勇者になる覚悟はできているか②
「ところで、どうして今になってここへ来たの?」
ササス・サスサが尋ねた。
「私と沢恩は小さい頃からの幼なじみなの。当時はお互いの親が同じ職場で働いていて、よく一緒に遊んでたんだ。でもそのあと、沢恩の家族は南の都市へ引っ越しちゃって……。」
サリスは少し視線を上げる。
「引っ越して一か月もしないうちに、魔王の侵攻が始まったの。通信もすぐ途絶えて、生きているのかどうかも分からなくなっちゃった。」
少しだけ笑いながら、寂しそうに続ける。
「本当に長い間……すっごく長い間ね、私は沢恩がどこかで死んじゃったんだって思ってた。こっそりお墓まで作っちゃって、お父さんとお母さんに見つかってものすごく怒られたくらい。」
「でも先月、沢恩が生きてるって知ったの。その頃ちょうど、人生で初めて魔法――『飛行』を覚えたばかりだったから、すぐに会いに行ったんだ。」
「じゃあ、ここまで飛んできたの?」
ササス・サスサが目を丸くする。
「いやいや、列車だよ!」
サリスは慌てて首を振った。
「本当は飛んで格好よく登場するつもりだったんだけど、まだ完全に使いこなせてなくて……沢恩に思いっきりぶつかっちゃった。」
照れくさそうに笑う。
「あっ、そうだ。ササスお姉ちゃんは、あの時は戦わなかったの?」
サリスは目を輝かせながら尋ねた。
「あの頃は全然。」
ササス・サスサは笑って答えた。
「でも、それが今の私を作るきっかけになったの。」
そう言って、ゆっくりと昔話を始める。
「あの頃の私は、普通のエルフとして、人間たちの中で平和に暮らせればそれでよかった。」
指先をいじりながら続ける。
「でも、魔王が攻めてきたあの日、全部変わった。」
「両親も、ご近所さんも、友達も、先生も……みんな魔獣か爆発で命を落とした。」
「残ったのは恐怖だけ。」
「私は友達と二人で逃げ続けて、生き延びようと必死だった。」
話す速度が少しずつ速くなる。
「でも、その友達は自分が助かるために私を売った。」
「子どもの頃から一緒だった犬も、誰かに盗まれて食べられた。」
「名前も知らない勇者パーティーを見つけて必死に助けを求めたけど……誰も振り向いてくれなかった。」
「その時、私はようやく理解したの。」
「助けを求めても、誰も来てくれない人たちの気持ちを。」
「だから私は強くなるって決めた。そして今、この仕事をしてる。」
ササス・サスサが振り向くと――
「……えっ。」
思わず固まる。
サリスは目を潤ませ、瞳をきらきらと輝かせながら拳をぎゅっと握り締め、食い入るように話を聞いていた。
「いや、そこまで真剣に聞かなくても……。」
ササス・サスサは思わず苦笑した。
◇
「沢恩、本当に行くつもりなの?」
少し離れた場所で、母親が涙ぐみながら問いかける。
三人は静かに向かい合っていた。
「うん。」
沢恩は迷いなく頷く。
「でも……危険すぎるわ。」
父親も苦しそうな表情を浮かべる。
「お父さんは怖いんだ……お前を失うのが。」
「お父さんだって消防士だった頃、誇らしそうな顔をしてたじゃないか。」
沢恩は静かに言葉を返す。
「お父さんも、お母さんも、人を助ける仕事をしてきた。」
「俺はそんな二人を見て育った。」
「危険なのは分かってる。」
「でも、その危険を知れば知るほど……俺の気持ちは、もっと強くなった。」
母親が何か言おうとする。
「お母さん。」
沢恩は優しく遮った。
「もっと安全で、もっと給料のいい仕事だって選べたはずだよ。」
「それでも、お母さんは医者を続けた。」
二人は黙り込む。
しばらくして、父親が静かに笑った。
「やっぱり止められないな。」
「昔の俺と、まったく同じ目をしてる。」
父親は沢恩の肩を力強く叩く。
「だったら最後まで貫け。」
「……うん。」
沢恩は深く頷き、二人のもとを離れた。
◇
「みんな、お待たせ。」
沢恩が戻ってくる。
「沢恩! 早く早く!」
ササス・サスサが笑顔で手招きした。
「沢恩、さっき何してたの?」
サリスが不思議そうに首をかしげる。
沢恩はすぐには答えなかった。
『鳥魔獣の討伐完了まで、およそ三十分と予測されています。』
避難所内のニュースが流れる。
「えっ、じゃあちょうどいいじゃん!」
ササス・サスサが立ち上がる。
「さっきの話、全部沢恩にも聞かせよう!」
サリスも後ろから沢恩の背中を押す。
三人はすぐに賑やかな笑い声を響かせ始めた。
◇
午後二時十七分。
鳥魔獣討伐、完全成功。
避難所の扉が開き、人々は次々と外へ出ていく。
街には再び人々の声が戻ってきた。
「やっぱり、太陽って気持ちいいね。」
長い戦いの果てに、人々は再び青く澄み切った空を見上げる。
沢恩は振り返り、二人をまっすぐ見つめた。
「決めた。」
その声は静かだったが、迷いはなかった。
「今度こそ――」
「俺は、もう一度勇者になる。」




