苦闘の物語
※この作品は文章の稚拙さや表現の都合上、読者様を不愉快にさせる演出がございます。
お読みになる際はご注意してお読み下さいませ。
第2話
苦闘の物語
目の前には数多の死体が置かれている。そんな悲惨な光景を俺は直視していた。
「そろそろ、説明をさせてくれないかい?」
ずっと死体を眺めている俺に対し、道化の仮面をした奴は余程説明をしたいのか困惑しながら俺に尋ねる。
「あぁ、すまん。こんなこと初めてだから。ちょっと感傷に浸ってた。」
「そうなるのも無理はないさ。気にしなくていいよ。」
道化の仮面をした奴はすっかり調子を取り戻し、困惑した様子ではなくなっている。
「じゃあ説明入るね。まず第1に君は既に人間ではなくなっている。」
最早言葉すら出なかった。こいつは正真正銘の道化なのか嘘が上手なのかもしれない。ちっちゃいお子様に対しては。
「何を言っているんだ?お前。」
「言葉通り。君は人間をやめてしまっている。ちょっと難しい話になるけど君の人間の身体から意識だけを今の身体へ翻訳しているんだ。」
本当に意味が分からない。頭に疑問符を浮かべながらさらに俺は尋ねる。
「なんか分かんねぇけど、俺が人間じゃないっていう証拠はあるのかよ?」
「勿論。ちょっと腕を貸してごらん。」
よく分からずに、言われるがまま腕を差し出す。
「これでいいのか?」
「ありがとう。よく見ててね。」
ゴキッ。という音がなり俺の腕は本来曲がる筈のない方向へ曲がっていた。しかしながら、
「痛く……ない。」
「そうだろう。本来人間なら悶え苦しむ筈の行為を君は人間じゃないから痛む様子もなく平然としてられるんだ。まだ自分は人間だと思うかい?」
嘘だろ…。俺マジで人間じゃなくなったってのか…!?動揺しながら曲がった腕を元に戻そうとするとやや力は必要になるがグキギと音を鳴らしながら元に戻る。それでも痛みはない。これは…確定した。俺はまぎれもなく人外だ。
「な、なぁ、人外になっても普通通りに生活できるんだよな…?」
この質問に道化は平然と返す。
「何を馬鹿なことを言っているんだい?人外が人間と同じ生活を営めるわけがないじゃないか。君は今や人間ではなくパーティシペイターに成り変わったんだ。君の姿は今生きてる人には見えないし、今生きてる人と接触を取ることもできない。それが君の正しさを証明する為に必要な犠牲だったんだ。」
確かにそれが当たり前のことなのかもしれない。それは分かっているのだが、どうしてもショックはある。
「そ、そうなるよな……。無いと思うけどそのパーティなんとかって辞めたりできるのか?」
取り敢えず、ダメ元で聞いてみる。少しだけ希望を抱いて。
「それはできるよ。翻訳したものを元に戻すなんて造作も無い。」
「え?」
驚いた。出来てしまうのか。聞いて良かったと心の底から思った。
「じゃあ、早く辞めさせ……」
俺がそう言おうとしたところで道化は口を挟んだ。
「本当にいいのかい?それは君の覚悟に嘘をつく行為になるけど。嘘をつくことは君からして正しいことなのかい?」
「覚悟?お前何を言って…」
「記憶にないかい?君が言ったことだよ。」
そう言われても、こっちは覚えていない。そもそもどのタイミングで俺は言ったんだ?
「俺がいつ、言ったんだよ。そんなこと。」
道化はこの言葉を待ってましたと言わんばかりにタブレット状の機械のようなものを取り出す、もとい何も無かった所に創りだした。
「う〜ん。やはり覚えてないか。まぁそれも仕方がないことだよ。翻訳も全てが完璧ってわけじゃないからね。でも実際の映像を見たら思い出す筈だよ。」
するとタブレット状の機械には俺と道化の映像が映っており、どうやら俺が道化と契約をする場面だった。
「変える力があったらこんな状況を正しい方へ変えたいかい?」
道化は俺にそう問いかける。待てよ……。確かこの時…。
「当然だ。変えたいなんてものじゃない。是非変えてやる。そんな力があるのなら、どんなことでも正しい方へ変えてやるさ!」
「そう。それは君の覚悟と受け取っていいんだね?」
「どうとでも受け取ればいい。お前が俺にそんな力を渡せるというのなら。」
このシーンを見せ終わると道化のタブレット状の機械は何もなかったかのように消えた。
「どうだい?思い出しただろう?君は今、この覚悟を捨てようとしているんだ。それは正しいことかい?さらには君がパーティシペイターを辞めてしまうと、間違ったことが横行する世の中になってしまう。君は本当にそれでいいのかい?今回のようなことがまた、何処かで起こって沢山の犠牲が出てしまってもいいのかい?」
俺は全てを思い出した。確かに嘘をつくのは間違ったことだ。でも………。家族や生きてる皆と会えなくなるっていうのは悲しい。俺はどっちを取ればいいのだろうか?
「君の気持ちと日本の皆。どっちを取るんだい、君は?」
「日本の皆……。そこには俺の家族や守りたい皆も含まれている……。」
「そうだよ。」
大切な皆と俺の気持ち……。これは決めるしかない。
「俺は自分の気持ちを優先して皆が悪いようになるんなら、俺は。俺は!皆の為に皆を守る正義の味方になる!たとえ誰にも感謝されなくても、俺しか守ることができないんなら俺が守るしかない!それが正しいことだから!」
道化は変らない表情で
「じゃあ、さっきの話は?」
勿論!
「取り消すさ。俺は馬鹿だった。でも、もう間違わない。」
「いい決意だ。君のその決意はきっと君を成長させるいい栄養になるさ。」
道化は訳の分からないことを言い出したが無視する。しかし、道化が言うように俺の決意は正しいことだ。だからこの決意は揺らぎはしない。それは俺自身が一番分かってる。話は変わるが俺はさっきから気になり続けていることがある。
「なぁ、お前って名前とかあんの?」
そう。道化の名前だ。これを聞くのと同時にパーティなんとかってやつの詳細を聞けたら御の字だ。
「僕のことは創造者と呼んでくれたらいい。因みに君の名前はヴィクティムとサクリファイスというそうだよ。」
とうとう頭が思考するのを放棄した。
「いや、俺には天種禎流っていう名前があるんだが?まさか、この名前捨てなきゃなのか?」
するとクリエイターは笑って
「ハハハ。違う。そうじゃない。君面白い発想をするね。まぁパーティシペイター云々をまだ話してないから仕方ないか。」
そして一度息を整え、
「まず、パーティシペイターは正義の執行者だと僕は考えている。それ故にパーティシペイターは正義を成す時以外は基本、社会に接触することは出来ない。また、パーティシペイターにはそれぞれ固有の名称が与えられる。まぁ大抵が英単語さ。君にさっき言ったやつも英単語だよ。意味は知らないけど。」
と少しだけパーティシペイターのことを話した。
「じゃあ、俺の名前は変わったってことじゃないんだな?」
「あぁ。君の名前は結婚か自分で改名しない限り天種禎流のままだ。さっきのはあくまでペンネームだと思ってくれるといい。」
良かった。俺はホッと息をつく。
「次はパーティシペイターの目的についてだ。正義の執行者であるから勿論、悪の排除だ。とはいえこれはまだ第1の目的とは言えない。悪を排除すると黒い靄がでるんだ。その靄は地球上のある部分に収納され続ける。その靄はね、人が悪意を抱いた時や前述した状況になった場合に放出される。そして収納する部分が限界を迎えた時、靄は放出され、ある物質を創り上げる。その物質こそが脅威と呼ばれるものだ。正義の執行者である以上世界の脅威は祓わないといけない。また、脅威を一定数排除もしくは一定数増加してしまった場合、地球は災害と呼ばれるものを生み出す。最終的に君達パーティシペイターは災害を打倒しこの世界を正当化する。これが本当の目的さ。」
う〜ん。いまいち内容が分からない。つまりは
「人の悪意を祓って、そこから生まれたスレットってやつを倒してさらにそこから生まれたデザスターってやつを倒すと世界は正しくなるってことか?」
「まぁ、そんな感じ。聞くと難しそうだけど、実際にはそんな難しいものじゃないさ。」
そうなのか。実際にやってみないと分からないのは確かだし、始めの内は教えてもらいながら、やるしか無いか。
「俺が初めてのパーティシペイターってわけなのか?」
なんとなく気になったことを聞いてみる。
「いや、過去に何人もパーティシペイターになってるよ。」
「そいつらはデザスターを倒したのか?」
「残念ながら、誰1人として倒し切れてない。皆、撃退がせいぜいだったよ。」
こいつ、さっき、難しくないって言ったよな?完全に矛盾したことを言ってやがる。
「お前、本当にそんなんで難しくないって言えるのか?」
「あぁ。君からすると屁でもないよ。なんせ、君は二つ名持ちなんだからね。」
また、訳の分からない。単語が出てきて俺は困惑する。
「なんだよ、それ。」
「基本パーティシペイターは1つの英単語が与えられる。でも君は珍しく英単語を2つ与えられているんだ。それはつまり、自分の技を増やしたことに他ならない。」
いやいやいやいや、急に英単語がどうとかって言われてもその辺の説明も無しにどう理解しろってんだよ。
「あのなぁ、お前話す順序を考えたらどうだ?そもそも自分の技ってなんだ?パーティシペイターそれぞれに固有の能力があるってのか?」
クリエイターは片手を少し挙げながらごめんごめんと言いつつ
「そうだね。そこの説明もいるんだった。殆ど君の解釈で間違ってないよ。パーティシペイターは自分の名前を能力にするんた。能力の概要はその名前の意味に関することが多いね。例えば名前がアタッタカーとかだったら、そのパーティシペイターの固有能力は攻撃に関することになる。そういった能力と、僕みたいにパーティシペイターをスカウトする者たちの能力を併せ持つんだ。君の場合は名前1つ1つもそうだけどその名前を組み合わせることで違う能力を引き出せる。とはいっても名前1つ1つをばらして、違う英単語にするってのはできない。つまりは1つ目の英単語+2つ目の英単語とするか2つ目の英単語+1つ目の英単語とするかだ。」
と長々と説明を話されたが要するに名前が俺の能力になるってのを言いたいらしい。その名前が俺は2つあるから合計で4つの能力を使用することができる。この力を以てすればデザスターすら容易いと言ってるわけだ。
「成る程な。だいたい分かった。それでも多分分からないことばっかだと思うから、お前を結構頼るぞ。」
「いいよ。分からないことがあったらいつでも気軽に聞いてくれるといい。」
そう言い終わるのと同時に腕輪に赤い点が打たれ始めた。
「じゃあ、早速悪意を祓いにいこう。」
早速したい所ではあるが俺にはやらなきゃいけないことがある。
「すまん。ちょっと此処にまだ用があるんだ。1人にさせてくれ。」
「あぁ。僕も早計すぎたみたいだ。気が済むまで此処にいるといいよ。あぁ、いい忘れてた君が倒したそいつ、僕がさっき言った脅威ってやつなんだ。だからこいつのことは気にしなくていいよ。」
そう言ってクリエイターは姿を消した。俺が既にスレットを倒していたのは驚いた。
「まずは……」
死んだ奴と生き延びた奴らを確認しなければいけない。しぐれに愛妹、永理久。特に仲が良かった奴らに限って死んでやがる。だが、なぜだろうこの光景を見ても涙が出てこない。悲しいくて、悔しいのは間違いないのだが。そんなことを思いながら、窓から外を見る。
「飛び降りた奴らは無事なのか?」
外には人一人いなかった。生きているかは分からないが、多分死んではいないのだろう。そうであることを願う。しぐれもそう言ったのだから。次は廊下の方だ。駆けつけた先生達は生き残れたのだろうか?
そんな甘い考えはすぐに切り捨てられる。廊下には死体しかなかった。先生達だけでなく、野次馬で見ようとした他のクラスの生徒も廊下に出たすぐの所で死んでいる。そして、教室には誰一人いなかった。皆避難したのだろう。ざっと見た感じだと、俺達のクラスで13人、先生と他クラス合わせて16人犠牲になった。
「俺は二度とこんなことを起こさない為にパーティシペイターになったんだ。お前たちみたいな不必要な犠牲はもう出さない。だから…安らかに眠ってくれ。じゃあな。みんな。」
こうして俺は決意を決めたのだった。
学校の外に出るとそこにクリエイターはいた。
「気は済んだかい?」
「あぁ。何の後腐れもないさ。俺の決意は揺るぎはしない。」
「そうか。なら、早速パーティシペイターの役割を果たしてみよう。」
クリエイターがそう言うと俺が変身する時に使った腕輪に地図が現れ、赤い点が打たれ始める。
「これは?」
俺が疑問を口にすると、クリエイターは
「何に見える?」
と何かを試すように聞いてきた。
「何って、日本地図に赤い点が、ブツブツ打たれてるようにしか見えないぞ。」
するとクリエイターは首を横に振って
「惜しいね。日本地図と左上に韓国と朝鮮民主主義人民共和国、中国の一部が見えてると言わないと正解じゃないんだ。赤い点が打たれてる位置を正確に言えたらさらに加点されるよ。」
と子供騙しか屁理屈かその両方かそんなことを言い始めた。なんとなく加点される部分を見ると1つのことに気づいた。
「あれ?赤い点は日本にしか打たれてない?」
クリエイターはお見事と言いながら盛大に拍手をし始めた。
「俺を褒めるより、この理由を話したらどうなんだよ。」
呆れながら、クリエイターに聞くと
「ブラボー!と大きい声で言いたかったところなんだけどね。まぁ、いいや。取り敢えず理由だね。まず、今そこに映っている場所は僕たちの担当している区域だ。でも、僕は英語も韓国語も中国語もできない。だから脅威や災害が来たときに彼らを避難させることができない。つまり脅威や災害は日本で発生させないといけないんだ。そうすると必然的にこういうことになっちゃうんだよね。」
成る程。こいつはっきりこれだ!とは言わない質か。でも、なんとなく分かったぞ。
「じゃあ、この赤い点はスレットやデザスターが現れる可能性のある、人の悪意ってことだな。」
「ブラボー!!」
「うるさい。それとお前さっき担当区域とか言ったよな?」
「うん。担当区域だよ。つまり、世界には君以外にもパーティシペイターは存在するんだ。分布は北米、南米、オーストラリア大陸、朝鮮半島と中国の一部を含んだ日本列島、ロシア、先述した所以外のアジア、ヨーロッパ、アフリカだよ。因みにあんまり悪意が湧くことが無いんだけど北極はロシアの担当。南極はオーストラリア大陸の担当になっているよ。」
へぇ。世界にもパーティシペイターはいたのか。ロシアとか北米、南米になるとさぞ人数が多いんだろうな。
「なぁ、日本ってさ、まさか担当者俺だけなのか?」
クリエイターは平然と
「あぁ、そうだよ。」
と言いやがった。マジで俺しかいないのか。でも、決意してしまった以上は俺一人だとしてもやるしかない。
急にクリエイターは手をパンと叩き
「殆ど説明も終えたし、実際に悪意を祓いに行ってみよう。赤い点を何処でもいいから押してごらん。」
と勝手に話を変えやがった。まだ聞きたいこともあるが、こいつの言うように、実際にやってみないと分からないこともあるだろうし、取り敢えず言われた通りにやってみる。
急に暗転した。
「え?」
元に戻った。しかし、今いる所は知らない学校の屋上だ。
「ワープ?なのか?」
「そう。これがワープさ。思ってたのと違うかい?」
そもそもワープなんて考えたことなかった。瞬間移動ならまだしもワープはあまり実感を持ったことがない。
「ワープはね、座標と座標を結んだ線を引くことで、できるようになるんだ。これは僕があらかじめ線を引いてたから出来たことだと言っても過言じゃないよ。」
そうなのか。いまいちピンとくる話ではないが、線が必要ということだけは分かる。
「それで?ここで何をしたらいいんだよ。」
「目の前を見てごらん。」
そう言って指を指されたため、目の前に視点を移すとそこには3,4人の集団があった。おそらく高校生か大学生だろう。
「よぉく耳をすましてみてごらん。」
言われた通り耳をすましてみると、
「さっさと落ちろやボケェ!」
「そうや!そうや!早くしろよ!」
などと暴言を吐いているではないか。
「この状況、学校で見た覚えが無いかい?」
学校で…?というか何故こいつが俺の学校のこと知ってんだ?などと考えを巡らせていると、1つの答えに辿り着いた。
「まさか、いじめ?」
「その通り。これは多分いじめだ。さらに悪いことに今の状況は自殺を迫っているように見える。」
じゃあ、早く止めなければ。そう思って走ろうとすると、クリエイターに止められた。
「言っただろう。君たちは正義を成す時以外現実に干渉できないって。」
「だから、このいじめを止めて正義を成そうとしてるんじゃねぇか!」
クリエイターは首を横に振って
「まだ、実害が出たわけじゃない。もしこれがおふざけだったら、君は
関係のない悪意を奪い、人の精神状態を破壊してしまう可能性がある。仮に今君がいじめを止めようとしても彼らに干渉することはできないんだけどね。」
それでは、遅すぎではないだろうか。犠牲を防止するために俺はパーティシペイターになったのだから止めるなら今しかないだろう。クリエイターの手を振り払い、いじめている1人の肩を引こうと手を伸ばした。
「マジかよ……。」
俺の手が届き切る前にいじめられていた生徒は飛び降りてしまった。
「アハハハ!やっと死んだぞ!」
「邪魔者がいなくなったぜ!イエーイ!」
そして生徒が自殺したことにより俺の手はいじめていた生徒の肩に届く。俺は怒りのあまりその生徒の肩を強く掴んだ。
バキッという音とともにその生徒の腕がもげ落ちる。
「うわ!うわあああああぁぁ!!」
他の生徒はこの光景を見て腰を抜かしている。
「イッッッッッダアァァァイ!」
肩がもげた生徒はワンテンポ遅れて痛みを口にする。こんな光景を見ても俺は一切の罪悪感を抱かなかった。今の俺にあるのは正義を実行しなければという使命感のみ。
肩がもげた生徒を蹴飛ばし、他の生徒へ手を伸ばす。
「どうして!何が!やめろおおお!!」
その生徒の頭を鷲掴みにし、頭の骨の形を変形させてやって、放り捨てた。
「あああああああ!」
以前の顔が見る影もなくなった生徒は自分の顔の変化に耐えれず悶え苦しんでいる。
「残り1人。」
そう呟いて残り1人の生徒の方へ向かう。するとその生徒は頭を地面につけて
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
と謝り始めた。当然、謝って済む問題ではない。なんたって
「お前らは人を殺して、そいつのことを笑い者にしたんだぞ。謝って済むわけないだろ。考えろよ、クズが!」
そう言い放って俺はそいつの頭を思いっ切り踏みつけた。
グキッ!パカッ!
そう音がなって、その生徒の頭は破裂した。流石にここまでやると少しは罪悪感が湧いてしまう。
「殺してしまった……。でも…こいつらは人を殺して笑ったんだし、死んで当然のやつらだろ。」
そう自分を正当化していると頭が破裂した生徒から黒い靄が出てきた。
「これがスレットを生み出す靄ってやつか。」
そんなことを考えながら他の2人を見る。そいつらはまだ悶え苦しんでいた。
「こいつらからも靄を出さないといけないんだよな。」
「その通りさ。」
これまで沈黙を続けてきたクリエイターが突然口を開いた。
「勘違いしないで欲しいんだけど、君は別に人を殺してるんじゃない。悪を祓っているだけなんだ。だから彼らは君がここを離れて数時間後に悪意がなくなって身体も元に戻る。そして、平然と学校生活を過ごし始めるさ。」
「そうか。平然と学校生活を送るのは癪だが、もう悪意でこんなことが起きないっていうなら、俺としてはそれでいいのかもしれないな。」
残り2人から靄を出すべく俺は刃物を創り出す。
「もう、二度とこんなことを起こすなよ。お前ら。」
腕がもげた生徒を蹴り上げ心臓を狙って刺す。
黒い靄が出るのと同時にこの生徒の制服から真っ赤に血が付いたカッターが落ちてきた。
「こいつ、まさか……!」
こいつはもし、飛び降りて死のうとしなかった場合このカッターで殺すつもりだったのだろう。本当に最低なやつらだ。
残り1人は蹴り上げるのが面倒に思い背中から一刺しで終わらせた。
「お疲れ。そんなに難しくなかっただろう?」
クリエイターの言う通り難しいことではないが
「気分が悪くなっちまうな。」
クリエイターは手を顔の高さぐらいまで挙げて頭を振りながら
「やっぱりかぁ。どうにもならないんだよねぇ、これだけは。殺人オンリーっていうわけじゃないけど、人が悪いことをしているのを見らなきゃいけないのは変わらないし。」
と諦めたように言った。こいつの口振りから察するにこれまでのパーティシペイターは皆、気分が悪くなるのを不平としてクリエイターに言ってきているのだろう。
「そういえば折角創ったんだから、その武器、何処かに装備しておくといいよ。」
そんなことできたのか…。と言ってもこの身体の何処に装備ができるというのか。全体的にツルツルしているこの身体には武器を仕舞う場所など無いように見える。
「でも、確かにこの武器を壊すのは勿体無いよなぁ。」
前に創った棒と違って今回のはちゃんと刃物の形をしている。それも中々に格好の良い見た目である。
「あっ、そうだ。こうすればいけるじゃねぇか。」
俺はある考えに至りリュックサックを創った。それもチャックが付いているものだ。そのチャックを開け武器をリュックサックの中に入れる。後はそれをからってしまえば
「おぉ。ぴったりだ。」
ダサいかもしれないが武器を収納するという点に於いてこの方法に勝るものはあるまい。
「クッ……。アハハハハ!だっ駄目だっ!笑いが堪えきらない!アハハハハハ!初めてだよ!リュックサックをからったパーティシペイターなんて!アハハハハハ!」
「そんなに可笑しいかよ!そもそもお前が武器を装備しろって言ったんだろうがよ!」
俺がそう反論するとクリエイターは腹を抑えながら片手を挙げて
「いやいや、ごめんごめん。まさかリュックサックとは思わなかったからね。普通はナイフってお尻の上くらいに横向きで携帯するものだからさ。」
と、言い返された。まぁ、確かに見たことあるな。そんな感じの。普通はそうするのか、ナイフって。
「まぁまぁ、取り敢えずそれはそれでいいや。じゃあ、次行ってみようか。」
「そうだな。次に行くか。」
そう言って、俺は地図に打たれた赤い点を押した。
景色は暗転し、また知らない場所に出る。今回は夕方というのも相まって少し暗い場所に出た。場所の様子を見るにおそらくはアパートか、マンションの一室だろう。そう思いながら視線を下に向けようとすると、クリエイターが俺の視線を防ぐように立ち塞がった。
「ん?何やってんだよ。お前。」
「ちょっとね、君には刺激が強すぎるかもしれな……、」
「いやああぁぁ!」
クリエイターが説明している間に女の甲高い悲鳴が響き渡った。
これを聞いてクリエイターは珍しく表情を歪めている。
「いいよぉ!もっと!もっと!悲鳴をあげて、歪んだ表情を俺に見せてくれ!次はナニをしてほしいのかなぁ!」
次は興奮している男の声だ。
「おい、これ本当に何が起きてるんだよ?」
「ハハハ……。」
「もうやめて!そこは!あっ!痛ぃぃぃ!」
女の方は本当に嫌がってそうな声を出している。
「これ、大丈夫なのか?」
どうせ、何も答えないであろうクリエイターを無理矢理退けて、今起こっていることを見る。
「え?」
目の前に広がっていたのは、男性が女の子の上にまたがり、手足を押さえてつけている状況だった。男性は相当な力で押さえつけているらしく女の子の手首には大量の血管が浮き出ている。さらによく見ると男性は女の子の手首をグリグリと地面に擦り付けている。
「なんだ、この状況?虐待?」
「もしかすると、ただ娘と遊んでいるだけかもしれないよ。」
「そんなわけあるか。娘の方嫌がってんじゃん。」
「ハハハ。確かに苦しい言い訳だったね。でも、まだ現実に干渉することはできないよ。」
「ってことは何かしらこれが悪いとは言えない理由があるってことか。全く何処にそんなもんがあるって言うんだ。」
そんな会話をしている間も女の子は悲鳴を上げ続けていた。勿論今も現在進行系で上げている。どうにかしないとこれ以上は聞くに耐えない。
俺は男性の頭を殴ってみたが俺の手は男性の頭をすり抜けるだけだった。
「マジでこれが間違ってないってのか!」
俺がそう叫んだ刹那に男性は女の子の顔を舐めようと舌を出しながら近づき、女の子はそこに頭突きを入れた。
「うあああ!」
男性は急な頭突きにのけ反りその隙をついて女の子は男性の拘束から抜け出した。
しかし、ドアは開かなかった。女の子は必死にドアノブを回すがそのドアは開くことはない。
「もともと、ここで君と一緒に死ぬ気なんだ。だからさ、そのドアは開かないように固定しているんだ。」
「嫌だ!死にたくない!お父さん!お母さん!助けて!助けてよ!」
「いいねぇ!やっぱりこれだよ!もっと!もっと!泣き叫んでくれ!本当に最高の気分だ!」
俺はただ、のけ反り返っている男性の背後に立ち床についている手を踏み潰した。
会話から、男性は悪いと見なされたのか俺の足は見事に男性の手の指を粉々に粉砕した。
「がぁぁぁぁ!痛い!いったぁぁい!」
男性は悶絶し倒れ込んだ。
俺は男性のアキレス腱を踏み潰し歩けないようにしたあと女の子をこの家から逃がすべく、ドアに向かった。
「もう大丈夫だ。これまでよく頑張ったな。」
俺はそう声を掛け閉ざされたドアをこじ開けた。
その時何かが切れる音がするのと同時にこの部屋は爆発した。
「!?」
俺は直撃を受けてもなんともなかったが、女の子の方は見る影もない程変わり果てていた。部屋の外には爆弾の解除を無音で試みていたと思われる警官達の焼死体が転がっている。肝心の犯人は少し離れていたがそれでも被害を被ったらしく火が服に引火し燃え続けている。
「俺のせいなのか?俺がドアを開けたから。」
状況を理解すると、とっさにそう思った。俺がドアを開けなかったらこうはならなかったと。
「確かに彼らは君が殺したわけじゃなく爆弾による死亡だから生き返りはしない。でも君は正義の執行者。だから君の行ったこの行為は正義だし、何の間違いないことだよ。」
クリエイターはそう言って俺を慰める。
俺は正しいことをした。そう思いたい。でも、どうしても思えない。事実、警官達が爆弾を解除したあとにドアを開ければこうはならなかったのだ。
「これ以上考えても君が苦しむだけだよ。思考なんて放棄して次に進もう。」
「そう……だな…。」
そうして俺はこの苦しみから逃げるように別の赤い点を押した。
ワープする刹那、俺は1つの疑問を抱いた。
一体なにが悪いってことの基準になっているのだろうか。
次は見覚えのあるスーパーだった。一見すると何もないように見える。
「なぁ、ここで何があるっていうんだ?」
「店内を見回ってみないと分からないね。なんせこれだけ広いとワープでもピンポイントで飛ぶことなんて難しいからね。」
クリエイターが言う事を聞き流しながら店内を散策する。
「ここって確か友美のお母さんが働いている場所だったよな。」
友美のお母さんはシングルマザーで夜遅くまで働いている。その為よく愛妹が友美の家に行って手伝いなんかをやっているという。だからあの2人は目茶苦茶仲が良いのだ。
でも友美は大切な友達を失った。今はそんな状態で生きているのだろう。たまに愛妹の親も手伝いに来るとは聞くがそれでも友美は相当なショックを受けているに違いない。
「もし、ここで友美のお母さんが巻き込まれてたら、絶対に守らないとな。」
そう決心して取り敢えずレジへと向かった。いつまでも前のことでくよくよしていられない。
「動くな!動いたらこの女を撃ち殺す!」
レジに着くと同時に男性の声が響く。
買い物客、従業員は皆、頭を隠し、腕を頭の上で組む形で地面に平伏している。また、強盗犯の腕の中には目隠しをされている人質が取られている。その人質に取られているのは
「どうしてだよ、友美のお母さんじゃねぇか。」
守ろうと決めた相手が人質に取られている。一刻も早く人質を解放する必要がある為、強盗犯の手首を殴りつける。
「糞が!なんでだよ!こんなの強盗以外にあるか!」
「もしかしたら訓練かもしれないよ。」
このタイミングでクリエイターからの嫌味である。ただでさえキレそうな今の状況であるためクリエイターの発言が挑発にしか聞こえない。
「今、お前にキレてる暇は無いんだ。ちょっと黙ってろ!」
意外とクリエイターは素直に受け入れ本当に何も話さなくなった。
とはいえクリエイターが話さないからといって状況は変わらない。依然として俺は強盗に攻撃を与えることが出来ない。
「糞!このままだとまた!」
守りたいものを守れない!失いたくないし、友美にも失って欲しくない!
そんな思いを込めながら殴り続けているが状況は何も変わらないのは目に見えている。その為無理にでも解決の糸口を考える。これまでクリエイターが言ってきたことを総合して必死に考えた。すると1つの可能性に辿り着く。
「創ればいいじゃないか。無理矢理現実に干渉できるようなものを。」
クリエイターの能力を俺も持ってるとしたら、あいつが最初に俺に見せた原理が不明瞭なタブレットを創ることが俺にもできると言う訳だ。あとは賭けになるが俺も原理が不明瞭なものを創り出すことが可能なのではないだろうか。
俺は早速望むものを想像…
「このままじゃ、ダメだよね…。」
あまりにも突然だった。人質になっている友美のお母さんが口を開いたのは。
「誰が喋っていいって言った!お前死にたいのか!」
強盗犯は突然のことに動揺し銃口を友美のお母さんの首につけた。しかしそれにも動じず友美のお母さんは強盗犯の顎に頭突きを入れた。
強盗犯はのけ反り、友美のお母さんを離すかのように思われたが実際はそうはならなかった。
強盗犯は無我夢中で引き金を引き、銃口から放たれる銃弾は無惨にも友美のお母さんを首から左肺にかけて貫いた。
「ヴッ……。」
友美のお母さんは撃たれたことで地面に倒れ込み苦しそうに呼吸をしている。まだ、死んではいない。それを確信した俺は次の銃弾が来るより速く強盗犯の頭を殴りつけた。一瞬の内に放たれた俺の拳は強盗犯の頭を貫き黒い靄を出させるに至った。黒い靄が出るのを確認して、急いで友美のお母さんの元へ駆けつけようとした刹那に目の前が暗転した。
「待てよッ!」
俺の叫びは届いたのだろうか?その真偽は分からないが友美のお母さんが最後に放った悲痛の言葉は俺の耳に届いた。
「ごめん。友美。やっぱりお母さん。
強いお母さんになんかなれないや。」
あなたは十分強いよ。と俺が届けるより速く景色は移り変わった。
まるで今あったことを無かったことにするかのように。
間章
これは彼の物語とは直接的な繋がりはない、ある家族の物語。
あるアパートには1人の母と1人の娘が住んでいた。父とは死別し母はたった1人で娘を育てていた。
娘は幼い頃は保育園で小学生になると遅くまで学童に通っていた。理由は母の仕事の関係である。母は父と死別するまでは夕方で仕事を終わらせていたが死別してからは夜遅くまで仕事を行うようになった。
では、保育園や学校が休みの日はどうしていたのだろうか?
祖母や祖父は家から遠く、見てもらおうにも朝早くから家を出ない限り母は仕事には間に合わない。しかし娘は保育園で友達を作ったことでその友達や家族が娘が1人の時は見てくれていたのである。
これがある家族の概要だ。
ある日娘は母に家出をしたいと言った。それを聞いた母は暫く考えた後「そう。じゃあ友美が1人で過ごせる家を探さなきゃだね。」
そう返した。それを聞いて娘は冗談だよと笑い自分の部屋へ行った。
娘は友達と触れ合っていく内に自分の母の異常性、娘の言う事を何でも聞いてしまうということに気付いてしまったのだ。先の家出もそうである。母は娘の家出を止めるのではなく、許可し、さらには手助けもしてくれるというのだ。これはいくらなんでも優しすぎる。娘はずっとそう思いながらもただ漫然と生活しているだけだった。
母は何故そんなに優しいのか?それは母の生い立ちに関係している。母の両親は礼儀や作法などに厳しく、親の言う事は絶対という家庭だった為あまり自由を許された家庭とは言えなかった。それ故に母は次第にこの家庭にストレスを覚え、もし自分に娘ができたのならば娘を縛り付けるようなことはしない。と決心してしまったのである。
そんな娘と母は例の事件がきっかけで1つの可能性を見出す。
事件の時、母は珍しく休みであった。普段のように家事を済ませ娘が帰ってくる頃合いを見計らって昼ご飯を作っていたところだった。家のドアがガタンと開き放心状態の娘が帰ってきた。その様子を見た母は
「どうしたの?学校で何かあった?」
と優しく問いかける。すると娘は
「私、家出したい。」
と母の質問には答えない形で返答した。
「そう。やりたいなら無理に止めはしないわ。お母さんもちゃんとサポートしてあげるから頑張ってね。」
娘は大事な友達が撃たれて死ぬのを飛び降りる途中で見ていた為、精神的に不安定だった。それも相まってか、母の異常な発言に耐えることができなかった。娘は母の肩を押し、玄関の壁に押し付けた。娘は涙を流しながら苦しそうに
「どうしてお母さんは怒らないの?なんでお母さんは……お母さんは私の言う事をなんでも聞いちゃうの?ねぇ、なんで?なんでなの!」
と母に自分が思っていたことをぶつけた。まだ言いたいことは山程あるけれど、これ以上ぶつけてしまうと母が傷ついてしまうかもしれない。それがとても怖い。
「ごめんなさい。まさかそんな風に思われちゃうなんて…。ごめんなさい。」
母はただ謝るだけだった。しかしそれは娘の欲しい答えではない。娘は叱って欲しかったのだ。親に対して反抗的な態度をとる自分を。そして大切な友達を見殺しにしてしまった自分を。
「今日ね、学校で殺人事件が起きたの。その…事件で……私は、私は愛妹を見殺しにしたの!ねえ、お母さんはそんな私にも優しくするの?こんな最低な私でも!」
母はきょとんとした顔で
「えぇとね。お母さん友美の言ってることがいまいち分からない。でも見殺しにしてもお母さんは友美に優しくできるわよ。だって友美はお母さんの中で一番大切だから。」
と語った。しかし娘の中ではこのお母さんの発言はまるで愛妹の死をどうでもいいかのように扱っている気がした。それが許せなかった。
「ねぇ、それって私以外は死んでも生きてもどうでもいいってこと?」
母は慌てた様子で
「前まではそうだったけど、友美が友達を連れてきた時からは愛妹ちゃんやその家族も大切に思ってるわ。」
と娘を宥めるように言った。しかし娘は
「その愛妹を見殺しにしたって言ってるの!」
と自分がどれだけ悪いことをしたのかということを強調する。丁度その時である。母の電話がなったのは。
「ごめん。ちょっと待ってね。」
そう言って母は電話をとる。
「もしもし、栗蔵です。はい。……え?いや、そんな、え?」
母は驚いた様子で電話を切り娘へと向き直る。
「友美が言ってたのってこのことなの?」
「うん。分かったでしょ。私がどんなに最低かって。」
母はブンブンと首を振って
「いや、そんなことよりも友美が生きて帰ってこれて本当に良かった。」
そう言って娘を抱きしめる。そんな中でも娘は母の愛を拒もうと反抗する。
「私は抱かれる資格なんてない。私よりも愛妹が生きている方が何倍も良かった。」
そう言って母を突き飛ばす。母は一瞬呆気にとられたがすぐに娘に反論する。
「そんなことはないわ。折角、愛妹ちゃんの家族に赤ちゃんができたのに愛妹ちゃん本人が亡くなったのは悲しいことだけど友美が亡くなったらお母さん生きる気力を失っちゃう。」
娘にとって今のタイミングで言って欲しくないことを言ってしまう母に呆れながら母に精一杯反抗する。
「そんなこと私に言われても知らない!お母さんが私のことをどう思ってもお母さんは私の気持ちを分かってくれない!そんなのなら!親と子供が分かりあえてない家族ぐらいなら!私は!私は!」
母は娘の反論を聞き少しの間黙ってしまった。親と子供の気持ちが一致していないのは事実であり、娘がそれに嫌がるのも当然だ。しかし母にはそれでも娘に嫌われてでも譲れない信念がある。
「あのね。友美。お母さんにはあなたの気持ちに気付くことができない。認めるわ。でもね、お母さんはいつでもあなたのことを思ってるの。大切にしたいの。だからお母さんはあなたが嫌だと言ってもあなたに何かを強制したり、怒ったりすることができない。やりたくないの。これはお母さんの我儘であなたが付き合う筋はない。それでも、それでも私はあなたのお母さんでいたいの。」
ただの言い訳。だから流してしまう。普通ならそうするだろう。しかしこの家族には違った意味があった。それ故に
「分かった。じゃあ1つだけ約束して。」
娘はこのように許容してしまう。なぜなら、母が初めて自分の意見に反対したからだ。たったそれだけ。これで許してしまう。母に似てしまったのだろう。しかし母の言葉は娘にとってとても嬉しいことだった。
「うん。なんでも約束するわ。」
「強いお母さんになってよ。私がお母さんを世界中の誰にでも誇れるくらい強いお母さんに。そうじゃなきゃ私はお母さんをお母さんだって認めない。」
このような娘の悪態ですら母は許容する。そして
「分かったわ。絶対になってみせるわ。あなたが誇っていけるようなお母さんに。」
この時、娘は母のことを完全に許していた。嬉しさのあまり先の約束なんてどうでもいいぐらいに。
数時間後、母の元に電話が届く。内容は16:00から人が少ない為出てくれないか、という職場からの電話だった。以前までの母ならばおそらく迷いながらも職場をとっただろう。しかし娘との対話を経た母は迷わず娘をとった。謝罪の言葉を述べ受話器を置こうとした瞬間、受話器から
「あなた、今月少ないでしょ。16:00からなら少しは給料あげてあげるわよ。それでも来ないの?」
と発せられた。今月少ないのは事実だ。母は自分が娘をとってしまうと結果として娘を苦しめるのではないかと考えてしまった。
「分かりました。すぐ行きます。」
そして仕事をとってしまう。娘の為に晩ごはんを作り
「ごめん。友美。お母さんちょっと仕事入ったから行ってくるね。」
娘の部屋の前でそう言い残す。
「いってらっしゃい。仕事でも強いお母さんを忘れないでね。」
「分かったわ。お母さんが帰ってくると見違える程に強くなってるから待っててね。」
「楽しみ。」
これが娘との最期の会話になるとも知らず母は仕事に向かう。
娘もこれが最期の会話になるとも知らず母の帰りを待つのだった。
これは彼の物語に間接的に関係してしまう異常な母と娘の物語。
俺の叫びは届かぬまま見知らぬ場所へ移動させられる。真っ暗な夜の大通りである。これには俺も我慢ならなかった。
「おい、クリエイター。一体何が正しいだの間違ってるだの決めてんだ!」
俺はこの時、クリエイターが決めてる奴だと思っていた。そのためこいつが肯定した瞬間にぶん殴る算段を立てていた。
「僕も何かは分からないんだ。でも他の雇用主が言ってるのは『あの方』ってよく言ってるね。」
意味の分からないことを言われて俺は呆然とした。ぶん殴る算段が飛んでいくぐらいに。
「あぁ、雇用主っていうのは僕みたいにパーティシペイターを雇う担当者さ。」
そう言われても元凶の『あの方』の正体が分かるわけではない。
「おい、あの方って誰だよ。」
単刀直入に疑問をぶつける。
「分からないけど、よく常に周りにいるけれど誰も意識しない尊き御方って言われてるね。正体は推測だけどこの発言を元に考えると空気とかになるんだと思うよ。」
空気なわけあるか。と反論しようとした時、俺は突如として暴力に襲われた。衝撃が身体に伝わり俺が元々いた場所から10m近くは飛ばされた。
「何が……」
何が起きたのか分からず起きようとすると目の前には黒い人型の生物が俺に殴りかかってきた。いきなりすぎて避けることもできず物凄い勢いで殴られ始める。痛みは無いため立ち上がろうとするが黒い人型の生物に妨害されて全然立てない。
「どうすんだよ。これ?」
俺がそう発言すると黒い人型の生物は俺の頭を地面に押し付け始める。
「え?ちょっとこれヤバくないか?ヤバいヤバい待って、待って!」
俺の頭は少しずつ地面に埋まりながら確実に変形していく。痛みがないまま頭が押し潰される感覚を味わいつつも必死に立ち上がろうとしているが一向に立ち上がれる様子はなく、バコッという音と共に俺の視覚、聴覚は消失した。
そして俺は確信する。この人間離れした行動。見た目。何よりクリエイターが言った登場条件を満たしており、学校を襲ったやつと雰囲気が似ていることだ。
スレットは俺の顔を潰し、俺が動かなくなった為、俺が死んだと考え行動を止めた。しかしながら俺の身体は顔が潰れても動くようだ。それ故に俺は上に乗っているスレットに対し剛拳を与えることに成功した。勿論、何も見えない為直感を頼りに殴った。それで運良くスレットに当たったのだ。
俺の上にあった重力が消え俺はようやく立ち上がることができた。視覚、聴覚を失っているのに平衡感覚が保てている。そんな不思議な感覚を覚えながら取り敢えず拳を構えることにする。しかし俺はまた地面に叩きつけられる羽目になった。何処から攻撃がくるのか分からないこの状況下では俺は物凄く不利である。そんな中でも俺は必死に拳を振るが当たった手応えがなく空振りするだけ。四方八方から来る攻撃に対応できずただ蹂躙されるだけだった。挙げ句の果てにはスレットに持ち上げられ一気に四肢を千切られる。そして動けなくなった俺の胴体は粉微塵に砕かれるだけであった。
しかし目の前にはさっきまで俺を攻撃していたスレットの後ろ姿がある。何が起きたのかは分からないがスレットの頭を背後から勢いよく殴りつける。俺とスレットとの距離は大きく開き俺はその隙に攻撃に対抗する為、盾を創り上げた。
しかし状況は一変しなかった。盾を創ったのはいいもののスレットの攻撃頻度が多すぎて全然攻撃に転じることができない。ずっと守ってばかりの俺を見てクリエイターは
「君、自分で言っておいて何故使おうとしないんだい?」
と俺に問いかける。そんな問に答えている暇が今無いため無視していると
「君、名前がパーティシペイターの能力だって自分で気付いたじゃないか。能力を使わないのかい?」
そう言えばそうだった。完全に忘れていた。どうなるかは分からないが使えるものは使ってしまおう。
「サクリファイス!」
名前の中で頭に出てきたのはこっちだった。もう一つの方も覚えてはいるがパッと出てくるわけではない。
俺が創った盾が黒い霧を纏い始め、違う形状へ変化する。変化した盾をスレットが殴るがその攻撃は弾かれる。さらにはその反動でスレット自身もよろけている。それを数回繰り返され、俺は攻撃を弾いた後に隙があることに気づいた。攻撃を弾いた後の隙に俺は素早く拳を入れる。これを何度か繰り返すとスレットは俺の反撃に適応し弾かれた後に無理矢理攻撃を押し込んできた。腕の数、足の数を増やし俺に反撃の隙を与えないようにされる。
「それなら、腕と足を無くしてやるまでだ!」
俺は剣を創り、スレットが攻撃を押し込むより速くその腕、足を切り落とす。これにはスレットも危機感を覚え逃走しようと俺に背後を見せる。ここまで優勢な状況で逃走を許すほど俺は馬鹿ではない。
「逃がすかっ!」
残りの足を全て切断し盾でスレットを地面に叩きつける。
スレットを盾で押さえつける逃げれないようにする。かつスレットを剣で攻撃しゲーム感覚でダメージを蓄積させるが、スレットが弱る様子はない。
火力が足りていないのか?そう考え何かないかと必死に思考を巡らせるとあることを思い出した。
「これならいけるんじゃないか?」
必殺の一撃を思いついた俺はスレットが逃げないように残っていた腕を全て切断し完全に拘束する。
「ヴィクティムサクリファイス!」
黒い霧が俺とスレットを覆う。その霧は手足を失ったスレットを引き上げて俺の眼前に持ってくる。さらには盾が守る為のものでなくあたかも何かを貫く為のものであるかのようなものへ変化する。そしてスレットの胴体にここを刺せと言わんばかりの丸い印が黒い霧によって作られる。そんな黒い霧の命令の誘導のまま俺はスレットへと盾を思いっ切り突き刺した。
突然、盾は黒い霧へと形状を変え、周りの霧は俺が刺した部位に吸い込まれていく。全ての霧が吸い込まれた後、遅れて元々、盾だった霧も吸い込まれ、スレットの中で音がすることなく爆裂した。
周りには靄なのか霧なのか分からないものがゆらゆらと漂っている。そんな中分かることが1つ。
「スレットが消えた?」
爆裂の後スレットは俺の前から姿を消した。俺の勝ちということでいいのだろうかと思い、それでも警戒しながら周りを見渡していると背後からパチパチと拍手が響き渡る。
それと同時に朝日が差し込み始めた。
「君の勝ちだ。夜が明けると共に君に勝利が訪れる。いいだろう、このシチュエーション。」
「狙ってやったのか?これ?」
「いいや。偶然だよ。」
こいつしれっとえげつないことをしやがる。夜が明けるタイミングと拍手するタイミングなんてそうそう合うものじゃないだろう。
「まずはお疲れ様。君はたったの1日で2体もの脅威を仕留めた。これは過去に類を見ない速さだ。やはり二つ名持ちは出来が違うね。」
確かに今回の勝利は俺が二つ名を持っていたことで繋がったものだろう。そのお陰でスレットを楽に倒すことが出来た。
「まぁ、相手がこの程度ならまだやっていけそうだ。」
俺は崩壊した道路を背後にしてそう余裕を呟いた。
「そういえば君リュックサックどうしたの?」
クリエイターは急に俺に問いかけた。ちょうど背伸びをして少し休憩した後だった為不意をつかれた感覚を味わう。
「あぁ。確かに。俺どこにやったんだろう。」
いつからか俺の背中からリュックサックが消えている。
「さっきまであったと思うんだけどなぁ。」
この周辺に落としたと思いながら探し始めると真っ先に目がいったのは崩壊した道路であった。
「なんだこれ?」
何がどうなったのか分からないままクリエイターに問いかける。
「脅威と君があれだけ争ったらこれぐらいのことは平気で起きるよ。公がどう処理するかは分からないけどね。」
マジかよと思いながら崩壊した道路を歩いているとリュックサックと同じくらいの面積を持つ穴を見つけた。
「あぁ、そういえば俺。スレットにボコボコにされてたなぁ。そん時にどっかいったのかもしれねぇ。」
俺はクリエイターの方を向き問いかける。
「なぁ、お前俺がボコられるの見てただろ。そん時の俺のリュックサックどうなったか見てないか?」
クリエイターは驚き首をかしげながら
「君、自分がどうなってたかわかってないのかい?」
と言い出す。
「だから、ボコられてただろ。頭を潰されてさ。」
「いいや、その後だよ。てっきり君が自分でやったんだと思ったよ。」
頭が混乱する。俺は確か粉微塵になって気付いたら目の前にスレットがいた。今考えると割とおかしい状況ではある。
「君、突如として脅威の背後に現れたんだ。形容するならコンテニューみたいな感じだったよ。」
コンテニュー?つまり俺は生き返ったってことでいいのか?そもそも
「パーティシペイターが死ぬことなんてあるのか?」
クリエイターは少し悩み考え
「難しいな。死というより活動不能っていう認識なんだよね。まぁさっきの君みたいに全身が粉々にされたら意識は消失するね。」
死というより活動不能。俺からするとどっちも同じようなものだと思うが定義みたいなものが違ってくるのだろう。
「つまり君は活動不能の状態だったにも関わらず全快の状態で背後に立っていたってわけだ。まるでコンテニューだろう?」
「確かにその通りだな。そういえば俺がコンテニューした時ってリュックサックどうだった?」
そう問うと急にクリエイターは黙り込み苦い顔をし始めた。
「合点がいったよ。どうやら君はコンテニューすると装備していたものが初期化されるらしいね。ははは、なんだそういうことだったのか。ははは。」
こいつ勝手に整理して納得してるが自分で見たのにわざわざ俺に聞いたってことを自白してんだよな。
「なぁ、俺にわざわざ聞いた意味ってなんだ?」
クリエイターは苦笑しながら
「気付いてなかったみたいだ。ははは。」
「おっちょこちょいだな。お前。」
ずっと苦笑してるクリエイターをもう少しいじってやろうと次の煽りを考えていると、クリエイターは急に苦笑を止め
「まぁまぁ、誰だってそんなことはあるさ。さぁ、休憩も終わってるっぽいし次の場所から君1人で行ってみよう。」
あまりにいきなりだったため俺の脳は理解までに少々時間を要した。
「え?俺1人?なんでそんなことになるんだよ。」
クリエイターはまあまあと言いながら
「僕も僕でねやらないといけないことがあるんだよ。それに君はもう1人でやっていける。初めは緊張するかもだけど次第に慣れていけるさ。もし何かあったら腕輪の黄色に光ってる印を押してくれれば僕がそこに来るようになってるからね。」
じゃあ、頑張って。最後にそう言い残してクリエイターは姿を消した。
まずは情報を整理する。第一に俺は昨日やったことをこれから1人でやる必要がある。俺に出来るかは分からないがクリエイターが出来ると言っていた為おそらく俺でも出来る内容になっているのだろう。
「全く、まだこっちは聞きたいことが山程あるってのに。」
愚痴を言っていてもしょうがない為、昨日と同様に赤い点を適当に押す。すると風景が暗転し知らない場所に出る。
しかし俺の目の前には見慣れた人影があった。
「大智?」