ボカ 1
ブランコ村の惨状は酷い物だった。
ブランコ村上空に『転移』し、村を見下ろす。
なぎ倒された葡萄の木。
多量の『魔族』と、数人の白い髪の『長耳族』の死体。
倒壊した家屋。
中でも、一番大きな村長宅は損害が激しく、爆発でもしたのかと思わせる。
この村は、とある事情から『魔族』から隠す必要があった。
『セクンダリア』兄妹の力を借り、『気配魔術』の力で隠し続けていた。
特に兄の『気配消失』は、『練度』が高く、彼が隠したものは視認する事はほとんど不可能である。
視認するためには、『ブランコ村』に足を踏み入れる必要がある。
『プランター村』にいる妹の『気配増強』によって意識を奪われ、周囲を山に囲まれて意識の外側にある『ブランコ村』。
そんな状態のこの村に直接足を踏み入れるのはほぼ不可能。
出来る可能性があるとすれば。
・・・情報が漏れていたか。
俺は最悪な状況を知り、ため息をつく。
考えられるのは、裏切り者。
誰かはわからないが、あの村にはブリランテもいた。
俺より『空間把握』に優れた妹だ。
相手の『魔素』を把握するのは得意だったはずだ。
それでも、結果としてこうなった。
『魔素』そのものが把握できなかったか、把握できていたうえで信じたか。
「・・・後者だろうな」
俺は顎の髭を撫でる。
『プランター村』には、プランターの意向で『魔族』の血をひく者もいた。
昔からいた者か、新入りだったのか。
「考えていても、わからないか」
俺は『転移』で『ブランコ村』内部に降り立つ。
悲惨な状況。
先に向かわせた俺の部隊、『雑務隊』。
その、『突撃班』が村の死体を片付けていた。
遅かったのか・・・。
また間に合わなかったことが悔しくて歯を食いしばった。
俺は、ここに来るまでのことを思い出した。
壁が破壊されたと情報が入った後、急いで『突撃班』を編成して壁の方向に馬で出発した。
多くの人を一度に『転移』させることができない俺は、『部隊』を馬で動かしたほうが早い。
『ディナステーア』の地下。
駅に降りて、少しだけ進んだところに『軍用』の馬を待機させている。
馬に乗り込んで出発。
『突撃班』には、『メディオ学院』で『魔術』を学んだ、優秀な淡黄色の髪の『長耳族』を1人編成した。
彼の、『基本魔術』によって、馬の速度を上げて一気に駆け抜けた。
それでも、1時間はかかる。
間に合うかと言われれば微妙なところだった。
なんとか、壁までもう少しといった所。
そこで俺たちは足を止めることになる。
『ブランコ村』に隠されていた、1人の少女。
『ファセール・ブランコ』。
『ブランコ村』が隠されていた理由。
それは、『ブランコ』一家を『魔族』の手に渡すわけにはいかないためである。
その『ブランコ家』の1人娘。
彼女がどうしてこんなところに?
彼女は、初老の男に抱えられていた。
初老の男は満身創痍。
いつ死んでもおかしくはなかった。
初老の男に問う。
しかし、帰ってきた返答はその男からではなく、どこからか響く、聞き慣れた青年の声だった。
『む、ボカ氏・・・『ブランコ村』が見つかりました。命からがら、村長どのと供に『姫』を連れて村から逃げてきたところです・・・『姫』に傷はないですが、『魔術』の使用で意識を失っています』
よく知るふざけた話し方ではなく、まじめな物言いに、事の重大さが伝わってきた。
「・・・『歌った』のか?」
『・・・はい』
ため息をつく。
それは、まずい。
俺は、すぐさま『突撃班』を先に向かわせて、青年から事情を聴いた後、彼と別れて『王城』に『姫』を連れて『転移』した。
そこで、報告を終えて『謁見の間』を出たところでフェリスと出くわしたのだ。
青年とフェリスから聞いた情報を頭の中で整理する。
2人から出てきた名前。
『テーセラ・アディナトス』。
『トゥリア・アサーナトス』。
どちらも『魔王軍』『四天王』の名だった。
つまり、『魔王』が動いたという事。
『トゥリア・アサーナトス』で思い出すのは、3年前。
弟子2人を守れなかった戦い。
その時の相手。
あの実力。
死なない体。
『勇者伝説』に登場する四天王が一角。
2人が与えた傷が回復してしまったのだろう。
加えて、この『ブランコ村』にはもう1人の『四天王』、『テーセラ・アディナトス』が来ていたらしい。
俺は、村長宅に入る。
中には漆黒の身体をした角の生えた男性の死体が転がっていた。
情報通りなら、彼が『テーセラ・アディナトス』。
周りにいる、25人の死体。
この村の殆どの住民。
全員でこの『四天王』を含む、『魔族』を全滅させたのだ。
代わりに全員も死んだ。
青年の言葉を思い出す。
『歌った』・・・。
俺は、姫の姿を思い出す。
彼女たち、『ブランコ』一家がこの村に隠されなければならない理由。
それは、勇者パーティーメンバーの血筋。
『勇者フェリス』の結婚相手。
『パラーグラフォ・ブランコ』と同じ血筋であるためである。
なにも、『勇者』の大切な人の親族だから守る必要があるわけではない。
もっと、根本的な話。
『ブランコ家』が使用する『限定魔術』は危険なのだ。
その『魔術』。
名を、『音楽魔術』と言う。
『ファセール・ブランコ』は、今回の事で残された『音楽魔術』の唯一の使い手となってしまった。
『音楽魔術』は、『音楽』で『魔素』を操る『魔術』。
極めると、出来ないことがなくなると言われている。
しかし、最も危険なのは『歌』である。
使用者の寿命と引き換えに、使用者が定める歌を聞いた味方を超強化し、敵を超弱体化する。
詳しい強化と弱体の内容を詳しくは知らないが、『音楽魔術』の使い手一人で戦況が大きく変わる。
それだけの存在。
これが彼女の力か・・・。
俺は生唾を飲む。
『四天王』含む、『魔族』の1部隊を、実力者でもなんでも無い村人がたったの25人程で全滅させることが出来てしまう。
しかも、『四天王』は不老不死のはずだ。
それを殺す。
原理はわからない。
だが、結果として、『テーセラ・アディナトス』は死んでいる。
「これは確かにレイ王が囲っておけと言うわけだ・・・」
彼女はこれから、王命により城の一室で半監禁状態になる。
『音楽魔術』が『魔族』の手に渡ったら終わりだ。
しかし、逆に王国が手に入れると、それは『勇者』に匹敵する戦力になる。
『勇者フェリス』の名と、『プランター村』の協力のもと、『レイ王』が『ブランコ家』に手を出すことはなかったが、この状況だ。
もう、意味はなさないだろう。
さらに、現在は『勇者召喚』の研究が滞っている。
レイ王はあの子を絶対に逃がさないだろう。
「わかるが・・・」
監禁の理屈は分かるし、国全体の事を考えると納得も出来る。
しかし、まだフェリスやサティスと同い年の幼い少女だ。
気持ちの良い物ではない。
俺は頭を振って気持ちを切り替える。
この村にはもう何もない。
『突撃班』に1度『プランター村』に向かうように指示し、壁の方に飛んだ。
壁は、絶望的だった。
『防衛班』は全滅。
それなりの実力者を配置していたが、1人として生き残っていなかった。
少し確認した後、俺は『プランター村』に飛んだ。
『プランター村』の中もひどい状況だった。
一瞬上空から見下ろしただけでも分かる、実力者たちの死体。
近くの畑に降り立つ。
そこには胸を剣で刺された灰色の髪をした兄妹の死体があった。
・・・いや、この村では夫婦だったか。
あたりを見渡すと色の抜けた、跳ねた髪型の少年の死体があった。
近くによると、彼には右足が無かった。
背中に刺さった長剣が致命傷だろう。
彼はうつぶせで手を伸ばした状態で、血溜まりの上で息絶えていた。
まるでどこかを目指していたかのような・・・。
彼の手の先を追うと、太い木に長剣で腹を刺されて固定されている、色の抜けた長い髪の少女の死体があった。
胸糞が悪い。
俺は『転移』で彼女を少年の隣に転移させて優しく寝かせてやる。
『魔族』はいったいどこまで『人族』をバカにすると言うのだ・・・。
悔しくて歯を食いしばる。
他の箇所はどうなっているんだ・・・。
周囲を見渡す。
ふと、丘が見えた。
1本の大きな木が村を見下ろすように立つ丘。
あの丘に行かなくてはならない。
そんな気持ちになる。
なぜかはわからない。
だが、呼ばれている気がする。
俺は丘の上を目指した。
やがてたどり着く。
たどり着いてしまう。
予感はあった。
『ブランコ村』と『プランター村』の状態。
攻めてきたのが、『四天王』を含めた『魔族』の一軍。
実力者たちの死体。
その予感に確信を得るのに、十分すぎるほどの状況だった。
だが、それでも。
やはり。
「・・・くそ・・・俺はまたっ」
丘の上。
視界が歪む。
膝を着く。
地面を殴る。
「くそっ!くそくそくそ!!」
血が出ようとかまわない。
何度も。
何度も何度も何度も。
「父さん!!」
俺の血だらけの拳は娘に腕を掴まれた事で制止した。
「・・・」
なにも言えず、娘の顔を見上げる。
娘の顔も歪んでいた。
必死に涙をこらえていた。
俺は視線をゆっくりと前に向ける。
小高い丘の上。
大きな木に背中を預けて肩を寄せ合う、満身創痍の2人。
仲睦まじく、表情は穏やかな微笑み。
それは間違いなく。
「ブリランテっ!!セドロ!!」
愛する妹と、大切な弟子の死体だった。
あぁ・・・。
俺は、いつも遅い!!!




