『2年生』『想起編』 『夢』
どこかの家で夕飯はカレーなのか、また別の家では焼き魚か。 夕方になって冷たくなった風が色々な匂いを運んできていた。
砂をいじる手も冷たくなっていたが、隣で一緒に山を作る女の子と過ごす時間が楽しくてその事に気付かなかった。
『ねぇ』
隣にいる少女が俺を呼ぶ。
俺は視線を砂から隣の少女に向ける。
公園のベンチで母達が談笑している声。
他の子どもたちが駆け回って笑う音や声。
そんな色々な音が、彼女と目が合うだけで全部静かになった。
まるで、2人だけの世界と思い違う。
そんな世界で彼女が言ったのだ。
『大きくなったら結婚しようね!』
と。
そんな彼女の声はどんなのだったろうか。
凛と通る元気な声だったか。
そんな彼女の瞳の色は何色だったろうか。
宝石のように輝く深紅の瞳だったか。
そんな彼女の髪はどんなものだったろうか。
『深紅』。
赤と言うには優美かつ赫灼。
一目見たときから変わらず美しい髪だったか。
いつの間にか体が大きくなっていた。
懐かしい高校の制服。
ここで気付く。
ああ、これは夢だと。
なんと嫌な夢だ。
あろうことか前世の『幼馴染み』とサティスを重ねるなんて。
・・・重ねる?
俺は胸焼けのような不安感に襲われる。
激しい動機。
視線を巡らせる。
居た。
『幼馴染み』の家。
そこに、見知らぬ男と消えていこうとするサティスが。
胃の辺りに冷たい何かが落ちる感覚。
体から力が抜けていく。
沸き上がる吐き気。
「・・・まて。 待ってくれ!」
思わず手を伸ばしたと同時に目が覚めた。
気付くと起き上がって手を伸ばしていた。
激しい動悸も、気持ち悪さも、酷い感覚もそのまま。
胸を抑える。
俺は不安を払拭しようと部屋を飛び出る。
「わぁ! ちょっ、フェリス!?」
飛び出た先にサティスが居た。
珍しく驚いていたが、俺と目が合うなり心配そうな顔つきになって手を伸ばしてきた。
その暖かい手は俺の頬を撫で、サティスは俺を真っ直ぐ見ながら微笑む。
「・・・どうしたのよ? 怖い夢でも見た?」
優しい声音で気遣ってくる。
俺は思わずその手を握る。
すると驚いて恥ずかしそうにするサティス。
「・・・な、なによ? 本当に怖い夢でも見たの?」
「・・・あぁ。 サティスが遠くに行ってしまった」
「そうなの? あり得ないわよ! 私はフェリスの隣に居たいのよ。 フェリスが嫌だと言わない限りはちゃんと隣に居るわよ?」
柔らかい微笑みを浮かべてそんな、優しい言葉をかけてくれる。
こんな情けない、じいさんである俺なんかにサティスはいつだって優しい言葉をかけてくれる。
そして、そんな彼女が遠くに行ってしまうことを強く恐れてしまった。
・・・ああ。
これは、もう言い訳できない。
俺は、サティスの事を。
「2人とも! 遅いよ! 片付かないから早く降りて・・・来て」
階段を登ってきたファセールが俺とサティスの姿を見た途端に動きを止めた。
驚いて呆けた顔。
そして、そのまま少しだけ寂しそうな目になった。
「・・・そっか、ごめんね? 邪魔しちゃって」
「じゃ、邪魔なんかじゃ! ・・・って、ファセール?」
必死に誤魔化そうとしたサティスだったが、ファセールの変化に気づいて疑問を示す。
しかし、ファセールは既にいつもの雰囲気に戻っていた。
「ん?」
なにも聞かせないと言う強い意思を含めた反応にサティスはなにも言えなくなってしまった。
「・・・なんでもないわ。 さぁ、ご飯よ! 珍しくお寝坊さんなフェリスを起こしにきたのよ!」
サティスは気を取り直し、いつもの笑顔で俺を見上げてくる。
そんな何気ない仕草さえ愛おしく思えた。
「・・・そうか。 ありがとう。 顔を洗ってすぐに降りるよ」
「早くしてよね!」
ファセールはそれだけ言い残して下に降り、サティスはそれを追いかけていった。
・・・そろそろ、覚悟を決めなければならない。
サティスの事をいつまでも待たせる訳にはいかないのだ。




