1-6 『第七王』
第6話 第七王
「……俺に?」
レオンが聞いた。
若い男は答えない。
代わりにガレスを見る。
「間違いないのか」
「はい」
「伝言は、それだけ?」
「《黒の王へ。遅かったな》と」
ガレスの眉間に皺が寄る。
セラも黙ったままだ。
レオンだけが状況についていけていない。
「いや、待って」
三人を見る。
「なんで第七王が俺のこと知ってるんだよ」
「あなたとは言っていない」
セラが返す。
「でも今、全員俺見たよな?」
「……」
「見たよな?」
否定する者はいなかった。
レオンは頭を抱えた。
今日一日で、自分の黒歴史が急速に逃げ場を失っている。
「そもそも第七王ってどんな奴なんだ?」
ガレスは若い男へ視線を向ける。
「外せ」
「はい」
男は一礼し、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
「レオン」
ガレスが言う。
「お前のノートでは、第七王をどう書いた」
質問で返された。
レオンは《黒王戦記》を開く。
七王会のページを探す。
「第七王……第七王……」
しばらくめくる。
「あった」
書かれていた文章は短い。
レオンは目で追う。
《第七王》
七王の中で最も謎が多い王。
他の六王とは距離を取り、独自に行動する。
そして。
その下の一文で、レオンの指が止まった。
《黒の王の出現を、誰よりも待ち望んでいる》
「……マジか」
セラが横から覗き込む。
「何?」
レオンはノートを見せた。
セラの目が見開かれる。
ガレスが手を差し出した。
今度はレオンも素直に渡す。
しばらく文章を読んだあと、ガレスが問う。
「理由は」
「書いてない」
「なぜ待っている」
「それも決めてない」
「またか」
「仕方ないだろ」
レオンは肩をすくめた。
「謎の奴って、理由まで決めない方が謎っぽいと思ってたんだから」
セラが額へ手を当てる。
「あなたの十三歳、本当に困るわね」
「俺も今日初めて困ってる」
ガレスがノートを返す。
「現実の第七王について、我々が把握していることも多くない」
「じゃあ同じ?」
「一部は」
「一部?」
ガレスが椅子へ座り直す。
「第七王は、七王会の中でもほとんど表に出ない」
レオンはノートを見る。
合っている。
「他の王との接触も少ない」
それも。
「ただし」
ガレスの声が低くなる。
「黒の王について、何らかの情報を持っている可能性が以前から指摘されていた」
レオンが顔を上げる。
「なんで?」
「第七王が過去に何度か、その名を口にしている」
「いつから?」
「少なくとも数十年前」
レオンは黙った。
まただ。
自分が書くより前。
「何て言ってた」
「正確には分からない」
「分からない?」
「第七王と直接接触した者の多くは帰ってこない」
さらっと怖いことを言う。
「……それ先に言ってくれ」
「何のために」
「今後会う可能性あるだろ!」
ガレスは否定しなかった。
それがさらに嫌だった。
セラが腕を組む。
「問題は断章」
「さっきから言ってるそれ、何?」
レオンが聞く。
ガレスとセラが視線を交わした。
一瞬の間。
また秘密にするか考えている。
レオンはすぐに察した。
「今さらそこ隠す?」
「あなたが知る必要があるか判断しているの」
「黒の王への伝言と一緒に奪われたんだろ」
セラが黙る。
「関係あるんじゃないの?」
数秒。
ガレスが口を開いた。
「断章は、古い記録の一部だ」
「何の記録?」
「それはまだ話せない」
「また秘密か」
「お前を信用していない」
「はいはい」
一貫している。
ガレスは続ける。
「七王会もノクスも、その断章を集めている」
「なんで?」
「そこに書かれた内容が重要だからだ」
「何が書いてある?」
「断章ごとに違う」
レオンは眉を寄せる。
どうにも歯切れが悪い。
だが。
一つ引っかかった。
「書いてある……?」
ノートへ目を落とす。
ガレスが反応した。
「どうした」
「いや」
偶然かもしれない。
でも今日ずっと。
書かれたもの。
昔から残る記録。
自分のノート。
現実との一致。
ずっと文章が絡んでいる。
「その断章ってさ」
レオンは聞いた。
「未来のことが書いてあったりする?」
今度は。
ガレスもセラも、すぐには答えなかった。
レオンは二人の顔を見る。
「……あるんだ」
「なぜそう思った」
ガレスの声が変わる。
「なんとなく」
「なんとなくで出る発想ではない」
「俺のノートがこんな状態なんだから出るだろ」
レオンは《黒王戦記》を持ち上げた。
「俺が昔書いたものと現実が似てる。そっちは昔からある文章を集めてる」
肩をすくめる。
「だったら、そこにも似たようなことが書いてあるんじゃないかって思っただけ」
ガレスは何も言わない。
だが。
セラがわずかに視線を逸らした。
それで十分だった。
「……やっぱりあるんだな」
レオンが呟く。
そのとき。
ガレスが立ち上がった。
「予定を変える」
「何の?」
「第七王が断章を奪った以上、ここも長くは安全ではない」
セラを見る。
「移動する」
「どこへ?」
「第二拠点」
「了解」
二人が動き始める。
レオンだけが座ったままだ。
「ちょっと待て」
ガレスが振り返る。
「何だ」
「俺も行くの?」
「当然だ」
「家に帰る選択肢は?」
「ない」
「即答かよ」
「第七王がお前を黒の王だと認識している可能性がある」
「まだ俺とは決まってないだろ」
「なら、ここを出て一人で確認するか?」
レオンは想像した。
暗い帰り道。
突然現れる第七王。
『遅かったな』
「……行きます」
「賢明だ」
悔しい。
レオンはノートを鞄へしまう。
そのとき。
一枚のページが目に入った。
第七王の項目。
さっき読んだ続き。
レオンは手を止める。
「……ん?」
「どうしたの?」
セラが聞く。
レオンは答えなかった。
こんな文章。
書いたことを完全に忘れていた。
《第七王は、黒の王と出会ったその日――》
その先。
何度も線が引かれている。
十三歳の自分が消したらしい。
しかし。
強く押しつけて書いたせいか。
うっすらと跡が残っていた。
レオンは目を凝らす。
読める。
たった一言。
《裏切る》
レオンは黙ってページを閉じた。
そして初めて。
セラにも。
ガレスにも。
その内容を言わなかった。




