1-19 『王と並ぶ者』
第19話 王と並ぶ者
《第三王は、黒の王と出会った後――》
《七王会を抜ける》
劇場から。
音が消えた。
第三王は、しばらく何も言わなかった。
自分の左腕を見る。
それから。
レオンを見る。
「……それも、お前が書いたのか?」
「ああ」
「理由は?」
「理由?」
レオンはノートを見る。
記憶を探る。
「なんだったかな」
「また忘れた?」
セラが言う。
「今回は普通に十年以上前だから」
「便利ね」
「その言葉好きだな」
レオンはページをめくる。
第三王。
灰。
左腕。
七王会。
そして。
小さな文字で理由まで書いてあった。
「あった」
「何だ」
第三王が聞く。
レオンは読む。
「《誰かに決められた王でいることを嫌うため》」
第三王の表情が。
止まった。
レオンも。
少しだけ笑みを消した。
今までとは違う。
袖が破れているから。
強そうだから。
人数が七人だとちょうどいいから。
そんな適当な理由じゃない。
「これ……」
レオンは第三王を見る。
「合ってる?」
返事はない。
だが。
第三王の顔を見れば。
なんとなく分かる。
「まさか」
ガレスの声が低くなる。
「本当に七王会を抜けるつもりか」
第三王は。
ゆっくり笑った。
「だったら?」
ガレスの手が武器へ伸びる。
周囲のノクスも、一斉に警戒する。
「待って」
レオンが止める。
「なんでそっちまで構えるんだよ」
「七王が一人でノクスへ接触している」
ガレスが答える。
「警戒しない理由がない」
「でも抜けるなら敵減るだろ」
第三王が笑う。
「単純でいいな、黒の王」
「褒めてる?」
「半分」
レオンがセラを見る。
「やっぱ流行ってない?」
「知らない」
そのとき。
第三王の左手に。
灰色の炎が灯った。
空気が一気に張り詰める。
ガレスが叫ぶ。
「構えろ!」
ノクスの構成員たちが動く。
対王装備が起動する。
床に刻まれた術式が光り始める。
セラがレオンの前へ出た。
「下がって」
「話し合いじゃなかったの?」
「七王との話し合いは、いつでも戦闘になる」
「面倒すぎる」
灰色の炎が。
静かに広がる。
熱い。
それなのに。
炎の中心だけ。
妙に冷たく感じる。
「第三王」
ガレスが低く言う。
「消せ」
「断る」
「なら敵対行為と判断する」
「好きにしろ」
第三王が一歩進んだ。
瞬間。
炎が膨れ上がる。
「セラ!」
ガレスの声。
「分かってる!」
セラが前へ出る。
「第五式――」
だが。
その時だった。
「やめとけ」
声がした。
軽い。
場違いなほど。
気の抜けた声。
全員が止まる。
レオンが周囲を見る。
「誰?」
誰もいない。
いや。
上。
崩れかけた劇場の二階席。
一人の男が座っていた。
いつからいたのか。
まるで分からない。
黒い上着。
長い脚を客席の手すりへ乗せ。
片手には。
果物。
普通に食べている。
「……何してるんですか」
セラが呆れた声を出した。
男は果物をかじる。
「見学」
「いつから?」
「最初から」
レオンがセラを見る。
「知り合い?」
セラは答えない。
代わりに。
ガレスが大きく息を吐いた。
「ヴァルド」
「おう」
男が片手を上げる。
「遅い」
「いや、いたから」
「なら早く出てこい」
「面白そうだったから」
レオンは小声で言う。
「なんか俺と気が合いそう」
セラが即答した。
「やめて」
「なんで?」
「二人になると疲れる」
ヴァルドが二階席から立ち上がる。
そして。
飛び降りた。
高さはかなりある。
だが。
着地音は。
ほとんどしなかった。
第三王の表情が。
初めて明確に変わる。
「……ヴァルド」
さっきまでの余裕が。
ほんの少しだけ消えた。
ヴァルドは笑う。
「久しぶり、第三王」
「お前まで来ていたか」
「ああ」
「ノクスも随分と慎重だな」
「違う違う」
ヴァルドは手を振る。
「俺はお前と戦いに来たんじゃない」
第三王の眉が動く。
「では何をしに来た」
ヴァルドは。
レオンを指差した。
「そいつ見に来た」
「俺?」
レオンが自分を指す。
「黒の王なんだろ?」
「それ俺も確認中」
「なんだそれ」
ヴァルドが笑う。
軽い。
セラとも。
ガレスとも違う。
だが。
第三王は笑っていない。
むしろ。
左腕の炎が。
少し大きくなる。
「ヴァルド」
低い声。
「邪魔をするなら容赦はしない」
「ああ」
ヴァルドは笑ったまま。
一歩。
前へ出た。
それだけ。
だった。
なのに。
レオンの身体が。
反射的に固まった。
空気が変わる。
第一王のときとも違う。
押し潰されるような力ではない。
ただ。
目の前にいる男が。
急に。
別の生き物になったような感覚。
ヴァルドは。
何もしていない。
武器すら持っていない。
なのに。
第三王の炎が。
一瞬。
揺れた。
「容赦しなくていいぞ」
ヴァルドが言う。
笑っている。
「俺もその方が楽しい」
セラが小さく呟いた。
「始まる」
レオンが横を見る。
「何が?」
「三年前」
セラは二人から目を離さない。
「ヴァルドと第三王は戦ってる」
「どっち勝った?」
「決着してない」
「どれくらい?」
セラは短く答えた。
「三日」
レオンの顔から。
笑みが消える。
「……三日?」
「ええ」
「休憩なし?」
「ほぼ」
レオンはヴァルドを見る。
果物を食べながら。
適当に現れた男。
それが。
七王と三日間戦って。
決着がつかなかった?
「ノクスにもいるんだな」
レオンが呟く。
「何が?」
「七王と同じくらいおかしい奴」
「いる」
セラは即答した。
「ヴァルドだけ?」
セラは少しだけ間を置く。
「それは教えない」
「そこ秘密なんだ」
「ノクスの戦力を全部教えるわけないでしょ」
もっともだ。
第三王が炎を消した。
緊張が少しだけ緩む。
「今日は戦うつもりはない」
「残念」
ヴァルドもあっさり引く。
「じゃあ話そうぜ」
ガレスが睨む。
「お前が仕切るな」
「細かいな」
「誰のせいだ」
レオンは思わず笑った。
セラが横を見る。
「何?」
「いや」
ノクス。
今まで。
秘密を抱えた。
真面目で。
慎重な組織だと思っていた。
でも。
どうやら。
それだけじゃないらしい。
ヴァルドが。
第三王を見る。
「で?」
さっきまでの軽さが。
ほんの少し消える。
「七王会を抜けるって話」
第三王は答えない。
ヴァルドの目が細くなる。
「本気か?」
「本気だ」
「理由は」
第三王は。
レオンを見る。
「そいつだ」
「俺?」
「正確には」
第三王の視線が。
レオンの持つ《黒王戦記》へ落ちる。
「黒の王が現れたからだ」
レオンが眉を寄せた。
「なんで俺が出てきたら、七王会を抜けるんだ?」
第三王は少し黙った。
そして。
左腕の傷を見た。
「私は」
静かに言う。
「ずっと疑っていた」
「何を?」
第三王が顔を上げる。
「なぜ私は、七王なのか」
誰も喋らない。
「生まれた時から能力があった」
灰色の炎が。
左手に灯る。
「力があったから王になったのか」
炎を見る。
「それとも」
一拍。
「王になると書かれていたから、私はこの力を持ったのか」
レオンの表情が変わる。
第三王は続ける。
「七王会は言う」
低い声。
「書かれた未来を使えば、世界を正しく導けると」
笑う。
だが。
その笑みには。
楽しさがない。
「私はずっと思っていた」
炎が消える。
「ふざけるな、と」
レオンは。
ノートに書かれた一文を思い出す。
《誰かに決められた王でいることを嫌うため》
第三王は。
まっすぐレオンを見る。
「だから知りたい」
「何を?」
「黒の王」
そして。
古い断章。
《黒き王は、書かれた定めに従わない》
第三王が。
静かに笑った。
「本当にお前が」
一拍。
「書かれた運命の外へ出られるのか」
レオンは答えなかった。
いや。
答えられなかった。
自分にだって。
まだ分からない。
ただ。
その横で。
ヴァルドだけが。
妙に楽しそうに笑っていた。
「いいねえ」
ガレスが睨む。
「何がだ」
「面白くなってきた」
「お前は黙っていろ」
「なんで?」
「話が進まん」
レオンは思った。
やっぱり。
こいつとは。
たぶん気が合う。




