災厄現る、魔王の侵攻①
シソラゼ地区――午前三時。
『こちらシソラゼ地区駐屯軍! 正体不明の魔獣が出現! 至急応援を要請する! 繰り返す、至急応援を――』
切迫した救援要請が響く。
戦車部隊の上には、赤と白の法衣をまとった一つの影が静かに立っていた。
「……」
その残影はゆっくりと顔を上げる。
そこに顔はなかった。
あるのは、何も存在しない空洞だけ。
その瞬間。
空を二筋の雷光が裂き、街区一帯は瞬く間に業火へと包まれた。
その影の足元にいた魔獣たちが、一斉にしゃがれた不気味な笑い声をあげる。
影はゆっくりと腕を伸ばし、五本の指を前方へ向けた。
次の瞬間。
無数の戦車が、一斉に自爆した。
「ドォォォンッ!!!」
赤い閃光が次々と大地を染める。
生き残った戦車もすぐさま反撃を開始し、砲身から白煙を噴き上げながら魔法レーザー砲弾を撃ち込む。
その対面では、魔獣たちが次々と吹き飛び、倒れていく。
さらに幾筋もの赤い光が夜空を貫いた。
――だが。
誰一人として予想できなかった。
放たれた魔法レーザーは、その黒い影を何事もなかったかのようにすり抜けたのだ。
影は音もなく姿を消す。
そしてその場所に、漆黒の穴が現れた。
黒い穴は周囲の魔獣たちを強引に吸い込み始める。
「アアアアアアァァァァァ!!」
断末魔が重なり合い、響き渡る。
やがて悲鳴が止んだ時。
地面に残っていたのは、焼け焦げた鉄くずだけだった。
硝煙。
炎。
崩れ落ちた建物。
そのすべてを見下ろすように、燃え上がる毛皮をまとった二十メートル級の巨獣が、大地にそびえ立っていた。
「……」
沢恩は真っ二つに割れたアスファルトの上で、その光景を見つめていた。
言葉が出ない。
「ここまで……破壊されるなんて……」
沢恩はゆっくりと首を振る。
足元には、かつて戦っていた戦車の残骸が無数に転がっている。
信じられなかった。
城堡獣。
それは沢恩の記憶の中で最強だった魔獣だ。
そして、その城堡獣ですら戦車は容易く撃破していた。
なのに今、その戦車たちが一方的に壊滅している。
「……怖い。」
サリスは溶けたアスファルトを見つめ、小さく呟いた。
「……!」
沢恩は無意識に戒指を強く握りしめる。
分かっている。
これは、自分たちが倒せる相手ではない。
それでも。
依頼は受けた。
だから逃げるわけにはいかない。
「ブシュッ!」
突然、どこからともなく青い強酸性の液体が噴き出した。
「危なっ!」
ササス・サスサが身を翻して回避する。
「グギッだ!」
その叫びに沢恩が振り返る。
「待って、何だって?」
「グギッ!」
「まさか……魔王が通った場所にしか現れない、あのグギッなのか!?」
沢恩の額を冷たい汗が流れる。
「でも――」
沢恩は迷わず戒指を銃身へ装着した。
リングの縁から緑色の四角い魔法陣が展開される。
「Link. Beyond Magical. Success!」
銃口をグギッの群れへ向ける。
「Fire Sea, Attack!」
引き金を引く。
「ゴォォォォッ!!」
猛烈な炎が銃口から噴き上がり、一瞬でグギッの群れを飲み込んだ。
黒煙は瓦礫を避けるように空へ昇っていく。
「ジュゥゥゥ……」
耳障りな蒸発音が響く。
引き金を離した頃には、グギッたちはすべて青い結晶のような固体へと変わっていた。
「……これから、どうする。」
沢恩は誰にも聞こえない声で呟く。
「沢恩! こっち来て!」
サリスが手を振る。
彼女は追跡魔法で、巨獣の足跡を見つけていた。
「これは……とんでもない大きさね。」
ササス・サスサがしゃがみ込み、足跡の深さを確かめる。
「どれくらいある?」
沢恩が尋ねる。
「少なくとも十メートル級以上。」
静かな答えだった。
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも、それ以上何も言えなかった。
◇
夕方。
三人は応急的に建てられた仮設宿営地で夜を迎えていた。
沢恩だけは眠れない。
(十メートルを超える魔獣……もう普通の魔獣じゃない。)
(戦車ですら勝てない相手に……。)
(俺の魔法弾は通用するのか?
ササス・サスサさんの銃は?
それにサリスは、まだ戦闘魔法を覚えるには早すぎる。
あれは身体への負担が大きすぎる。
俺は……
サリスにだけは、死んでほしくない。)
同じ考えばかりが、何度も何度も頭の中を巡る。
考えても答えは出ない。
それでも止まらない。
――その時だった。
「ブゥゥゥン……」
遠くから、バイクのエンジン音が聞こえてきた。
沢恩の思考はそこで途切れた。




