5歳 6
日が落ちてきていた。
村の北側。
森の奥。
急いで駆け抜けたが、それなりに時間がかかっていたらしい。
朱色の空。
俺は目の前に壁のように立つ『ドラゴン』を見上げる。
巨大な塔のように屹立する首。
頭はよく見えない。
太い4本足は、ゆっくりと動き、地に突くと同時に地響きと揺れを起こす。
漆黒の肢体は、やはり、何度見ても前世でよく知る恐竜、『ブラキオサウルス』そのものだった。
ブラキオサウルスの想像以上の大きさに驚きながら、見上げていると、上から人が飛んできた。
ザザッと砂埃を上げて着地。
「くっ・・・!皮膚が厚い!」
セドロだった。
久しぶりに声を聴いた気がする。
「セドロ!」
「はぁ・・はぁ・・・ふぅ。フェリス!待ってたぜ!」
珍しく息を切らしているセドロ。
ドラゴンは傷こそ負っているが、いまいち効いていないらしい。
「サティスは!?」
「上だ!」
俺の前で指を上に向ける。
「あいつ、ずっと切り続けてやがる」
目を凝らす。
霞む『ブラキオサウルス』の頭。
その喉元で舞う『深紅』。
「『剣舞術』『タランテラ』だ、知っているだろ?」
セドロが俺の隣に来た。
『剣舞術』『タランテラ』。
息が続く限り永遠に旋回しながら切り続ける型。
相手の体力をじわじわと、毒を盛るようにゆっくりと奪っていく。
そんな『型』。
サティスはドラゴンの首周りを旋回して切り続けていた。
この1ヵ月でサティスはどれだけ体力を付けたと言うんだ・・・。
「驚いただろ」
「それはもう」
俺は見上げながら頷く。
時折振り落としたいのか『ブラキオサウルス』が頭をゆっくりと振るうが、振り落とされない『深紅』。
巨大すぎるからか、動きが非常に遅い。
「お前らがどうして上手く『協奏』が出来ないのか分かったんだ」
セドロが俺の隣で一緒に見上げながら言った。
ひと月前、セドロが夜の『協奏』の特訓中に発した、閃いたようなあの声を思い出す。
あの時か。
「・・・それは、俺が」
俺は先ほどのブリランテとの事を思い出す。
それは俺がサティスを下に見ていたからだ。
彼女を助けてやるなんて言う甘い考えがあったからだ。
「あぁ・・・ブリランテに言われたんだな。そうだ、それもある。だが、それよりも深刻な事があったんだ」
俺の失敗以上に深刻ってなんだ?
俺はセドロを見て首を傾げる。
セドロは悔しそうな顔で見上げたまま続けた。
「サティスの体力不足だよ」
「は?」
「フェリス。お前、自分を過小評価しすぎだ」
言って俺を見る。
「お前は才能の塊であるサティスと同等である為常に努力してきた。それはサティスの数倍、いいや、それじゃあ足りないくらいに・・・。結果的にお前はサティスの体力を上回っていた」
俺はサティスの様子を思い出す。
「いや、それはおかしいだろ?だって『協奏』の時はあいつについていくので精いっぱいだったんだ」
「それは勘違いだ」
指摘に首をかしげる。
「・・・と、言うと?」
「お前は常に全力のサティスと同等の力を無理に出し続けてきた。だが、無理に出していた力であっても、持ち前の体力でサティスについていくことが出来ていただろ。それも、サティスが隣を見ないで出していた全力に」
俺は思い至る。
もし俺が全力のサティスと無理をしていたとは言え、同等の力を出せていたとしよう。
では、サティスは周りを気にしない全力をどれだけの間出し続けられるだろうか?
俺がサティスについていくのがやっとだと思っていた。
違ったのだ・・・。
サティスが俺についていくのがやっとだったのだ。
「勿論、全力を出しているサティスの方がフェリスより強い。だが、体力だけはフェリスに遠く及ばない事にあの時やっと気付いた」
セドロは拳をきつく握りしめた。
「気付かず、サティスには辛い思いをさせてしまった。フェリスには努力を禁じてしまった。師匠として、母として、これはしてはならない事だった。不甲斐ない人間で本当に申し訳ない・・・。私はこの立場を降りようと思う」
セドロの視線は遥か上空で舞い続けるサティスに移され、その瞳から涙が零れた。
それは頬を流れていく。
俺は首を振る。
今回、セドロは失敗をしたのだと思う。
でも、もとはと言えば俺が前世の『幼馴染み』との記憶に勝手に怯え、1人で先走って鍛えていたのが悪かったんだ。
それに加えて俺はサティスの事を下に見ていた。
これは一緒に犯した失敗だ。
だから。
「謝るなよ。俺だって悪かった。セドロは俺たちの師匠だ。俺はセドロに師匠を止めてほしくない」
俺は拳を握る。
前世を思い出す。
俺は、沢山失敗した。
人よりさらに多かったと思う。
失敗ばかりで沢山の人に迷惑をかけた。
今だってそうだ。
また失敗をしている。
だから、失敗ひとつで辞めるなんて言わないでほしい。
アルコメンバーはセドロに憧れているのだ。
「俺たちがボカに連れて帰られそうになったあの日、セドロは俺達をこの村に留めてくれた。セドロは俺達が寂しがらないように出来るだけ一緒に居てくれた。『アルコ・イーリス』を始めた時の言葉は今でも覚えている。セドロの使う型はどれも美しい」
セドロは俺を見てぽかんとした顔をしていた。
「優しくて強くて美しい。そんな師匠で俺は嬉しい。セドロが師匠で良かったと心から思っているんだ」
前世でも先生や師と呼べる人は沢山いた。
尊敬できる人、自分とは合わなかった人。
色々な人がいた。
それでもセドロは確かに尊敬できる所が沢山あった。
「フェリス・・・お前」
少なくともこの世界での初めての師匠と呼べる存在がセドロで良かったと思えるぐらいには尊敬しているのだ。
「ありがとうセドロ。俺の師匠になってくれて。これからもよろしく」
「・・・っ」
セドロがごしごしと瞼を擦る。
「私が師匠でいいのか?」
震えた声。
「間違いは誰にでもある。俺も間違った。次、気を付ければいいんだよ」
俺なんて失敗しすぎて心を病んだのだ。
心を病まない為の心得。
失敗は引きずらず、反省し、次を考える。
反省の際は、自分を責めず、悪い点を改める努力をしろだ。
これができないで俺は・・・。
おっと、嫌なことを思い出しそうになる。
俺は慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、お、俺はセドロがいいんだよ!まだまだ教えて貰いたい事が沢山あるんだ!」
一生懸命笑う。
「はっ、はははっ!ブリランテみたいなこと言いやがって!まったく、いい男になったじゃねぇか!よし、とっととあいつ倒しに行くぞ!」
気を取り直したセドロ。
涙を拭って真剣な視線を『ブラキオサウルス』に向ける。
彼女の愛剣。
赤い宝石が柄についた曲剣。
夕日が射し込み、茜色に輝く。
それを数回振って構えなおす。
彼女の『深紅』の瞳は、いつもの自信に満ちた瞳。
「お前の尊敬する。優しくて強くて美しい師匠がお膳立てしてやるから、しっかり決めろよ!」
そう言ってサティスの方へ飛んで行く。
やがて、入れ替わるように少女が降ってきた。
眼前に降り立つ。
射し込む茜色の夕陽。
それが照らす、美しく広がる『深紅』。
美しい『深紅』の長髪が広がっていた。
膝をついて着地した少女の長髪。
少女は立ち上がる。
俺を見つめる『深紅』の瞳。
たった1か月。
少し見ていなかっただけだ。
なのに、そこには随分と成長したように見える『サティス』がいた。
「ごめんね・・・。待たせちゃって」
大きな身体的成長は殆ど無いが、見慣れてしまっていたんだろう。
久しぶりに見る彼女の美しさに息がつまる。
その体が少し強張り、瞳には涙が溜まり始めていた。
怖がっているのが見て取れた。
俺が怒っているとでも思っているのだろうか。
今回の件は、俺が悪いと言うのに。
「俺もごめん。サティス。俺は思い上がりをしていたんだ。サティスにとって失礼なことをしていた」
俺の謝罪に目をぱちくりとして先ほどの母親と同じ、ぽかんとした顔をする。
「俺はだめな奴なんだ。いつも間違う」
サティスが首を振る。
「そんなことない!今回は私の頑張りが足りなかったの!」
「俺が思い上がりをしていたのが悪い!」
「私!」
「俺!」
「じゃあお互い様!!」
サティスが一段と大きく叫んだ。
言葉が止まる。
いつの間にかサティスの涙は引っ込んでいた。
「ごめんねフェリス。待たせちゃって」
差し出される右手。
俺は首を振る。
俺は何をしてるんだ。
サティスの方がよっぽど大人じゃないか・・・。
「俺もごめん。失礼だった」
握手に答える。
サティスの目を見る。
「だが、これだけは言わせてくれ。俺はサティスをいくらでも待つ。2人で一緒に『無敵』を目指すんだから」
目を見開いて嬉しそうな顔になる。
「ありがとう。じゃあ、私も言わせてね?私、隣にフェリスがいる事がとっても心強いの!これからも一緒に『無敵』を目指してね!」
そう言った彼女は微笑んだ。
俺も笑う。
「勿論だ!」
「えぇ!ありがとう!それじゃあ、やりましょう!」
その笑顔のまま俺の右に立つ。
いつもの立ち位置。
今なら出来る気がする。
首を半分ほど深く切り進め、巨大なくの字型に切れ込みを入れたセドロの声が聞こえた。
「『魔石』が出た!ここを狙え!」
茜色の日光が反射している箇所が見えた。
「私はお前らなら出来ると信じている!期待もしてる!これからもずっと!!」
言いながらこちらに落ちてくるセドロ。
・・・期待しているか。
嬉しいな。
人から期待されるってこんなに嬉しんだ・・・。
俺は気合を入れる。
期待に応えたい!!
「だから・・・」
俺たちの前に降り立つセドロ。
彼女の後ろでは痛みに咆哮を上げる『ドラゴン』。
「やっちまえぇえええ!!」
セドロの声が合図。
2人同時の構え。
息を供に吸う。
「『剣舞術』『協奏』」
同時に律動を合わせて走り出す。
笑うセドロを左右に避けて後にする。
一緒に。
ともに。
彼女を尊重して。
合わせてやるんじゃなくて。
彼女に合わせて。
目が合う。
サティスも同じことを考えているのが分かる。
体にぞくっとした感覚が訪れる。
供に強く地を蹴り突発的に速度を上げて飛翔。
狙うは巨大な『魔石』。
「「はぁあああああっ!!」」
刺突一閃。
「「『クラコヴィアク』!!」」
『協奏』による相乗効果によって、威力が何倍にも増した刺突が『ドラゴン』の『魔石』を砕いた。
支えを失った首が落ちる。
俺とサティスは地に降り互いを向き合う。
ゆっくりと落ちいく首。
射し込む茜日。
切れる息。
どちらからともなく拳を握る。
「「いやったゃぁぁああ!」」
首が後ろに落ちると同時、拳を合わせて喜びを嚙みしめた。




