1-5 『最終章の一文』
第5話 最終章の一文
「そこには、何を書いた」
ガレスの問いに、レオンはすぐには答えなかった。
答えられないわけじゃない。
覚えている。
少なくとも、大筋は。
でも。
今までと違う。
七王会。
ノクス。
黒の王。
第三王の傷。
全部、現実と一致している。
その上で、最終章まで簡単に話していいのか。
「……最後までは書いてない」
「どこまでだ」
「それは」
レオンはノートへ手を伸ばした。
ガレスの視線が動く。
セラも黙って見ている。
レオンは後ろから数ページをめくった。
設定。
途中まで書いた会話。
戦闘の流れ。
思いつきだけを書いた一文。
そして。
《最終章》
その文字の下に、少し大きく書かれた一行がある。
《世界は、二十七度目の誕生日に終わる》
レオンの指が止まった。
「……これ」
「何?」
セラが聞く。
「最終章の最初」
ガレスが手を差し出した。
「見せろ」
レオンは一瞬迷った。
だが、すでにここまで話している。
ノートを机の中央へ置いた。
ガレスとセラが文字を見る。
しばらく。
誰も喋らなかった。
先に口を開いたのはセラだった。
「二十七度目の誕生日?」
「ああ」
「誰の?」
「決めてない」
セラが顔を上げる。
「……決めてない?」
「うん」
「世界がどう終わるかは?」
「それもちゃんとは」
また沈黙。
セラが目を細めた。
「そんな状態で書いたの?」
「最終章の一行目って意味深な方がカッコいいだろ」
「またそれ?」
「十三歳だからな」
「便利ね、その言葉」
「事実だし」
少しだけ空気が緩む。
だが。
ガレスだけは笑わなかった。
「お前はいま二十六歳だったな」
レオンの笑みが消えた。
「……ああ」
セラも気づいたらしい。
視線が一文へ戻る。
二十七度目の誕生日。
あと一年もない。
ただ。
これは誰の誕生日とも書いていない。
自分とは限らない。
むしろ、十三歳の自分は誰の誕生日かすら決めていなかった。
「偶然だろ」
レオンが言う。
自分に言い聞かせるように。
「俺の誕生日とは書いてない」
「その通りだ」
ガレスはあっさり頷いた。
レオンは少し拍子抜けした。
「ただし、無視もできない」
「……まあな」
そこは否定できない。
セラがノートを見る。
「その先には?」
「いろいろ」
「何が?」
「自分でも整理できてない」
「書いた本人なのに?」
「十年以上前だぞ」
レオンはページをめくる。
断片的な場面。
誰かの台詞。
黒く塗りつぶされた部分。
後から追加した矢印。
今見ても意味の分からない箇所もある。
「最終章って、いつまで書いてたの?」
セラが聞く。
「途中で何回も放置してたからな」
「最後に書いたのは?」
「十三歳よりは後だったと思う」
「曖昧ね」
「黒歴史の制作年表なんて覚えてない」
セラは納得していない顔をした。
ガレスが静かに聞いた。
「完成していないなら、続きを書けるな」
レオンは顔を上げる。
「は?」
「終わらない結末を書けばいい」
一瞬。
正しいように聞こえた。
世界は終わらない。
七王会は滅びる。
全部うまくいく。
そう書けばいい。
でも。
レオンは首を振った。
「今は書かない」
「なぜだ」
「怖いから」
ガレスの眉が少し動く。
「自分で書いた内容と現実がここまで一致してるんだぞ」
レオンはノートを閉じた。
「適当に続きを書いて、また何か起きたらどうする」
セラが静かに頷く。
「私も賛成」
ガレスは二人を見る。
「それに」
レオンは続ける。
「俺が書かなきゃ止まるって話でもないだろ」
「なぜそう思う」
「ノクスは俺が生まれる前からある」
ガレスは答えない。
「七王会も。第三王の傷も。黒の王の話も」
レオンはノートを指で叩く。
「少なくとも、全部が俺から始まったわけじゃない」
自分が書いたから現実になった。
それは違う。
もう分かっている。
なら。
途中で書くのをやめたからといって。
何かが止まる保証もない。
「俺が知らないところで、もう進んでる可能性だってある」
その言葉に。
部屋が静かになった。
直後。
廊下の向こうから激しい足音が響いた。
一人。
二人。
いや、もっといる。
扉が勢いよく開く。
「ガレス!」
若い男が飛び込んできた。
息を切らしている。
「どうした」
「奪われました」
ガレスの表情が変わる。
「何を」
男は一瞬だけレオンを見る。
言うべきか迷ったようだった。
だが。
ガレスが促す。
「構わん。言え」
「断章です」
レオンは眉を寄せた。
知らない言葉。
だが、ガレスとセラの顔を見れば分かる。
良くない。
「誰に」
「七王会です」
「どの王だ」
若い男は一拍置いた。
「第七王」
セラの顔色が変わった。
レオンだけが意味を理解できていない。
「第七王って、何がまずい?」
誰も答えない。
代わりに。
男が続けた。
「それと」
声がわずかに震える。
「第七王から伝言が」
ガレスの目が細くなる。
「何だ」
男は今度こそ。
まっすぐレオンを見た。
そして言った。
「《黒の王》へ」
レオンの背筋が冷える。
「遅かったな、と」
部屋から。
完全に音が消えた。




