【第116話】大樹の村の地下遺跡 5階
【第116話】大樹の村の地下遺跡 5階
冷えきった体をさすりながら通路を進んでいると、やがて小さな円形の部屋へと辿り着いた。
一見すると罠や仕掛けは見当たらない。
ただ、壁面には全面に紋様が刻まれていて、奥の壁には屈めば入れそうなほどの横穴がぽっかりと口を開けている。
「……ん?」
部屋の入り口から中を見渡していたその時、腰に下げていた通信機が震えた。
慌てて取り出し起動する。
『繋がったね』
クレイの声だ。
『ノイラが探知に成功した。おそらく君たちは地下五階に飛ばされたようだ』
「五階ですか。あまり離れなかったのは不幸中の幸いですね」
『そうだね。こちらは現在三階まで降りたところだから、一つ上の四階で合流した後、今回は撤退するとしよう』
「わかりました」
話をしている間、レイは部屋の中へと入り、周囲を見て回っている。
やがて奥の横穴を覗き込み、何かを確認しているようだった。
俺も部屋の中へと足を進める。
「通信については距離も近づいた事で安定するだろう。何かあればすぐ報告を。くれぐれも慎重に――」
ブツッ。
唐突に音声が途切れた。
「ん?あれ?もしもーし?」
「どうしたんですか?」
奥から戻ってきたレイが首を傾げる。
「なんか通信が切れちゃったみたいだ。えっと、とりあえずここは五階で、みんなとは四階で合流することに――はっくしゅん!」
「だ、大丈夫ですか?」
「うぅ……ごめん。やっぱ濡れたままだと流石に冷えるね。早く上に……って、なんかこの部屋、暖かくない?」
ふと気がついた。部屋の中はこれまでの通路とは違い妙に暖かく、空気が柔らかい。
「あ……それなんですが、あの奥を見てもらえますか?」
レイが指差すのは、先ほどの横穴だ。
屈んで覗き込むと、その先に小さな空間が広がっているのが見えた。
「ちょっと覗いてくるよ」
狭い横穴をくぐり抜けると、そこに薄暗い小部屋があった。
そして――。
目の前に、湯気の立ちのぼる小さな池。
「ん?これって……もしかして温泉!?」
予想外のものに出会し思わず声が裏返ってしまった。
屈んで水面に手を添えると、暖かい熱が伝わってくる。
ためしに指先を浸してみる。
白く濁った湯が、静かに揺れる。
熱すぎず、ぬるすぎない、絶妙な温度。
念のため、お湯を手ですくい上げ、ステータスで確認する。
ファリスの泉
・状態異常回復効果
「か、回復効果付きの温泉……!」
名前や部屋の形状からして、どう見ても人工物だ。
なぜ遺跡の奥深くに温泉があるんだ…?
遺跡の休憩所か?
それとも何かの聖域?もしかして遺物…?
考えていると、横穴の方からレイがやってきた。
「アキオさん、どうですか?」
「……お風呂があった」
「お風呂ですか……!」
互いに冷え切った体のせいか、レイの言葉も何処となく嬉しそうだ。
「あの、せっかくですし……入りますか?」
「うん、せっかくだから入ろう!」
「ですね!せっかくですし!」
どうやら二人とも少しテンションが上がっているらしい。
「では、アキオさんからお先にどうぞ」
「いやいや、二人でも一応入れるくらいの広さだし、一緒に入ったら?寒いまま待たせるのも悪いし」
俺の言葉にレイは「ぁ、ぅ…」と小さな声でモジモジ身を捩る。
ちらりと温泉へ視線を落とした後、しばらくしてくるりと背を向けた。
「こ、こういうのは初めてなので……す、少し心の準備をしてからで良ければ……」
「?」
――ああ、なるほど。
村には温泉も銭湯もなかったし、他人と風呂に入るのが恥ずかしいのか。
……まあ、俺も若い頃はたしかに恥ずかしかったもんなぁ。今はもう全く気にしなくなったけど。
うーん、配慮が足りなかったかもしれない。
はっくしゅん!
そんなことを考えてるうちにくしゃみが出た。
風邪ひく前に早く入ろう。
「うん、じゃあとりあえず先に入ってるよ」
手早く服を脱ぎ、部屋の隅に放り投げたあと、指輪からバケツを取り出す。
意味はあまりないかもしれないけど、まずは掛け湯で汚れを落とそう。
ゆっくり掛け湯をすると、それだけで体がじんわり温まった。
「うお、ちょっと深いな……」
濁り湯にゆっくり足を入れる。
ファリスの泉という名の温泉?は思ったより深めの構造となっており、大人が中に座って肩までしっかり沈める深さだった。
子どもじゃ少し深すぎるくらいだな……って、子どもはそもそも遺跡には来ないか。
ふぅー……。
冷えきった体に染み渡る暖かさに思わず声が漏れる。
目を閉じて湯を堪能していると、隣で水面がぱしゃりと揺れた。
「お、お隣失礼します……」
「んー。どうぞどうぞ。なんて、俺が言うのも変だけ――」
温泉の気持ち良さに気が緩み、反射的に声の方へ視線を向けた、その瞬間。
暖かい湯の中で、背筋にぞわりとした感覚が走った。
《危機察知》のスキルが発動した感覚だ!
(こ、これはヤバい気がする……!なんか分からないけど、多分ナヴィがめちゃくちゃ怒りそうなやつだ!)
瞬間的に状況を判断し、勢いよく首を反対方向へ向けた。
だがその刹那、視界の端に一瞬映ってしまった。
骨張った男の身体とは明らかに違う、柔らかな――
「……」
数秒の沈黙。
「あの……えっと。一つだけ聞いてもいいですか……?」
「……?はい、どうぞ」
「レイく……いや、レイって、もしかして……女の子?」
「………………はい」
か細い返事が、小部屋の中で小さく響いたのだった。




