を食いしばる。
そしてもう一度、歩き始めた。
その決意は、さっきよりもずっと強くなっていた。
「……?」
どこからか。
澄み切った鈴のような音が響く。
「リン……リン……」
数歩進むと、青く輝く光球が浮かんでいた。
「これは?」
そっと手を伸ばえる。
光球は掌へ吸い込まれ、そのまま身体へ溶け込んだ。
「……何が起きたの?」
首を傾げながらも、さらに迷宮を進む。
その時だった。
何かがおかしい。
背後に妙な気配を感じる。
振り返る。
空を埋め尽くす鳥魔獣。
五年前の先代魔王。
自分を襲った双頭八脚狼。
そして――あの巨獣。
全部。
自分が恐れてきた存在だった。
「……!」
サリスは眉を寄せる。
鳥魔獣が一斉に地面へ降り注ぐ。
彼女は走る。
避ける。
走る。
避ける。
「風の矢よ――!」
グラセスに教わった詠唱。
魔法は、詠唱して放つ方がより強くなる。
緑色の矢が次々と鳥魔獣を撃ち抜く。
魔獣たちは羽根となって消えていく。
サリスは振り返らない。
背中へ指を向ける。
風の矢が後方へ飛ぶ。
狼の断末魔。
そして、それも消えた。
気付けば。
全ての魔獣が姿を消していた。
その瞬間。
景色が激変する。
「友達もいないなんて、あいつ終わってる。」
幼い頃の子供たちの声。
「魔法なんて勉強して何になる? 時間の無駄だ。」
高校教師の声。
「今のお前、何やってるの? 本当に情けない。」
両親の声。
心臓の鼓動が乱れる。
胸が苦しい。
「はぁ……はぁ……」
深呼吸。
そして。
また歩き始める。
「……え?」
今度は燃え盛る街。
人々の悲鳴。
仲間たちの死。
姿の見えない魔王の咆哮。
世界は溶岩に飲み込まれていく。
「…………」
サリスはただ見つめた。
まるで、安っぽい手品を見抜いたように。
「パリン――」
ガラスが砕けるような音。
幻は一瞬で崩れ去った。
目の前には、赤く輝く光球。
それもまた、彼女の身体へ溶け込んでいく。
◇
その後も。
何時間も。
歩いて。
歩いて。
歩いて。
終わりは見えなかった。
……
……
……
気付けば。
迷宮の隅々まで歩き尽くした気がした。
「もしかして……」
「私は最初から、間違った道を探していたのかな……」
サリスは胸に手を当てる。
「私は……最強になりたいわけじゃない。」
「世界一偉大になりたいわけでもない。」
「強さには終わりなんてない。」
「どれだけ強くなっても、きっとその先がある。」
「私が願ったこと。」
「私が努力してきた理由。」
「全部、最初から一つだけだった。」
「――大切な人を守れる力が欲しかった。」
サリスはゆっくり顔を上げる。
そこには。
紫色に輝く光球が浮かんでいた。
光球が彼女へ触れる。
次の瞬間――
現実へ戻っていた。
現実では、まだ十五秒しか経っていなかった。
「どうやら……成功したみたいですね。」
グラセスが微笑む。
「あなたは、何色を見ましたか?」
彼女は用意していた判別書をサリスへ差し出す。
サリスは読み上げる。
「青は……『忍耐』。」
「赤は……『勇気』。」
「紫は……『覚悟』。」
「…………」
「うわぁぁぁ、知恵がないじゃん!」
サリスは少しだけ不満そうに頬を膨らませる。
「ふふっ。」
グラセスは小さく笑った。




