1-8 『断章』
第8話 断章
「今のが、第七王……?」
レオンの声は、自分でも分かるくらい乾いていた。
セラは答えない。
ガレスも路地の奥を睨んだまま動かない。
ノクスの構成員たちは、しばらく武器を構えていた。
だが。
第七王の気配は完全に消えている。
「……撤収する」
ガレスが言った。
「追わないんですか」
セラが聞く。
「無理だ」
即答だった。
その一言だけで分かる。
第七王は、それほどの相手らしい。
レオンは鞄を押さえる。
頭の中には、二つの言葉が残っていた。
《俺の知っている黒の王とは、少し違う》
そして。
《裏切る》
「行くぞ」
ガレスに促され、再び歩き出す。
今度は誰も喋らなかった。
⸻
第二拠点は地下ではなかった。
街の外れにある古い宿屋。
営業しているように見えるが、客の姿はない。
裏口から入り、二階へ上がる。
「ここもノクス?」
レオンが聞く。
「そう」
「俺の設定と違うな」
セラが横目で見る。
「全部同じ方が怖いでしょ」
「もう十分怖いよ」
部屋に入る。
今度は少し広い。
机。
椅子。
壁一面の棚。
そして。
奥に大きな鉄箱。
ガレスがそれを開けた。
中から取り出したのは。
古びた紙だった。
一枚。
二枚。
どれも端が欠けている。
文字もところどころ薄い。
レオンは眉を寄せる。
「それが断章?」
「ああ」
「見せていいの?」
「全部ではない」
ガレスは一枚だけ机へ置いた。
「お前のノートとの一致を確認する」
レオンが近づく。
紙は古い。
少なくとも、自分のノートとは比べものにならない。
文字も違う。
だが。
読める。
《七つの座は互いを信じず》
レオンの動きが止まる。
「……これ」
自分のノートを開く。
《七王会は互いに決して信用しない》
似ている。
同じではない。
でも。
意味はほぼ同じだ。
「いつのもの?」
「正確には不明。ただし二百年以上前」
レオンは黙った。
ガレスが次の紙を出す。
《灰を纏う王、その左腕に災いの痕を残す》
レオンの喉が鳴る。
第三王。
左腕。
古傷。
「……マジかよ」
自分のノートを見る。
また似ている。
でも。
完全には同じじゃない。
「なあ」
レオンが言う。
「これって」
「何だ」
「俺のノートの方が、情報増えてない?」
ガレスの目が細くなる。
セラも机を見る。
確かに。
古い断章には。
七つの座。
左腕の災い。
それだけ。
だがレオンのノートには。
七王会という名前。
第三王という立場。
能力暴走。
精度低下。
さらに細かい設定がある。
「……俺」
レオンは呟く。
「続きを勝手に作ってる?」
誰も答えない。
ガレスがもう一枚置く。
《黒き王、七つの定めを覆す》
レオンは息を止めた。
黒の王。
七王の運命を覆す存在。
自分の設定と。
また近い。
「でも」
レオンはすぐ気づく。
「ノクスが待ってるなんて書いてない」
「ああ」
「最強とも書いてない」
「ない」
「俺をモデルにしたとも」
セラが呆れた顔をする。
「それはあるわけないでしょ」
「分かってるよ」
レオンは腕を組んだ。
見えてきた。
少しだけ。
自分のノートと。
この断章は。
完全に同じじゃない。
むしろ。
断章の方が曖昧だ。
レオンは断章を見る。
七つの座。
灰を纏う王。
黒き王。
全部。
物語の材料みたいだった。
そこに。
自分が好き勝手に設定を足したようにも見える。
「……これ」
「何?」
「俺、この断章をどこかで見たことあるとか?」
セラの表情が変わる。
ガレスは即座に聞いた。
「記憶は?」
「ない」
「家族は」
「知らないと思う」
「書庫、古書店、教会」
「覚えてない」
ガレスが考える。
レオンも考える。
でも。
十三歳の自分が、こんな古文書を見た記憶なんてない。
「仮に見てたとして」
レオンは続ける。
「第三王が能力を暴走させて、自分の左腕を焼いたってところまで、現実と同じなんだろ?」
セラが頷く。
「そこまでは、断章には書いていない」
「だよな」
なら。
断章を昔どこかで読んだ。
それだけでは説明できない。
自分が勝手に足した設定まで。
現実と一致している。
「……気持ち悪いな」
思わず口から漏れた。
ガレスが別の断章を取り出す。
今度は小さい。
端が焼けている。
「これは、今日奪われた断章と同じまとまりにあったものだ」
レオンが見る。
読める部分は少ない。
《……王の帰還……》
その下。
《……黒き王……》
そして。
最後。
《……二十七……》
レオンの指が止まった。
「待て」
ガレスを見る。
「これ、いつ見つけた?」
「三年前」
「内容は?」
「見ての通りだ」
レオンは《黒王戦記》を開く。
最終章。
《世界は、二十七度目の誕生日に終わる》
指先が冷たくなる。
「二十七」
セラも気づいた。
誰も喋らない。
しばらくして、レオンが聞く。
「今日奪われた方には、何て書いてあった?」
ガレスは少し黙った。
それから答える。
「断片的だ」
「いいから」
ガレスは記憶を辿るように言った。
「《七つの座が揃う時》」
レオンが顔を上げる。
「《王は帰還の門へ至る》」
空気が重くなる。
そして。
「《黒き王は、その道を開く》」
レオンは黙った。
「それだけ?」
「最後に、もう一つ」
ガレスが続ける。
「《二十七度目の――》」
そこで切れていた。
レオンは息を吐く。
「意味は?」
「分からない」
「王って誰?」
「不明」
「帰還って?」
「不明」
「門は?」
「不明」
「黒の王が道を開くって?」
「それも不明だ」
「何も分かってないじゃん」
「だから断章なんだ」
レオンは頭を掻く。
そして。
さっきの第七王の言葉を思い出す。
《俺の知っている黒の王とは、少し違う》
もし。
あいつが。
この断章を読んでいるなら。
「……なあ」
「何だ」
「第七王は、この内容を知ってたんだよな?」
「ああ」
「じゃあ」
レオンは少し考える。
「俺たちより先に続きを知ってるんじゃなくて」
ガレスを見る。
「この文章が何を意味するのか、分かってる可能性があるってこと?」
沈黙。
ガレスは否定しなかった。
セラも同じだった。
レオンは机の上の断章を見る。
同じ文章。
同じ文字。
同じ情報。
なのに。
第七王だけが。
違う何かを見ているかもしれない。
レオンは小さく呟く。
「……それ、余計に怖くない?」




