セドロ 1
私は大きな失敗をしていた。
1か月ほど前、娘が私に泣きついてきた。
休息日に私の仕事についてきたいというサティスを連れて、2人で猪の数減らしをしていた時だった。
山の中でひと段落していた時、不意に泣きながら抱き着いてきたのだ。
娘はフェリスに付いていけないのが辛いと泣き叫んだのだ。
「このままじゃ・・・2人で無敵になんてなれないよぉ・・・」
初めてだった。
勝手に悩みらしい悩みもなく、ずっと笑っている物だと思っていた。
違ったのだ。
娘も私と同じく生きている。
辛くなる事があるのだ。
絞り出すような、どうしようもなく、無我夢中で助けを乞う。
そんな、娘の姿。
私はどうしようもなく、抱きしめるしかなかった。
私はどこで間違えた?
才能の塊のような娘だぞ?
どうして、フェリスに付いていけない?
何がいけない?
どうして気づけなかった?
娘がついていけない理由に気付いたのは翌日の特訓の際だ。
単純な話。
よく見ればすぐにわかった。
体力の差だけだ。
もっとちゃんと見ていればすぐに気付いてあげられた。
私は怠ったのだ。
私の娘は才能の塊だから自然と強くなるだろうと慢心し、しっかりとした修行を積ませて来なかったのだ。
私は侮った。
2人の夢をただの子供の夢だと、覚悟の強さを。
後悔した。
自分の道場を持って、自分とブリランテの子供に『協奏』を教えると言う夢を叶えてそこで終わりではなかった。
師匠とは、弟子の未来のためにあるのだ。
私は弟子、それも娘たちの夢さえも壊しかけた。
師匠失格だ。
サティスの今の状態を解消出来たら師匠を止めよう。
まず、謝った。
次に娘を追いつかせるために全力を注いだ。
ブリランテに胸の内を話し、フェリスには一度、成長を止めさせた。
成長の助けになるべき存在である師匠として、やってはならない愚行だ。
もう2度と師匠には戻れない。
そして、ひと月が経つ頃にはサティスの頑張りもあり、やっと追いつけそうなところまで来ていた。
幸か不幸か、良いタイミングで『ドラゴン』が壁を壊した。
欲を言えばもう少し鍛えてやりたかったが。
だが、それでも良い機会だ。
この機会に2人で『協奏』が完成させられるように協力して最後にしよう。
フェリスが私たちに追いついた。
フェリスの姿を見て覚悟を決める。
隣に行って話す。
これが終わったら師匠は辞めよう。
「気付かず、サティスには辛い思いをさせてしまった。フェリスには努力を禁じてしまった。師匠として、母として、これはしてはならない事だった。不甲斐ない人間で本当に申し訳ない・・・。私はこの立場を降りようと思う」
言葉にしてやっと実感が湧いてきた。
私の夢はこれでおしまい。
視線の先で強くなった愛娘を見ていると涙が出てきた。
2人の成長の邪魔になってしまった。
申し訳ない・・・。
「謝るなよ。俺だって悪かった。セドロは俺たちの師匠だ。俺はセドロに師匠を止めてほしくない」
耳を疑った。
私のどこに憧れるようなところがあるんだ?
「俺たちがボカに連れて帰られそうになったあの日、セドロは俺達をこの村に留めてくれた。セドロは俺達が寂しがらないように出来るだけ一緒に居てくれた。『アルコ・イーリス』を始めた時の言葉は今でも覚えている。セドロの使う型はどれも美しい」
よく、そんな前の事をよく覚えている。
「優しくて強くて美しい。そんな師匠で俺は嬉しい。セドロが師匠で良かったと心から思っているんだ」
「フェリス・・・お前」
どこを見てるんだ・・・?
私はどこか遠くを見るフェリスの姿に戸惑う。
どこか、別の場所や、遠い昔の事を思い出す。
そんな目。
フェリスは『転生者』。
ブリランテから聞いた。
フェリスには別の世界の記憶がある。
その世界の事を思い出しているのだろうか。
なら、なおの事。
そっちの世界がどのような物かは分からないが、この世界と同じように色々な人がいたのだろう。
私なんかより沢山の経験をしているのかもしれない。
だったらなおの事。
私のような人に優しい言葉をかける意味が分からない。
私は成長を止めるという愚行を犯したのだ。
・・・なのになぜ。
「ありがとうセドロ。俺の師匠になってくれて。これからもよろしく」
こんなにも優しい事を言ってくれるんだ。
「・・・っ」
涙が零れそうになって拭う。
「私が師匠でいいのか?」
彼の優しさに甘えてしまいそうになった。
ダメなのに。
許されてはいけない事なのに。
涙が止まらない。
「間違いは誰にでもある。俺も間違った。次、気を付ければいいんだよ」
ちょっと苦い顔をして、すぐに笑ってごまかすフェリス。
はっとした。
ブリランテと同じことを言うのだ。
親子なのだ。
たとえ、フェリスが『転生者』と言う個性を持っていたとしても関係ない。
ブリランテとフェリスは親子。
フェリスは、別の世界での記憶を持っているうえで、この世界での母と同じことを言ってくれたのだ。
あぁ・・・そうか。
フェリスは、2つの世界の経験を持った上で、私を認めてくれていたのか。
「あ、お、俺はセドロがいいんだよ!まだまだ教えて貰いたい事が沢山あるんだ!!」
我に返ったのか、いつもの『フェリス』に戻ったフェリス。
あぁ、この人は別の世界でどんな人生を歩んできたのだろう。
遠いところを見る目。
辛い事を思い出すような表情。
苦い顔。
辛い思いをしてきたのだろうか。
幸せなことはあったのだろうか。
いつか、ゆっくり教えてくれるだろうか。
そのいつかの為、私は泣いていて良いのか?
フェリスは、私を師匠として認めてくれていたのだ。
失敗しても責めずに、ブリランテと同じく許してくれた。
なのにここで落ち込むだけで良いのか?
ダメだろ。
今は、フェリスの優しさに甘えよう。
彼の優しさに甘えるのはこれで最後。
今回は大きな失敗。
もう2度と同じことは繰り返さない。
そう思ったら少しだけ気が楽になった。
涙を拭う。
「はっ、はははっ!ブリランテみたいなこと言いやがって!まったく、いい男になったじゃねぇか!よし、とっととあいつ倒しに行くぞ!」
フェリスは私を認めてくれていたのだ。
だったら次は、私が認めていることを伝える番。
だから、その前に。
「お前の尊敬する。優しくて強くて美しい師匠がお膳立てしてやるから、しっかり決めろよ!」
2人でしっかり話をさせなくては。
私はサティスの元へ飛ぶ。
「サティス!交代だ!フェリスとしっかり話をして来い!」
サティスに声をかける。
私の顔を見て目を見開く。
「お母様・・・いい顔になったわ」
微笑み。
そのまま下へ向かった。
私はその様子を見送り、娘が削り続けていた首元への攻撃を始めた。
おそらく、『魔石』はこのあたりだ。
「『剣舞術』『ガイヤルド』」
首周りを旋回し、切り込む。
『ドラゴン』が大きな声を上げる。
『魔石』が切り込んだ先に現れた。
「『魔石』が出た!ここを狙え!」
話し終わったのだろう。
肩を並べて立つ2人。
・・・サティス。
おまえも良い顔になってるよ。
「私はお前らなら出来ると信じている!期待もしてる!これからもずっと!!」
2人に心の底から思っている事を叫ぶ。
大切な2人の子供が肩を並べている。
その前に着地。
「だから・・・」
2人の顔を見る。
笑顔。
確認したと同時に構える2人。
私は成功を確信する。
「やっちまえぇえええ!!」
私の左右を通り過ぎて行った2人。
振り返る。
遠くなっていく背中。
サティスの背中。
娘の背中。
隣には、信頼できる親友の子。
大きくなった。
まだまだ大きく、強くなる。
娘の涙を思い出す。
娘たちの夢を語る瞳を思い出す。
我儘も良い所だ。
さっきまで辞めようとしていたやつが思って良い事じゃない。
それでも私は思ってしまう。
2人の夢の果てを見たいと。
そして、首を貫く2人の美しい刺突一閃。
最後、夕陽の元、落ちた首を後ろにし、嬉しそうに拳を合わせる2人を見て私は決意する。
こいつらを絶対に『無敵』になるまで育ててやる。




