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3話目です
「ふぅ」
溜息が漏れた。
強敵との殺し合いから生き残った余韻で昂ぶる心に突き動かされて、情欲をぶつけ合った反動か、今のペスティサイダーは身体は気怠く陰気に包まれていた。
彼とデトネイを包んでいた外套から彼女を起こさぬように慎重に抜け出し、ガングエイコンの操縦槽の外へ出る。
胸部に配置された巨大な青ドングリの間を抜け出た彼を迎える、少し前の激しい熱気とその残り香を吹き飛ばす重クエン酸の酸味を含む冷たい夜の外気。
相変わらず黒い塵が漂う夜空に星は見えず、月だけが滲むようにボンヤリと光を浮かび上がらせている。
夜風に目を細めていたペスティサイダーは、唐突にインベントリからあるアイテムを取り出す。
ユニークアイテム【死酸咆哮ズテンフェオン】。
小さな手のひらに収まるサイズの仮面型のアイテム。柔らかいレモンイエローの羽毛に包まれ、頭の上半分がパキケファロサウルスの突き出た頭蓋骨に変化したカカポの顔面を模す巨獣の首級だった。
つぶらな瞳がギラリと生々しく輝いている。
その視線からなんとなく目をそらすと、傷一つないガングエイコン13号の塵面気と視線が交わった。
幻影のような弱い月光の代わりに三日月型に笑う口を模したバイザーから漏れる光がペスティサイダーを上から照らしていた。
「外見だけなんだよな…」
砕けた外側の塵面気も破壊された左腕も装甲外皮もスッカリ元通りに見えるが、今のガングエイコンはハリボテのような状態だ。
希少素材を使った機体は頑丈で高性能だが、それに比例して希少な部分の再生速度は遅かった。
こんな時のために溜め込んでいた予備素材だったのだが、大型アップデートの影響で手元に一欠片も残っていない。
時間をかければ希少部分も再生してくれるのが今の状況だと泣きたくなるほど有難いが、先ほどの死闘を思い出せば、防御力が心もとない状態が続いてしまうのが不安だった。
「UKM…何体いるんだろうな?」
無意識にユニークイテム…ズテンフェオンを持つ右手に力が入る。
希少素材を失ったが、新しいユニークアイテムを手に入れた。
身につけるのも良し、機体に組み込むのも良し。
どちらにしろ即戦力となる素晴らしい力の源だ。
ペスティサイダーの戦力は数段跳ね上がることになるが、この力があっても世界に潜むUKMが恐ろしかった。
現実世界に帰りたくなったわけじゃないが、この素晴らしい世界に存在するプレイヤーに理不尽に死をもたらす強大な巨獣の存在に不安と恐怖が拭いきれない。
「ズテンフェオンに勝てたのは運が良かった」
ペスティサイダーとズテンフェオンは相性も悪くなかった。
侵入者を尽く溶かす悍ましい強酸性の島を根城とする死酸の主ズテンフェオン。
あれはプレイヤーが何も知らずに相対して無事で済むような巨獣じゃない。
特定の能力に秀でた者でないと素材の採取もままならない島の初見殺しにも程がある環境ギミック。
セーフティエリアが消えるという原因不明のトラブル。
愛用していたギガダストもアイテムも強制ロスト。
ペスティサイダー以外のプレイヤーでは、何万人いても手も足も出ずに皆殺しにされていた可能性が高い。
それはズテンフェオンを倒した今でも他人事じゃない。
今回はたまたま、ペスティサイダーが死酸に対応できるダストとソイルの組み合わせの持ち主だっただけ。
それでも、実は無事だったガングエイコンが偶然この島に飛んでこなければ死んでいた。
二つの奇跡が重ならなければ勝てなかった。
逆に言えば奇跡が二回も起きたのに辛勝だったのだ。
「そんな幸運がこのデスゲームと化した世界で続くはずがない、出逢えば死ぬしか無い、ワシが対応できない能力を持つUKMがこの世界のどこかに、もしかしたら既にこの島に向かってきている可能性がある」
それはペスティサイダーの怯える心が描いた妄想ではなかった。
既に前例がある。大型アップデート前の後継のギガダストではUM同士の縄張り争いも起きていたのだ。死酸島はUKMであっても暮らしやすいとは思えないが、主が居なくなったことに気づいた他のUKMが偵察に来てもおかしくない。
今この瞬間にも!
「おわぁぁぁ!?」
背中に加わる強い衝撃。巨大な青ドングリの間から押し出されたペスティサイダーはクヌギドングリの帽子を模した逆立つ鱗状木片に覆われる装甲外皮を越えて砂浜に向かって真っ逆さまに落ちていく。
「はっ! はっ! はっ! ビックリした!?」
ペスティサイダーは咄嗟に指を触手に変化させた左手を鱗状木片に巻き付けて落下を回避した。落ちても彼が死ぬような高さではなかったが、突然の落下に肝が冷えた。
右手に握りしめたまま胸に抱いたズテンフェオンが激しく上下し、体温が下がった身体を冷たい夜風が容赦なく打ち据える。
「なっ!?」
「何をするデトネイ!」ペスティサイダーは背中を押してきた犯人に向かってそう叫ぼうとした。
現在、彼は一糸纏わず緑色の肌を晒している。背中を押したのは散々を弄び、弄ばれたデトネイの手と体温だったのはハッキリしていたが、勢いよく顔を上げた先にあった光景に彼は大きく口を開けたまま固まってしまう。
「隣で寝てる女をさぁ? ベッドに置き去りにして夜風に酔う真似してるアホぅに制裁しただけよぉ?」
デトネイは、ペスティサイダーが指触手を巻き付けた鱗状木片の上に器用に座っていた。
彼女が着用しているのは外套のみ、逆光で影が落ちた顔はサディスティックに釣り上がる口元が艶めかしく浮かび、ペスティサイダーの見上げた視線の先で彼女の内面が物理的に夜空の下で堂々とさらけ出されていた。
「むぐぅ!?」
「あっははは! ここに散々突っ込んだのにそんな反応するぅ?」
口を開けたまま固まるペスティサイダーの口内にデトネイは指を突っ込んだ。
親指で顎を押さえ下顎を鷲掴む。彼はまるで魚のように引き上げられたが、長い若草色の癖毛のせいで、後ろ姿は完全に海藻だった。
彼はされるがままだったのに最後には彼女を押し倒すような形で抱き留められ、ガングエイコンの装甲外皮に密集して並ぶ鱗状木片の隙間にゴロリと潜り込み、浜に打ち上げられた漂流物に海藻がするように女体と絡み合いながら潜り込んでいく。
「かわいー」
「…………」
熟れた果実のように真っ赤な眼に彼女はニタリと笑いかけた。
外套の中に引き戻されたペスティサイダーは、自身の涎にまみれたデトネイの手で頬を撫でられる。
夜風と肝を冷やした身体に絡み合う肌と肌の触れ合いは刺激が強かった。
ズテンフェンとデトネイという二種の獣との連戦で心底疲弊していた筈の心身は彼の意思とは無関係に活力を取り戻し、巨獣との死闘よりも記憶に新しい目の前のデトネイとの一戦が思い出した欲深き部位が立ち上がる。
その時だった。
装甲外皮の上で始まる主人達の痴態も気にせず、夜の砂浜に片膝をついて沈黙していたガングエイコンが動き出す。
塵面気が海を見る。
その先で不自然に盛り上がる海面。
そこから噴き上がる死酸に侵された証の黄煙。
明らかに死酸島の外から侵入してきた巨大な何かが。
死酸に侵されて死ぬどころか戦意も失わない何かが。
ガングエイコンが存在する砂浜に向かってきている。
万全には程遠い機体を自身のパワーが傷つけ軋ませる。
装甲外皮がヒビ割れ、動力袋が血を吐くように潤滑液を漏らしながら激しく脈打つ。
ガングエイコンは万全とは程遠い疲弊した機体をねじ伏せ、大いなる巨人から受け継ぐ闘争本能が訴えるままに立ち上がる。
そして、似て非なる混沌なる巨獣の闘争本能に突き動かされた巨獣が死酸に満ちた海面を突き破り、その姿を現した。
それは巨大なウーパールーパーだった。
海面から飛び出した円な瞳と笑顔に見える大きな口を持つ顔の後に地上では殆ど役に立たない細い前脚。
そして、長い長い…長すぎる蛇のような胴体…に見えた首長竜を思わせる巨大な身体が続いて海面から現れる。
「ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
敵意と生命に満ちた巨獣の咆哮が砂浜に響き渡り、神話の闘志本能と現代の欲望が満ちていく!
戦え! ガングエイコン13号改27式!!
乱れ撃て! ドングリランチャー!
UKMとの戦いは、まだ始まったばかりだ!
〈プレイヤーの死亡数が一万人に達しました〉
〈条件を満たしたので情報が開示されます〉
〈プレイヤーが討伐すべきUKMの総数は三〇体です〉
〈現在の討伐数は二体です〉
〈弱者に後継者の資格無し〉
〈後継のギガダストよ〉
〈巨人の歩みを進めよ〉
死酸島ニューゲーム
END
10万字行ってないので後で追加する予定ですが、これにて後継のギガダスト一旦完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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