1-9 『解釈』
第9話 解釈
「……それ、余計に怖くない?」
レオンの言葉に、セラは何も返さなかった。
ガレスも同じだ。
机の上には、古びた断章。
《七つの座が揃う時》
《王は帰還の門へ至る》
《黒き王は、その道を開く》
そして。
《二十七度目の――》
どれも意味が分からない。
なのに第七王は。
《俺の知っている黒の王とは、少し違う》
そう言った。
「第七王は、黒の王が何をするか知ってるってことか?」
レオンが聞く。
「可能性はある」
ガレスが答える。
「でも、同じ断章を読んでるんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、なんでそっちは分からない?」
「解釈が違うからだ」
「解釈?」
ガレスは断章を指で叩く。
「例えば、これだ」
《七つの座が揃う時》
「七王が一か所に集まる、とも読める」
「普通はそうじゃない?」
「他にも読める」
セラが口を挟む。
「七王が同じ目的を持つ、とか」
「ああ」
ガレスが頷く。
「七つの権限が同時に使われる。七王がすべて代替わりする。七つの何かが完成する」
レオンは眉を寄せる。
「何でもありじゃん」
「だから厄介なんだ」
なるほど。
未来が書いてあっても。
意味が一つとは限らない。
むしろ。
曖昧だからこそ。
読む側によって、全く違う行動を取る。
「じゃあ七王会は?」
「奴らにも独自の解釈がある」
「ノクスと違う?」
「かなりな」
「例えば?」
ガレスは少し黙った。
「それはまだ話せない」
「ここまで来て?」
「ここまで来たからだ」
「意味分かんないんだけど」
「お前が何者か、まだ分かっていない」
やっぱりそこは変わらない。
レオンは椅子へ深く座った。
「……面倒くさいな、秘密組織」
「帰る?」
セラが聞く。
「帰れないんだろ?」
「分かってきたわね」
「嬉しくない成長だな」
セラの口元が、ほんの少しだけ緩む。
ガレスはそれを無視した。
「問題は、お前のノートだ」
「また俺?」
「断章より具体的すぎる」
レオンもそこは気になっていた。
断章には、
《灰を纏う王、その左腕に災いの痕を残す》
としかない。
なのに自分は。
第三王が能力を暴走させて自分の左腕を焼いた。
そのせいで左手だけ能力の精度が落ちる。
そこまで書いた。
そして。
現実でも一致している。
「つまり俺は」
レオンはノートを見る。
「断章の内容を勝手に膨らませてる」
「そう見える」
セラが言う。
「で、その膨らませた部分まで現実と同じ」
「ああ」
ガレスが答える。
レオンは黙った。
自分でも気味が悪い。
「逆は?」
ふと聞く。
「逆?」
「俺が書いたけど、現実と違う設定」
セラとガレスが目を合わせる。
「ある」
ガレスが答えた。
「どれくらい?」
「まだ確認しきれていない」
「分かる範囲でいい」
ガレスは少し考える。
「お前は、ノクスを黒の王が作ったと書いた」
「ああ」
「違う」
「地下本部は王都」
「違う」
「合言葉は?」
「過去には使っていたが、今は違う」
レオンは指を折る。
合っている。
違う。
半分合っている。
「バラバラだな」
「そうね」
セラが言う。
「なら」
レオンはノートを開く。
「一個ずつ確認してけばいいんじゃない?」
ガレスが見る。
「何を」
「俺の設定が、現実とどこまで一致してるか」
ページをめくる。
「全部一気に見るのは無理でも、重要そうなところから」
「危険だ」
「読むだけだぞ」
「情報が漏れる可能性がある」
「ここノクスの拠点だろ」
「お前が漏らす可能性もある」
「まだ疑ってる?」
「当然だ」
レオンはため息をつく。
「じゃあそっちが質問して」
ガレスの眉がわずかに動く。
「俺は答える。そっちが現実と同じか違うかだけ言う」
セラが少し考える。
「それなら、全部見せる必要はない」
「だろ?」
ガレスはしばらく黙ったあと。
「いいだろう」
レオンは少し笑う。
ようやく話が進みそうだ。
「じゃあ」
七王会のページを開く。
「第一王からいく?」
「待て」
ガレスが止める。
「黒の王からだ」
レオンの手が止まる。
「なんで?」
「今一番重要だからだ」
それもそうか。
レオンはページを戻す。
《黒の王》
十三歳の自分が。
一番力を入れて書いた存在。
自分をモデルにした。
最強で。
誰にも縛られず。
七王すら超える。
今読むと。
かなり恥ずかしい。
「……読む?」
「読め」
「笑うなよ」
「笑わない」
「セラも」
「たぶん」
「たぶん?」
レオンは嫌な顔をしながら、ページへ目を落とす。
「《黒の王は、七王の力を受けない》」
ガレスの表情は変わらない。
「現実では確認できない」
「まあ、まだ俺何もされてないしな」
次。
「《黒の王は、あらゆる組織に属さない》」
セラが答える。
「伝わっている記述と近い」
「マジ?」
「あくまで近いだけ」
レオンはさらに読む。
「《黒の王は、自ら王を名乗らない》」
ガレスが少し反応した。
「それも近い」
「なんか当たり多くない?」
嫌な予感がする。
ページをめくる。
黒の王の性格。
戦い方。
考え方。
細かい設定。
その中。
レオンの指が止まった。
「あ」
「何?」
セラが覗く。
「いや」
忘れていた。
こんなのも書いていた。
《黒の王は、決められた物語を嫌う》
その下。
十三歳の自分が。
妙に得意げな字で書いている。
《なぜなら、結末は自分で決める方が面白いからだ》
レオンは少し黙った。
「どうした」
ガレスが聞く。
「……これも確認する?」
「読め」
レオンは仕方なく読み上げる。
セラの表情が少し変わった。
「それは」
「あるの?」
「断章ではない」
ガレスが答える。
「じゃあ何?」
ガレスはしばらく黙った。
そして。
鉄箱の奥から、一枚の紙を取り出した。
今までの断章とは違う。
状態がいい。
だが。
文字は短い。
たった一行。
ガレスが机へ置く。
レオンは読む。
《黒き王は、書かれた定めに従わない》
レオンの目が止まった。
自分のノート。
《黒の王は、決められた物語を嫌う》
古い記述。
《黒き王は、書かれた定めに従わない》
同じじゃない。
でも。
近い。
あまりにも。
「……これも二百年以上前?」
レオンが聞く。
「さらに古い」
ガレスが答える。
「どれくらい」
「少なくとも三百年」
レオンは笑えなかった。
また。
自分が生まれる前。
自分が書く前。
ずっと前から。
黒の王は。
自分と似たことを考える存在として書かれていた。
レオンはノートへ目を落とす。
その瞬間。
一つの疑問が浮かぶ。
「なあ」
「何だ」
「もし黒の王が」
レオンは古い紙を指差した。
「書かれた定めに従わない存在なら」
少しだけ間を置く。
「なんで、“従わないこと”まで最初から書かれてるんだ?」
誰も答えなかった。
もし。
黒の王が運命に逆らうことすら、最初から決められていたのだとしたら。
それは本当に。
運命に逆らっていると言えるのか。
レオンは古い記述を見つめたまま。
しばらく何も言えなかった。




