第二層 episode.2
「さて、エル。もう気分は良くなったか?」
「はい。だいぶ良くなりました。お待たせしてすみません……」
「気にするな。マスクを作ろう」
「はい」
ナイフでカーテンを裂き、ちょうど口元を隠せて頭の後ろで結べる程度の長さの布切れを二枚作る。片方をエルに渡して自分もつける。
「……付けようか?」
「………お願いします」
さっきからエルがマスクを渡してから付けようとしているがなかなかうまく後頭部で結べないのか四苦八苦していたので手伝う。
「よし、じゃあ…行こうか」
「行きましょう」
そしてエルが倒れたところらへんまで歩いてきた。どうやら先ほどとなんら変わりはないようだ。
「あっちに塔があるな。よし、行こう」
「はい」
さっきよりだいぶマシな顔色になったエルだが、あまりここに長居するのは良くないだろう。無茶して早く行くのではなく体力的にキツくなったら休みつつ塔を目指したい。
それから30時間ほど歩くとまたも腐乱死体の山にぶち当たった。高さ3メートルはあるかもしれない。
「こんなにたくさんの人が…」
「………行こう。あんまり見ないほうがいい」
「……そうですね」
ふいと顔を背けたエルはそのまま俺の前を歩き始めた。
「……エル。気分は悪くないか?」
声をかけるとエルは歩きながらこちらに目を向けた。
「大丈夫ですよ」
「………そうか」
さっき冷たい目をしていたからさっきみたいにならないかと心配したがどうやら心配はなさそうだ。
そう、俺はここで安心してしまっていたのだ。ここはこの都市の下層。いつアグレッサーに襲われるかわからない。それを忘れていた俺のミスだった。
「エル!前!」
「はい?ひっ……!」
エルは後ろをむきながら歩いていたので背後にいた“モノ”に気づかなかったのだろう。振り返った瞬間小さな悲鳴をあげる。
エルの背後にはゾンビ。死してなお、生者の血肉を求め、歩き彷徨う亡霊がその歯をエルにつきたてようと大口を開けていた。
「危ない!」
とっさにエルを庇い抱き込む。その瞬間肩に激痛が走った。
「痛っ!クソが!」
俺は腰に着けていたナイフでゾンビの目を突き刺す。ゾンビはお゛………とへんな声を上げると後ろ向きに倒れた。
「はあ…はあ……いって……」
「ショウマさん!肩を治療させてください!」
「……頼む」
残り少ない止血剤を惜しげもなく使い出血は収まった。それから手早くエルが肩に包帯を巻いていく。なんだかどんどん身体に包帯が増えていく気がする。
「………ショウマさん…すみません。私がちゃんと前を向いて歩いていればこんなことには………」
目に涙を浮かべて謝罪するエルの頭を俺はそっと撫でた。俯いていた顔を上げこちらを向くと涙がポロポロと溢れてきた。
「泣くなって。さっきのは仕方なかった。………まあこれでもう旅もおしまいだ。エル。これからは自分を大切にして生きろよ」
「………そんな………嫌です……まだショウマさんを上層まで連れて行ってません。約束を……約束を守らせてください」
「………じゃあ…あと……あと5時間は一緒に居ようか。な?そしたら治る方法を見つけられるかもしれないだろ?」
「………どうしてでも治す方法を見つけます。絶対にどこかにあるはずです」
噛まれてしまったものはもうどうしようもない。泣き止んだエルに今の時間を聞く。
するとエルは辺りを見回す。どうやら時計を見つけられたようだ。
「………時計が……ありました!9時20分です…」
「じゃあ……14時20分に……」
そこまで言いかけて俺は言葉に詰まった。これでエルとは……でも……最後は……最後だけは………
「エル」
「……はい」
「俺を撃て」
そう言った瞬間エルの顔が強張る。そして泣き出しそうな顔をし、止まっていた涙がまた溢れてきた。
「………なあ、どうして泣くんだ?約束なんて……ただの口約束みたいなものだったのに…しかも俺とお前は元々ただの他人同士だったんだが」
「………私は嘘をつきたくないです。だから………私を嘘つきにしないでください。しかも……一応…あなたは私の恩人なんですからね」
「……分かったよ。お前を嘘つきにしない」
「………約束ですからね」
そう言って右手の小指をおずおずと出してきた。俺もその小指に自分のを絡ませる。
「ああ。約束だ」
それからまた塔へと歩き始めた。
しかしエルの泣き顔を初めて見た。こんな状況でそんなことを考えるのは全く場違いなのだが。
「ちょっと待てお前ら!」
そんなことを考えていると後ろから低いハスキーな女性な声が聞こえてきた。
「………なんだブレンダか。でもどうしてここにいるんだ?」
そこには黒いタンクトップを着た紅の髪をしたブレンダがいた。1階層では随分と迷惑をかけられたが……
「まあ……3層に用事があるんだよ。だからこっちまで来てみたんだが………さてはお前…噛まれたな?」
「どうしてわかる?」
「エルのそんな顔を見ちまったらな……誰だってわかる」
「………そんなに悲しい顔してません」
泣き腫らした目を擦りいつもの表情を作るエル。だが充血した目と涙の跡がくっきりと残ってしまっている。
「してるじゃねえかよ……ったく世話の焼けるやつらだなぁ……わかった。助けてやるよ……しゃーねーなー…」
「助かるんですかっ!?」
ブレンダに嬉々として迫り先ほどまで涙目だったエルがその目を輝かせていた。
「あーやっぱりかわいいなエルは!もう!抱きしめたくなるじゃねえかこの!」
「ひあぁぁ!?」
そのままエルに抱き着くブレンダ。エルは急に抱きつかれ驚いているようだが大して嫌がってもなさそうだ。
「そ、その!早く治す方法を教えてください!」
「あー……いいよ。この層と次の層への塔の近くにこの階層最大の病院がある。そこで昔アグレッサーの野郎どもが持ってきやがったゾンビに噛まれた人間を治す研究をしてたんだがな、それで研究はだいたい成功。ゾンビになってない人間なら治せるようになったんだよ」
「なるほどな。つまりゾンビは治せないが噛まれたがまだゾンビになってない人間は助けられるってことか」
「そん通りだ。って事で行くぞ」
「ワクチンとかか?」
「んな感じだよ」
「本当に……ありがとうございます」
「かわいいエルのためだったら私はなんでもしてあげるからな!………まあコイツを助けるってのが少し癪に触るがな………」
「……悪かったな俺が助かって……」
不満げな声を上げるとエルに「まあまあ」と宥められてしまった。全く助けてもらえるのは大変ありがたいがいささか失礼が過ぎるのではないか。
「さっさと行くぞ!時間がなくなるっつの!」
「助けたくないんじゃないのか」
「そしたらエルが泣いちまうだろうが!」
「………律儀だな」
「あたりめーだボケ……つか、なんで布マスクみたいなのしてんだ?」
「エルが苦しそうだったからな」
「珍しく優しーじゃねーか」
からかうような口調で言ってくるブレンダからふいっと顔を逸らす。余計なお世話だ。
それからゾンビを避けたり倒したりしつつしながら塔の近くのところまでやってきた。
「さて……もう時間も3時間しか無い。行くぞ」
「おうよ」
「絶対に見つけてみせます」
さっきの壁よりも圧倒的にデカイ建築物を前に少し足がすくんだがいける。絶対に生きてエルとの約束を守ってやる。エルを……嘘つきなんかにしない。




