災厄現る、魔王の侵攻③
「つまり、ああっ!! お前の作戦は、ああっ、この森の枝を、ああああっ!! 利用して猛攻獣の動きを邪魔するってことか!? ああっ!」
容赦なく枝に叩かれながら、沢恩は叫んだ。
「その通りだ。もう少しだけ我慢してくれ、頼む。」
崢拓は前だけを見据え、バイクを走らせ続ける。
「バキィッ!」
枝を噛み砕きながら、猛攻獣が再び背後へ迫ってくる。
そのぶん速度はわずかに落ちていた。
「見てくれ、ああっ! 牙獣とか、ああっ! 何かいないか!」
「なんで?」
「魔獣って、あああっ!! 頭ないのか!? 誤射したら、ああっ! 勝手にケンカ始めるだろ!」
「なるほど。分かった。」
「ブォォォン!」
バイクはさらに森の奥へ。
「ヒュン!」
猛攻獣が口で咥えた木の枝を投げつける。
枝は地面へ突き刺さり、土煙を巻き上げた。
「ちょ、ちょっと崢拓さん! 速く走るだけでいいから! 向こう全然狙えてないから! 左右に避けなくて、ああああぁぁ!!」
沢恩の悲鳴が森へ響く。
やがて周囲の景色が変わり始めた。
木々には淡く発光する物体が無数に付着している。
「くそっ……何も見えねぇ。」
崢拓が舌打ちする。
「……待て。」
沢恩が周囲を指差した。
「見ろ。」
「全部……光る菌類、か?」
崢拓は目を凝らす。
二人は思わずバイクを止めた。
その瞬間だった。
地面から黒い霧が立ち上る。
霧はゆっくりと人の形を取り、黒いローブをまとった人影へと変貌した。
その存在が現れた途端。
周囲の花も草も、一瞬で枯れ果てる。
鳥のさえずりも。
虫の羽音も。
この場所から、音という音が消え失せた。
「私は魔王様の家臣――カストロフィ。」
白い仮面をつけた"それ"は、静かに名乗る。
そして。
パチン――。
軽く指を鳴らした。
次の瞬間。
二人の背後で追ってきていた猛攻獣は、抵抗する間もなく灰となって崩れ落ちた。
世界が。
少しずつ暗くなっていく。
「私の役目は、勇者一人ひとりの実力を見極めること。」
「そして、その情報を偉大なる魔王様へ届ける。」
「その後は魔王様が、一人ずつ始末してくださる。」
「せいぜい残り三年を楽しむといい。」
「これが我々なりの、人道主義だ。」
言い終えると、人影は黒い霧となって崩れ始める。
消え際。
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……占以沢恩、か。」
「ふふ……三年後では、少し遅いな。」
その言葉だけを残し、黒い影は完全に消滅した。
「……今のは、一体……?」
崢拓は呆然と立ち尽くす。
「さっき言ってただろ。」
沢恩は意外なほど落ち着いた口調で答えた。
「魔王の家臣だ。」
「ブゥゥゥ……ブブブブ……」
エンジンが力なく唸る。
「あ。」
崢拓の顔色が変わった。
「ガソリン切れた。」
崢拓はゆっくりと沢恩を見た。
「……何?」
沢恩も見返す。
「押してくれる?」
「……。」
◇
翌朝。
二人はようやく街の廃墟へ戻ってきた。
「腰が痛いぃぃぃ!!」
沢恩の悲鳴だけが、朝の街に虚しく響いていた。




