第三層 episode.4
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「………生きてるのか…」
どうやらあの高さから落ちたのにもかかわらず死ななかったようだ。でも顔はかろうじて水面に出ているものの身体はジンジンして痺れている。
そういえば背中にあった鞄の感触がない。流されてしまったのか。それはかなり困るが無いものねだりしても仕方がない。
でも、ライフルだけはロープで体に括り付けてあったので何処かに行ってしまうようなことはなかった。
「………何処だここ…?」
太いパイプや細いパイプが入り組んでいるのが見える。それらは水中にも続いているようだ。身体の感覚も少し戻ってきた。軽く泳ぐくらいなら出来そうだ。
「あれに捕まれば……上に上がれるかもしれない」
身体を動かそうとすると腕や足の筋肉が「いやだ、動きたくない」と抵抗してきたが無視して泳ぐ。
「はぁ…はぁ……着いた……」
太いパイプの上に上がり、Tシャツの水気を抜く。ポタポタと水を滴らせながら上に続いている細いパイプを見上げる。
「登れそうだな」
俺は複雑に絡み合っているパイプに手を掛けて登り始めた。
…………
「造られた人間は普通に生まれ来た人間には逆らえない…まさか忘れたわけじゃ無いよね?」
「……その通りです」
そう、ヒューマノイドは絶対に守らなければならない規則がいくつかある。その一つが「人間に被害を及ぼさない」だ。これを破ったヒューマノイドは廃棄処分される。
「僕は普通に生まれてきた人間「メンシュ」だからね。君に拒否権は無いんだよ…分かるかい?」
「………」
何も言い返すことができなかった。何もかもが彼の言う通り。私はメンシュ「人間」には逆らうことはできない。
「じゃあもうすぐ日も暮れることだし……中へ入ろうか、エル?」
ダミアンはロープをほどき、私の両手首のロープも外した。
「………はい」
本当は嫌なはずなのに。抵抗することが出来ない。悔しいはずなのに表情一つ変えることが出来ない。むしろこれが当たり前なんだと納得しようとしている自分がいる。
もう……ショウマさんと上へと行くこともない。
だって………
「もう約束は無くなってしまったのだから……」
そう呟き私は先を行くダミアンへと歩き始めた。
…………
「あと……もう少し……!」
俺は遂に先ほどのビルまで登れそうな所まで登ってきた。しかしここまで登れたとしてもまたこのビルを登らなければならない。
「着いた!」
登り切ったのは良いがやっぱりこの先だ。
そう思った思ったのだが……
「………あったのか梯子」
そこには1番上まで続いている梯子があった。このビルを登った苦労はなんだったのか。大きな溜息を吐き、梯子を登り始めた。
「……長いなこの梯子。もう腕がパンパンなんだが…」
さっきパイプを登ってきたので腕がもう動かない。だけど…ここで止まるわけにはいかない。まだ…エルが助けられてない。
「……早く助けないと…」
それからようやくの乗り切った。だが、そこにはえるとダミアンの姿はなかった。遅かったか。
「………下に行ったか…クソっ!急がなきゃ」
俺はさっき登ってきた階段を降りた。もうちっさい生き物はいない。少し寂しいが仕方ない。エレベーターで一気に来たのでちっさい生き物が居た所より下は何があるか分からない。けど行くしかない。
「……今行くから」
ゆっくりと扉を開く。そこには下へと続く階段があった。きっとこの下に居るはずだ。
それから階段を降りるとF5と書かれた扉があった。
「……ここか?」
俺はそっと扉を開いた。中には下のオフィスのような部屋ではなく、普通の生活空間が広がっていた。なんの変哲のない部屋だ。しかし……
「なんだこれ……部屋にしては広すぎる」
その部屋は下層のオフィスと同じレベルの広さを誇っていた。だだっ広い部屋に机や本棚。別の部屋につながっているであろう扉もいくつか見ることができる。
「この部屋のどれかに……」
探そうにもヒントは何一つないのでしらみつぶしに探す事にした。兎にも角にも今は時間がない。ダミアンに変なことをされる前にエルを助け出さないと。
そんなことを考えながら1番入り口に近い扉を勢いよく開ける。
「……いないか」
それからいくつもの扉を開けたがどの扉の奥にもエルとダミアンの姿はなかった。……ただ一つの扉を除いては。
「ここか……」
最後の扉を前に小さく息を吐く。ドアノブに手を掛け、今度はゆっくりと扉を開いた。
「………もうちょっと遅くてもよかったのにね…ショウマくん?」
そこには壁に取り付けてある手錠で右手首を繋がれたエルがいた。その顔は青白く、目には虚無を映し、俯いていた。
初めて会ったときの目だ。何もかも、生きることさえも諦めている目。
「うるさい。早くエルを返せ」
「でも…本人はなんだか嫌そうだよ?」
「……どういうことだ」
「ショウマさん…私は……もう………」
空気に溶け込んで消えてしまいそうな声でエルは俺を見上げて言う。その続きを聞く前にダミアンが割り込んでくるように話し始めた。
「…君にはまだ言ってなかったね…実はエルはヒューマノイド…つまり人造人間なんだよ。ヒューマノイドは人間に逆らうことは出来ない…つまりエルはもう僕のものになったんだよ!」
「………そうか。一つ聞いていいか…エル?」
「……なんでしょうか?」
「もう本当に俺と一緒に上へ行くつもりはないのか?」
「………」
「別にお前がそれでいいのならそれでもいい」
違う。こんなことが言いたいわけじゃない。本当は無理やりにでも引っ張って連れて行きたい。いや…もしかしたら俺はエルを不快にさせていたかもしれない。道具の様に扱ったかもしれない。道具の様に…………
何か思い出せそうな気がする。俺も昔…道具の様に使われていた…気が……
「………ショウマさん…」
「やっと諦めてくれたんだねショウマくん!ようやく!ようやく僕の物に!」
その「物」という言葉が胸に突き刺さった。物…物か。物なんかじゃない。エルは…エルは……
「物なんかじゃない!エルは人間だ!」
自分のもしかしたらあったのかもしれない「物」という言葉へ対しての差別用語の様な嫌な感触に触発され叫んでいた。
「造られていようがいまいが関係ないっ!同じ人間だっ!」
一息に言い切った。でも、これで何をするべきかがわかった。
「しかも先に約束したのは俺だろ!だったら俺の言うこと聞けよっ!」
ガキみたいな事をそのまま口にする。こんなのエルの気持ちなんで全く考えずに言い放った。
わかってる。もしかしたらエルが嫌な思いをしているかもしれない事なんて。でも、それでも、俺にはエルが……必要なんだ。
「お前がいないと俺は上にあがれないんだ!だから頼む!俺を選んでくれ!」
「そんな事を言っても無駄だよ…もうエルは……」
エルの方へと向き直るダミアンは驚きの表情を顔に貼り付ける。
なぜなら………
「………はい…ショウマさん…私は貴方を上へと連れて行くという約束でしたからね…」
「なっ!」
その言葉を聞いた瞬間。嬉しさとかしてやったり感とかよく分からないけど胸にこみ上げてきた。その感情に任せて叫ぶ。
「よく言ったエル!今助けるからな!」
「そんな事……そんな事認められるか!」
ダミアンは激情し、俺に腕を伸ばして来た。だが冷静じゃないのがバレバレだ。
俺はその腕を擦り抜けてライフルを肩から外しそのまま力任せに頭を殴りつけた。
「邪魔だ!退け!」
「がっ!?……こんなことが……」
「あるんだよ。クソ野郎」
「ショウマさん…」
俺はゆっくりとエルの方へと歩み寄る。先程の絶望しきった目より明かに光がそこにはあった。
「俺を選んでくれて…助かった」
「………はい」
「ありがとう」
「……約束ですから」
「そうだな…約束だからな」
そう言って少し微笑むとエルもいつもは緩めないそのほおを緩めた。




