第六層 episode.8
半年間申し訳ありませんでした…
「………」
ゆっくりと目を開ける。真っ白な天井が眩しくてまた目を閉じる。手で天井が見えないようにしながら再び目を開けた。
ん……?腕がある。ヴァルグスに吹き飛ばされた右腕が見事にくっついていた。またおもちのお世話になってしまったのだろう。今度好物のナッツをあげよう。病院で休んでいる時、病院食のデザートにあったナッツをあげたら喜んでいたのを見た。ポリポリ食べてる姿が可愛いのだ。
周りを見渡すとエルがベット横の簡素な椅子に座って本を読んでいた。
彼女を目を光に慣らすためにもずっと見つめていると目を覚ましていることに気づいたのかこちらを覗き込んできた。
「お目覚めですか?身体の方の調子はどうですか?」
「エル……。あぁ、調子は結構いい。おもちが治してくれたのか?」
俺の腹の上にいるおもちに目を向ける。弱々しい鳴き声を上げた後、おもちはスヤスヤと眠ってしまった。一旦寝たらなかなか起きないので
「エル……。意味のわからない事を聞くが、本当にエルだよな?」
「………」
彼女は何かを言おうとして口を開いたが、その言葉を発することはなかった。そのまま押し黙る彼女に出来るだけ問い詰めるようにならない様に軽く問い掛けた。
「そっか…。別に答えなくてもいいけど……あの姿はどういう……」
「全然嫌じゃないですよ……。私はドクターに造られたヒューマノイドです」
それから彼女は自分の生い立ちをぽつりぽつりと話し始めた。
「もうそろそろ完成だ……。これでようやく私の夢が叶う……」
私は緑色の液体の中にいました。今考えるとあれはヒューマノイド生成機だったのでしょう。培養液の中からはくぐもった音と泡が肌や水中を撫ぜながら浮かび上がっていく音、その泡が弾ける音しかしませんでした。
水中から見える白衣を着ている様な男が何かを言っている様でしたが、何を言っているかはさっぱりでした。
それから、数日程度経ったでしょうか。私は遂に外の世界へと出ることになります。外の世界は机の上にあるパソコンやスタンドライトの灯りしかなく椅子と机の上にそれらと大量の何かが書かれた紙がたくさんありました。
そして、私が外の世界に出て初めてあった人。水中からずっとぼやけて見えていたその人物は白衣を着て痩せコケた病人の様な科学者でした。
「おおぉ……!!遂に最後の1人が完成した!これでようやくあの方をこちらの世界に呼び出せる!!」
彼は私が外の世界に出てきた事を大変喜んでいる様でした。まるで我が子が生まれたかの様な喜び方でしたが、私が生まれてきたことより、私が生まれたことにより起きる出来事に喜んでいる様子でした。
そんな私はかすかに培養液に入っていた時に頭に流れ込んできてた知識の中から導き出した彼の呼称を読んでみることにしました。
「………パパ?」
「おお!いかんいかん、私の名前はコウジだ。ドクターと呼びたまえ。そして、君の名前はエルだ。この服を着なさい」
「エル……」
違った様です。彼から渡された白いTシャツを着ます。彼は自分のことをドクターと呼べと言いました。培養液の中にいた時、人には親と呼ばれる人間がおり、それらが自分を産み、育てると学びましたが、残念なことに私の親は別のところにいるとドクターは言いました。何だか会いたいという気持ちもあまりありませんでした。
それから、ドクターに身体検査をさせられました。彼はなぜだかその結果を見て嘆いていましたが、その時の私にはなぜ嘆いているのかは全くの不明でした。
そうして、ドクターとの共同生活が始まりました。まあ、共同生活とは名ばかりの監禁でしたが。
どうやら私の他にも何人か家に住んでいる様ですが、関わることをドクターに禁じられていたので会うことも話すこともできませんでした。彼らについて聞くと、ドクターは「お前と同じだよ」としか答えませんでした。
それから、ドクターは私が家の中から出ることも許しませんでした。
私に与えられたのはドクターの家の2階にある薄暗いベットと本棚しかない部屋でした。カーテンを開けることも禁じられていたため、部屋は夜になると真っ暗になりました。
隣のドクターの部屋からは毎日失敗を嘆く声が聞こえていました。一体何が失敗だったのか私にはさっぱりです。
私はひたすらにあった本棚に入っている古ぼけた本をカーテンの下から僅かに漏れる日光と月光で読み漁りました。朝も昼も夜も読んで読んで読んで読んで、そして全ての本を読み切ってしまいました。多少の小説はありましたが、ほとんどの本は科学の関する本でその時の私にはさっぱりでしたが、一冊だけ科学でも小説でもないことが書いてある本がありました。
その本にはピアノと呼ばれる楽器の弾き方や楽譜の読み方、メンテナンス方法などが書かれた本でした。そして最後にはベートーヴェンと呼ばれる方が作曲した「月光」と呼ばれる曲に楽譜が書いてありました。
「……月光」
私はピアノを弾いてみたくなりました。1日に一回だけリビングに来て食料を届けに来るドクターにピアノがないか聞きました。
そしたら何やら苦々しい顔をした後、トイレの近くの部屋にあると言いました。
私は生まれて初めて胸を膨らませました。
急いでピアノのある部屋に行き、その部屋の扉を開けました。
そこには、もう何年も使われていないであろう埃を被ったピアノがまるで時間が止まっているかの様にしんと佇んでいました。
私はその日からピアノを弾き続けました。同じ曲を毎日毎日毎日毎日引き続けました。
そんなある日の朝、やけに騒がしかったのでいつもより早く起きてしまいました。家の中で誰かがドクターと口論をしていた様でした。その場所へ向かい、ドクターを見つけた瞬間。
「逃げろ!」
ドクターは誰かに拘束されていました。何が起きているのか分からないまま、私は逃げました。でもどこへ逃げたらいいのかわかりませんでした。
結局自室のボロボロのクローゼットの中に逃げ込みました。
長い間隠れていました。そして遂にドクターを捕まえた人達は私の部屋に入ってきました。
「残りの1人を探せ!やつは4人も無許可でヒューマノイドを作成したはずだ!あと1人を絶対に見つけ出せ!」
「「「了解!」」」
何人かの男性の声とバタバタと大きな足音に怯えつつ私はクローゼットの中に隠れ、息を殺していました。
しかし、私は間抜けなことに長い間使われていなかったクローゼットの埃に喉をやられ、咳をしてしまったのです。
「まずい」と思い、手で口を塞ぎましたが無駄でした。
「クローゼットから音がしたぞ!」
彼らにその音はバレてしまいました。そのまま私は彼らに見つかり、クローゼットから引っ張り出されました。
床に手を後ろに拘束されてしまい、身動きが取れなくなりました。
それから、首筋にバチバチと音のなる棒を突きつけられ、私は気を失ってしまいました。
「そして目を覚ましたらいつのまにか最下層にいました」
「なるほど……」
彼女の話は一旦終わった様だ。
彼女の過去の話は今まで一度たりともしてきていなかったので正直心の整理がつかない所が多い。なので、一旦整理する。
彼女はドクター、コウジと呼ばれる男によって生み出されたヒューマノイドだということだ。
それから彼女の他にも生み出されたヒューマノイドがあと3人いる。
彼女は何者かによって攫われた可能性がある。色々考え出したらキリがないので一旦放置して一番気になる部分をエルに問う。
「しかし、気絶してから何で最下層に…。ドクターの家は最下層にあったのか?」
「いえ、家の中ではサイレンや人の声、車の走る音などが聞こえたので下層から中層ではないと考えられます」
「そうか……。だったらどうやって下層に来たんだ?」
彼女は少し考える素振りを見せると、自信がなさそうに結論を導き出した。
「それはよく分かりませんが、恐らく先ほどの力で最下層に降りたと思われます」
「いや、それは何となくわかる。聞き方が悪かった。すまない、聞きたかったのはなぜさっきの……天使の力とでも呼ぶか。それが発動したかだ」
彼女は心当たりがある様だった。
彼女曰く、あの力は自分で発動したいと思った時に発動できるものではないという。急に使える様になったり、パッタリと使えなかったりする様だった。ピアノを弾いてる最中、食事をしている最中にも発動したことがあるらしい。
「確か……ヴァルグスはエルのことを四大天使のウリエルって呼んでたな。それに関しては?」
「私にもさっぱりです。一体私が何者なのか、私自身わかっていないのです……」
彼女は悲しそうな顔で俯いた。
彼女は気づいていない。彼女が何者かたらしめる不変の事実に。
「まあ、何だ。エルはエルだよ。俺をここまでガイドしてくれた、一緒に登ってきてくれたエル。それに関しては違いなんてないだろ?」
彼女はハッと気づいた様な表情になった。
彼女は俺が知る限りは普通の女の子だ。たふぁ、俺のことをよく助けてくれる恩人でもある。
正直、彼女が一体何者であるかなどどうでも良い話なのだ。
俺の目的は人が住む20層付近まで行くこと。ただそれだけだ。その過程の中で彼女が何者かであるかなど全くと言っていいほど必要がない要素である。
「そうですね……。私はエルです。ショウマさんがよく知るエルです。それ以外の何者でもありません」
彼女はふんわりと笑った。今までの彼女の笑顔はどこか他人事の様な笑いで、常に乾いていた気がする。でも、今の笑顔は間違いなく心の底からの笑顔だったと俺は思った。
30層は長いから20層くらいに設定替えしようかなぁとか思ってます




