SOS、シェルターへの避難作戦③
「っ……!」
沢恩の表情が一変した。
「あれは――グギッだ。」
グギッ。体内に強力な腐食液を蓄えた災厄級の魔物。その特殊な体質ゆえ、物理攻撃はほとんど意味を成さない。
ぶよぶよとした粘液状の流体生命体で、自我はなく、互いに融合する性質を持つ。
唯一の対処法は、高熱で体内の液体を蒸発させること。
そして、それは魔王侵攻の時にしか現れない魔物だった。
「サリス! ササス・サスサさん! 逃げろ!」
沢恩は二人の手を引いて走り出しながら、必死に説明する。
「他に方法はないの?」
ササス・サスサが息を切らしながら尋ねた。
「ぼ、僕にも分からない……でも、もし――」
その瞬間。
「熱っ!」
沢恩は腰元に違和感を覚えた。
触れてみると、持ってきていた指輪が熱を帯びている。
「……起動した?」
五年間眠っていた指輪が、まるで目を覚ましたかのように再起動していた。
「ササス・サスサさん! 拳銃を貸してください!」
「もちろん!」
ササス・サスサは迷わず拳銃を放り投げる。
拳銃は空中で二回転し、沢恩の手へ収まった。
「はぁ……はぁ……」
震える呼吸。
五年前の記憶が一気によみがえる。
震える手で指輪を銃身にはめ込む。
『Link. Super Magical. Success.』
聞き慣れた電子音が鳴り響く。
「……五年ぶりだ。」
沢恩は静かにつぶやき、再び武器を構えた。
「Hot Laser――Attack!」
詠唱と同時に引き金を引く。
灼熱のレーザーがグギッを包み込み、ジュゥゥゥゥ……と激しい蒸発音が響く。
グギッの体表から粘ついた泡が次々と噴き出し、やがて全身の水分を失って青い硬い塊へと変わった。
「やっ――」
喜ぶ暇もなかった。
突然、沢恩の身体が空へ引き上げられる。
「えっ!?」
見上げると、そこにはサリスがいた。
「大丈夫!? 怪我してない!?」
沢恩が叫ぶ。
「それはこっちのセリフだよ! もう少しで鳥魔獣の爪がお腹を貫くところだったんだから!」
サリスは叫び返しながら、必死に飛び続ける。
無数の鳥魔獣が二人を包囲していた。
サリスは眉をひそめ、飛行に全神経を集中させる。
九十度旋回。
一体の鳥魔獣を紙一重でかわす。
「今!」
沢恩がレーザーで撃ち落とす。
さらにサリスは身体をひねり、半円を描くように飛行軌道を変えた。
頭上すれすれを羽毛がかすめる。
左右から二体の鳥魔獣が挟み込んできた。
「っ!」
身体を傾け、わずかな隙間をすり抜ける。
振り返ると、沢恩のレーザーが前方の鳥魔獣を撃ち抜いていた。
しかしその直後、さらに大量の鳥魔獣が二人の背後へ集結する。
沢恩は空中で振り返り、鋭い眼差しを向けた。
「Flash Breaker――Attack!」
閃光が空を裂く。
雷撃が一直線に走り、鳥魔獣の群れを飲み込んだ。
空に残ったのは、無数に舞い散る羽毛だけだった。
やがて二人は無事に着地する。
待っていたササス・サスサが駆け寄った。
「もう少しだ! 避難所まであと少し!」
「これ、返します。」
沢恩は拳銃をササス・サスサへ返した。
「ここから先は任せて。」
夜が明け始める。
疲れ切った三人は、ようやく地下シェルターへとたどり着いた。
地上では戦車部隊と戦闘機部隊が展開を終え、鳥魔獣への反撃が始まろうとしていた。
「はぁぁぁ~! 疲れたぁ~! 全身バキバキ!」
サリスは大きく伸びをする。
「ずいぶん上達したね。」
沢恩が微笑む。
「えへへ~。当然! 私は未来の最強魔法使いだから!」
そう言ってサリスは床へごろんと寝転がった。
沢恩とササス・サスサは、それぞれ家族の安否確認へ向かう。
サリスだけがその場に残り、充電の切れたスマホを握り締めていた。
胸に押し寄せるのは、不安と孤独。
他の都市にいる両親が無事だとは、まだ知らない。
そのとき。
肩に、そっと温もりが触れた。
振り向くと、沢恩が優しく手を置いていた。
「心配しなくていい。」
穏やかな声だった。
「僕の両親が君のご両親と連絡を取ってくれた。二人とも無事だよ。」
「だから元気を出して。必ず君を家まで送り届ける。約束する。」
サリスの目に涙が浮かぶ。
そこへササス・サスサも歩いてきた。
「そうそう、お嬢ちゃん。心配しなくていい。私たちがいるんだから、きっと何とかなる。」
「うぅ……」
サリスは涙をぬぐい、笑顔を取り戻した。
「……ところで、ササス・サスサお姉さん。」
「ん?」
「私たちの名前、結局ちゃんと覚えてないよね?」
「あっ……えっと、その……」
一瞬、空気が止まる。
そして避難所のあちこちから、小さな笑い声が漏れ始めた。
張り詰めていた空気は少しだけ和らぎ、激動の一日を戦い抜いた二人の若者は、そのまま深い眠りへと落ちていった。




