第二層 episode.1
………薬臭いといったが訂正させてほしい…塔から外に出ると強烈とまでは言わないがそれなりにキツイ腐臭がした。
「どうやらゾンビは本当にいるみたいだな………やっぱり噛まれたら感染したりするのか…」
「…ゾンビに噛まれた人間は約6時間前後でゾンビ化すると記憶にあります。この層は早く登ってしまいたいですね」
「……急ごう」
俺たちは腐臭の漂う薄気味悪いビル群へと足を踏み入れた。
1層とはまるで造りが違った。どうやらこの場所全体が病院といったような建築様式だ。
それからひたすらに歩き続けること約30分。
「………また壁か…ここの壁を突破しない限り先には進めなさそうだな…」
「そうですね…また1層の時みたいにならないといいですね」
「………もっと早く行きたいよなぁ…」
それから2人でまた1層と同じような建物付近へと近づいていった。外装もほぼ同じような感じだ。このまま1層と同じように出ればすぐに出られるだろうか?
「………なんかここニオイキツイな…」
「ですね……腐臭の原因がどこかにあるはずです。探してみましょうか」
「そうしようか」
それから辺りを探索してみた。少し目的が外れたがやはり1層と同じ造りのようだ。違うのは所々に赤黒いシミがあるのと、若干肉が残った死体があることだった。
「………どうやらこいつみたいだな」
「そうですね」
そこには腐りかけの死体が数体倒れこむような形で重なり合っていた。この層は随分と前に放棄されたはずなのになぜ白骨化していないのかわからないがあまりいい理由ではないだろう。
「………ここにはあんまり近づかない方がいい。腐臭は体に良くないから」
「そうですね」
「……ここはどうやって中に入ろうか」
「ショウマさん。よく見てください。開いてます」
「あ………」
そこには錆びて立て付けの悪くなったらしい扉が横倒しで倒れていた。中に簡単に入れそうだ。
「……じゃあ、行くか」
「はい」
なんだかエルの調子が悪そうだ。1層の時は今よりもう少し喋ってくれた。やはり腐臭が原因なのか。
それから歩きながら横目でエルの横顔を見ているとエルが急に立ち止まった。
「どうした?」
「……こっち見すぎです。ちょっとあっち向いててください」
「ちょっ!なになに!?冷たっ!」
俺の視界はエルの伸ばしてきた手によって暗闇に包まれた。柔らかい手のひらの感触と氷のような鋭い冷たさがまぶたを通して伝わる。
「………こっち見ないでください。いいですね?」
「…はい、わかりました」
それからそっと視界が広がっていった。やはり無機質なコンクリートの壁が目に入る。
「早く大きな扉の鍵を見つけましょう。じゃないと話が進みません」
「そうだな」
そう言ってエルは部屋の奥へと足早に歩いていく。その先にはメインゲートがそびえ立っている。
「………どうしましょうか」
「………なあ、1ついいか?」
「…?どうぞ…」
「開いてる…」
扉の端っこの方が人がギリギリ通れる程度の隙間が空いていた。これなら俺もエルも外に出ることが可能だろう。
「………じゃあ行きましょうか」
「そうだな」
こうして第1層と比べて約4時間と30分を節約し医療都市へと足を踏み入れることができた。
どうしてこんなに扉が破壊されているのかはわからない。もしかしたらゾンビがここを襲撃でもしたのかもしれない。
それはいいとして扉を出た先には大量の白骨死体と血痕。腐臭の残る死体が大量にあった。腐った死体には大量の蛆が湧いていてかなり気持ち悪い。
「………息がしにくいな」
「………」
エルはずっと黙っている。顔を覗き込んでみるといつも白いが今はいつもよりもずっと蒼白い顔をしている。
やはりこの臭いはエルにはキツイのかもしれない。
どこかで休ませられる場所はないかな……
「エル」
「………はい」
「休め」
「………大丈夫です。頑張ります」
「……そうか」
エルの容体があまりよろしくないので早くこの階層を突破したい。
辺りを見回すと死体の他にも色々なものが目に入ってきた。戦車。装甲車。ヘリ。機関銃。崩れた建物……
「そういやエル。さっきから気持ちの悪い死体が山ほどあるがこういうのは平気なのか?」
「………大丈夫です。問題ありません。こっちです早く行きましょう」
「…そうだな」
歩き始めたエルの後ろについていく。
さっきからエルの調子が悪くなっていっている。このままだとエルが行動できなくなるかもしれない。しかし……どうして……どうして…………そんなに無茶してまで俺を上層へ行かせようとするのか俺にはわからない。
「エル……」
「……何ですか?」
立ち止まりゆっくりとこちらに振り返るエルの顔は今にも倒れてしまいそうなほど蒼白かった。
「どうして俺をそこまでして上層へ連れて行ってくれるんだ?」
「………前にも言った気がしますが、ショウマさんに助けられたからです。私はその恩を返したいだけです」
「………だったら…自分の体をもっと大事にしろ。上の階層に行ってお前が倒れたりしたらもっと時間がかかるだろ」
「……3層に着いたら休みます。だから今は…早く行かないとゾンビに……襲われるかもしれま……せ…ん」
「エル!?」
話してる途中にふらつき始めたと思ったら膝から崩れ落ち、前のめりに倒れてしまった。その前に体が勝手に反応してエルの体の下へと滑り込む。エルの細い身体を抱きとめる。
「大丈夫か!?」
「………すみません。なんだか足に力が入らなくて………もう大丈夫ですので…離してください」
「………一回エレベーターまで戻るぞ。話はそれからだ」
「………大丈夫ですから…早く行きましょう」
「大人しく言う事を聞け。そんな身体でいられたら足手まといだ」
言う事をなかなか聞かないので強い口調で制止する。じゃないといつまでも行こうとしてしまうだろう。
「………すみません」
それからエルを横抱きにし、急いでエレベーターがある白い部屋へと戻った。
ここはまだ腐臭が少ない。俺もかなり気分が悪くなっていたみたいだ。
真っ青な顔をしたエルを床に敷いたカーテンの上に寝させパーカーを掛ける。
「……すみません…迷惑をかけてしまって………」
少し休んでいるとさっきより顔色が随分と良くなったエルが弱々しい声音で謝罪した。
しかし俺は「別にいい」とだけ言い黙り込んだ。
さっきは強く言いすぎた。なんだかエルと目を合わせづらい。言わねばならない状況だったとは思う。
だけど……こんなに怯えた表情のエルを見るのは初めてだ。後悔が込み上げてくる。
「あの……」
「……どうした?」
「先程は…すみませんでした…ショウマさんに迷惑をかけてしまって…次はもっと頑張ります」
「……エル…頑張るんじゃなくて無理をするなと言ってるんだ俺は」
俺は呆れ手大きな溜息を吐く。エルはやっぱり大きな勘違いをしている。
「エルはもっと自分を大切にしろ。早く行きたいと言ってるが仮に早く行ってエルがあっけなく死んだりしたら俺はそれからどうすればいい?」
「それは……」
「だからこそエルは自分を大事にしてほしい。悪いが俺はエルの体調まではわからない。気分はいいのか、腹は減っているのか、喉が渇いているのか。俺にはさっぱりだ。だから言ってくれ、全て」
「………はい。気をつけます」
「そうしてくれ。あと……」
「なんですか?」
「………さっきは強く言いすぎた。ごめん」
「………いえ、気にしないでください。あれは私が悪かったですから」
そう言って弱々しい微笑を浮かべるエル。なんだかんだで仲直りできたようだ。
「もう少し休んだらまた行こうか。今度はカーテンを少し割いてマスクみたいなのを作ってから行こう」
「そうですね」
「見張っといてやるから少し寝とけ」
「……はい」
さて、この層は一体どうやって登ろうか……




