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2話目です。
高濃度の重クエン酸を大量に含んだズテンフェオンの鮮血がガングエイコンの装甲外皮を侵食する。
巨獣を二つに引き千切ったポーズのまま断末魔のような音と黄煙を機体は発したが、すぐにそれはか細く消えうせようとしていた。
ガングエイコン13号改27式は、ダストもソイルもカンストした状態で建造され、様々な希少素材を費やし改修され続けたペスティサイダーの傑作。
未知の強酸性物質にも耐える防御力と再生力を併せ持っている。
……筈だった。
収まった筈の侵食が再び勢いを増し噴き上がる黄煙。再生するそばから装甲外皮を食い荒らす煙の勢いは推進力が予期せぬ推進力になるほどで、ガングエイコンの巨体が揺らぎバランスを崩す。
「な、なんだ!?」
ガングエイコンの操縦槽内部。欠損が回復して口が動くようになったペスティサイダーは翻弄されていた。塵面気の視界は完全に黄煙に隠され、聴覚までも甲高い煙の噴出音で機能不全になる。
そのせいで気づくのが遅れた。
上半身だけになったズテンフェオンが、まるで太陽のように生命力を増大させ、左のト型腕に巻き付いたままの巨獣の下半身が不気味に脈打ちながら本当に光輝き始める。
次の瞬間、何倍にも膨張した巨獣の半身が爆裂する。
間近で強烈な閃光と灼熱のような高濃度重クエン酸が破壊的な衝撃とともにガングエイコンを襲う。凄まじい勢いで機体から発生した黄煙がクレーター内部を瞬く間に埋め尽くし、火山のように上空へと吹き上がった。
「片腕持ってかれたぁ!」
黄煙を巻き込み高速回転する右手がプロペラ飛行機のように煙の中からガングエイコンを連れ出した。
そのまま右ト型腕に牽引される形で飛翔する機体は、左腕の肘から先が完全に失われており、その左半身は今まで表層の侵食で耐えていた堅牢な装甲外皮がボロボロとなり内槽骨格や動力袋の一部が露出している。
装甲外皮はまだ六割以上残っている。防御力と気密性は保たれていたが片手を失ったことで機体の疑似生命がかなり減衰してしまった。
ペスティサイダーの保有ダストの関係上、ガングエイコンの戦闘力と疑似生命を支える機能の多くは最も頑丈で性能が高くなる手の周囲に配置されている。
たった一撃で形勢を逆転されたと言っても良い痛手だった
「半分にしてやったのに!」
「ぶぅぅぅぅぅぅぅ!」
片腕だけだと不安定で速度も不十分な飛翔に見切りをつけ機体を着地。
勢いで砂浜の上を直立したまま滑るガングエイコンの目前にクレーターから噴き出す黄煙を突き破りズテンフェオンが姿を現す。
千切れて爆散したはずの巨獣の下半身は再生し、羽毛が不穏な輝きを放っていた。
「第二形態!?」
そのまま爆散した下半身のように自爆すると安易に考えなかった。
輪郭が揺らいで実体よりも膨張するズテンフェオンの口は更に強く、それこそ太陽のように輝いていたのだ。
ゲームでよくある予備動作に危機感を覚えたペスティサイダーが慌ててその場からガングエイコンを退避させる。
「ぶぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
死酸咆哮。
すっかりペスティサイダーの意識の外だったズテンフェオンの異名に秘められた恐ろしい暴威が解き放たれる。
飛び上がりギリギリでその射線から逃れたガングエイコンの真下を貫くレモンイエローの極太閃光。
その正体は、死酸島の環境に空気や水のように当たり前に存在する周囲の重クエン酸をズテンフェオンの能力で体内に吸収し、口腔から収束加速投射された高濃度重クエン酸の奔流だ。
死に至る酸の咆哮は、如何なる強度や耐性があろうとテルミット反応よりも過激で暴力的に熱と光を生み出すミソロジカルキレート作用により、直線上のあらゆる物質を侵食して黄煙に変えて消し飛ばす!
「ぐぅぅぅ! 樹液ぃぃぃ!?」
余波でばら撒かれた重クエン酸でさえガングエイコンの装甲外皮を更に侵食して破壊する威力。
ペスティサイダーは嫌な予感がして咄嗟に樹液を分泌して機体表面をコーティングしたが、余波ですら防ぎきれない。
特に距離が近かった機体の足から大量の煙が発生し、見えないグラインダーに削ぎ落とされるように外皮が消えていく。
直撃を受ければガングエイコンも跡形も残らない。
そして、既にズテンフェオンの口腔は輝き、死酸咆哮の準備は終わろうとしていた。
「す、進めぇ! ガングエイコォォォォォォン!」
ペスティサイダーの心は竦み、気持ちは後退しているが、彼の経験は距離を詰めないと勝機も命も無いと叫んだ。
ガングエイコンは恐怖に震えた命令であろうと、恐れ知らずの蛮勇でズテンフェオンとの距離を詰める。
削り取られた歪な足を試みず全力で走り、ト型腕を前に突き出すと指が勢いよく伸長。何十倍もの長さとなった四本の指触手はズテンフェオンの首に巻きついた。
「ぶぅあ!?」
間に合った。重クエン酸を収束させていた巨獣の首を締め上げて死酸咆哮の二射目を中断させることに成功。半端にチャージされていた重クエン酸が口腔から周囲に飛散して装甲外皮の上で光熱が踊り黄煙が発生するが、構わずガングエイコンはズテンフェオンを引き寄せる。
「強い!」
ズテンフェオンは引き寄せられた勢いを利用して己の頑丈な頭部を振り回した。巨人が片手で止めれた筈の威力は大きく強化されていた。それはペスティサイダーの心も機体も揺らして焦りを生む。
早く決着を付けねばと、触手から元に戻した指をズテンフェオンの喉元に食い込ませる。
「ぶぅぅ!」
「このまま空間ごとぉぉぉ」
握りつぶす大いなる巨人のミソロジカル握力を顕現させる超重歪曲拳。
ガングエイコンで発動するその威力は巨体も相まって、片手であっても両手で発動させたアシッドブレイク6号の超重掌握拳を遥かに上回る。
しかし、今のズテンフェオンには片手では足りなかった。
ハイパー重クエン酸サーキット。体内と体外の重クエン酸の高速循環により莫大なエネルギーを生み出す能力により、この島にいる限り死酸咆哮ズテンフェオンは無限に等しい生命力を手にしていたのだ。
一気呵成に喉を潰そうとする空間歪曲を膨大な生命力が跳ね除ける。
片手の喪失で失った生命力の不足が致命的だった。
そして、ズテンフェオンは口から出せないなら全身から死酸を放てば良いだけだった。
喉元を握りつぶそうとしたガングエイコンは、ズテンフェオンの全身の羽毛から放出された高濃度重クエン酸にまともに晒される。
重クエン酸とガングエイコンの樹液に濡れた装甲外皮に起きる劇的なミソロジカルキレート作用。夜空に無数の星が瞬くように赤熱の光点が巨人の前面に広がって一つの眩い輝きとなって弾け飛び、分泌された樹液も装甲外皮を食い破って爆発するように溢れだす黄煙で覆い隠された。
ガングエイコンはその場から吹き飛ばされ、超重歪曲拳も解除される。
すり鉢状のクレーター壁面に叩きつけられた巨人をレモンイエローの光が照らし出す。
ズテンフェオンの口内から溢れ出る絶望の光。
重クエン酸の収束は終わり、必滅の一撃が投射されようとしていた。
その場から急いで離脱しようと焦るペスティサイダー自身の皮膚が焼ける。
装甲外皮の喪失がついに六割を超えた。機体の気密性は失われ、ダメージが内槽骨格や動力袋までに及び、手の次に頑丈な筈の塵面気も一部破損していた。
レモンの香りが操縦槽内部に充満している。
動く側から崩れてくる壁面。
機体出力は低下しそれを跳ね除けることができない。
ガングエイコンは、その場から動くどころか蟻地獄に囚われた虫のように立ち上がることも困難だった。
UKMに殺されたプレイヤーは現実でも同じように死ぬ。
脳裏に蘇るこの戦いが始まった時に届いたメッセージ。
ペスティサイダーはこの後のことを考えていた。
この世界で死んだ時、現実では苦しむのだろうか? それともリアルの貧弱な肉体は何か感じる前に死酸で何もかも溶けて無くなってしまうのか?
巨獣は、ただ殺すことを考えて死酸咆哮を放った。
「ぶぁぁぁぁぁぁ!?」
死酸咆哮が放たれる瞬間、ペスティサイダーは見た。
勢いよく飛来した赤いギガダストがズテンフェオンに真横から衝突する姿を。
ズテンフェオンが放つ重クエン酸の奔流は森の一部を薙ぎ払い、空を舞う黒い塵を切り裂いたが、ガングエイコンにはかすりもしなかった。
「デトネイ!?」
赤いギガダストの正体はガングエイコン20号改18式。
ペスティサイダーがデトネイ用に建造した機体だった。
突然、行方不明だった人物の登場と、ズテンフェオンが体勢を大きく崩しながらも怒りに瞳を燃え上がらせて乱入者に死酸咆哮を浴びせたことに悲鳴のように名を叫ぶ。
大きなダメージを受けながらもガングエイコン20号は原型を留めていた。
直撃した死酸咆哮は収束した重クエン酸の大部分を空に向かって放出していたため、ペスティサイダーが丹精込めて建造した赤いギガダストを消し飛ばす威力は無かったのだ。
黄煙を噴き出しながら浜辺に激しく墜落したガングエイコン20号はペスティサイダーの心配に答えるかのようにボロボロの巨大なト型腕の片方を勢いよく天に掲げた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ペスティサイダーの絶望は打ち払われた。
空気を歪ませるほど熱を持ち、爆発しそうなほど激しく脈打つ動力袋がガングエイコン13号を力強く立ち上がらせる。
【耐性】ソイルは耐えるだけの能力ではない。
機体の破壊が深刻過ぎて一時的に力を失っていたが、耐性を獲得したダメージに比例する生命力を生み出す能力でもあるのだ。
「ぶうっ!?」
ガングエイコンが湧き上がる生命力を支えにボロボロの機体でズテンフェオンに全力突進。反動でボロボロの機体が更に壊れ、部品が飛散するのと引き換えに、相手に勝る体格で繰り出した一撃が、猛り狂う巨獣の意識に僅かだが空白と隙を生む痛打となった。
「グラビトンドングリ弾!!」
怯んだ相手に振りかぶったト型腕が空気を打ち抜き、同時に右手で握りしめる空間歪曲。
発動したのは二度も打ち払われた超重歪曲拳…を利用して生成されるドングリ型に結実した重力子。
グラビトンドングリ弾。
超重量の暗黒のドングリが四本指の中央で弾頭のように尖った先端を前方向けた状態で握りしめられ、手首と空間を巻き込んで高速回転し巨獣に叩きつけようと大きく振りかぶる。
ズテンフェオンは顔面に迫るグラビトンドングリ弾が自身の命に届くと確信するが避けられない。
巨体による突進を受けて体勢を大きく崩され、抑え込むように巨人が覆いかぶさっている。
だから巨獣は本当の奥の手を繰り出した。
ズテンフェオンは知っている。
塵面気がガングエイコンの…ギガダストの弱点だと。
巨獣の顔面にグラビトンドングリ弾が直撃するよりも早く、死酸咆哮がノータイムで口腔から迸る。
ハイパー重クエン酸サーキットが過負荷で一時停止するのと引き換えに、周囲ではなく体内の重クエン酸を高速収束して放つ奥の手。
それは今まで放ってきた死酸咆哮よりも収束が甘く、口から飛び出した瞬間拡散ビームのように飛び散り射程も短い有様だったが、ギガダストを丸ごと吹き飛ばす範囲は無くても目の前の巨人を穴だらけにする威力はあった。
至近距離で放たれた拡散式死酸咆哮の閃光は、操縦槽のペスティサイダーにこそ命中しなかったが。
ガングエイコンの塵面気…顔面を直撃した。
羽毛が光を失い、ハイパー重クエン酸サーキットで強化されていた生命と身体能力を失った虚脱感に襲われながらもズテンフェオンは勝利を確信した。
渾身の不意打ちだった。
ガングエイコンは反応する暇もなく疑似生命の要である塵面気を砕かれ、モウモウと顔面から黄煙を噴き上げる巨人はその動きを…
止めなかった。
高速回転するグラビトンドングリ弾が、驚愕で見開かれたズテンフェオンの右目に叩きつけられる。
ズテンフェオンは知らなかった。
砕けた塵面気の奥から覗く、ガングエイコン13号改27式の本当の顔を。
ユニークアイテム【巨影真インスドォズ】の存在を。
後継のギガダストにおけるユニークアイテムとは、UMやアップデートで追加されたUKMなどの特別なモンスターを倒すことで入手できる倒した相手の顔を象った仮面状のアイテム…つまり首級だった。
大きさを自由に変えられるこのアイテムは、プレイヤーが装備したりギガダストに組み込むことで、巨獣が生前有していた能力を再現することができる。
死酸島で目覚めた時、ペスティサイダーの手元に決して失われないはずのユニークアイテムが無かった理由がこれだった。
ガングエイコンが隕石で破壊されなかったからペスティサイダーの手元には無かったのだ。
「ぶあああああああああああああああああ!?」
ズテンフェオンの目玉を穿孔し、眼窩を砕いてもグラビトンドングリ弾は止まらない。
巨獣の顔の半分を粉砕しながら頭蓋の奥にねじ込まれていく。
「発射ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
巨獣のダストが集中するズテンフェオンの生命の要。レモンイエローの羽毛に包まれた頭の奥深くで解放されたドングリ型圧縮重力子は、ガングエイコンとズテンフェオンの姿を周囲の景色ごと歪ませ、局所的に発生した何もかも漆黒の高重力場が巨人と巨獣を飲み込んだ。
〈UKM死酸咆哮ズテンフェオンを倒しました〉
〈ユニークアイテム・死酸咆哮ズテンフェオンが生成、授与されます〉
〈プレイヤーで初めてUKMを倒しました〉
〈特典として近くのUKMが一体、誘引されます〉
〈最初に巨人の歩みを進めた者よ、勝利を積み上げろ〉
〈獣に喰われる弱き者に後継者の資格無し〉
〈後継のギガダストよ〉
〈貪欲に巨人の歩みを進めよ〉
何か不穏なメッセージが脳裏に流れた気がしたペスティサイダーだったが、グラビトンドングリ弾が発する高重力の余波に耐えきれず。
彼の意識は闇に沈んだ。




