1-18 『第三王』
第18話 第三王
「第三王が、あなたに直接会いたい、と」
構成員の言葉に。
レオンはしばらく黙った。
それから。
「……なんで?」
誰も答えない。
「いや、本当に」
レオンはガレスを見る。
「第一王なら分かる。あいつ俺のこと管理したそうだったし」
「言い方」
セラが小さく突っ込む。
「でも第三王って、俺まだ何もしてないぞ」
ガレスは構成員へ聞く。
「場所は」
「指定されています」
「どこだ」
「西区の旧劇場」
セラの表情が変わる。
「罠では?」
「その可能性は高い」
「じゃあ行かない?」
レオンが聞く。
「お前はどうしたい」
今度は逆に聞かれた。
レオンは少し考える。
第三王。
自分のノートでは。
能力を暴走させ、自分の左腕を焼いた。
そのせいで左手だけ能力の精度が落ちる。
断章には。
《灰を纏う王、その左腕に災いの痕を残す》
そこまでしか書かれていない。
つまり。
第三王は。
レオンが勝手に足した設定まで現実と一致している、象徴みたいな存在だ。
「……会いたい」
セラが見る。
「怖くないの?」
「怖いよ」
「なら」
「でも見たい」
「何を?」
レオンは少し笑う。
「俺が適当に作った設定が、どこまで本物なのか」
セラがため息をついた。
「そう言うと思った」
「分かってきた?」
「少し」
「成長したな」
「嬉しくない」
ガレスが立ち上がる。
「なら準備する」
「行かせるんだ」
「一人では行かせない」
「セラ?」
「ああ」
セラが即座に顔をしかめる。
「私、決定なんですか」
「不満か」
「別に」
レオンが横から覗く。
「今ちょっと嫌そうだったけど」
「気のせい」
「三割くらい嫌?」
「五割」
「上がった」
⸻
旧劇場は。
想像していたより大きかった。
ただし。
完全に廃墟だ。
割れた窓。
剥がれた壁。
傾いた看板。
「ここで七王と会談?」
レオンが建物を見上げる。
「雰囲気はあるな」
「観光じゃない」
セラが言う。
「分かってる」
「本当に?」
「八割くらい」
「残り二割は?」
「ちょっと楽しんでる」
「やっぱり」
入り口には。
ノクスの構成員が六人。
さらに。
見覚えのない大型の魔導具が二つ。
レオンが覗き込む。
「これ対王装備?」
「ああ」
ガレスが答える。
「第三王用に調整してある」
「王ごとに違うの?」
「当然だ」
レオンは少し感心する。
「ちゃんと研究してるんだな」
「三百年戦っていると言っただろう」
「こういうところ見ると実感する」
ガレスがレオンを見る。
「中では勝手なことをするな」
「俺そんな信用ない?」
「ない」
「即答」
「第三王の前で能力を試すな」
「しないよ」
「ノートも勝手に見せるな」
「分かってる」
「余計な挑発も」
「それは相手次第」
ガレスの目が細くなる。
「冗談」
「今の間は冗談じゃなかった」
セラに見抜かれた。
「行くぞ」
⸻
劇場の内部。
舞台。
崩れかけた客席。
その中央。
一人だけ。
座っている人物がいた。
灰色の外套。
深く被ったフード。
そして。
左腕だけ。
袖がない。
レオンの足が止まった。
「……うわ」
セラが小声で聞く。
「何?」
「本当に袖ない」
「そこ?」
「だって」
レオンはノートを思い出す。
十三歳の自分が描いた第三王。
左腕だけ。
なぜか袖を破っていた。
先に絵を描いて。
後から理由を付けた。
それが。
今。
目の前にいる。
フードの人物が顔を上げる。
女性だった。
年齢は二十代後半ほど。
灰色の髪。
赤みを帯びた瞳。
そして。
むき出しになった左腕には。
肩から手首まで。
焼けただれたような痕が走っている。
レオンの笑みが消えた。
本物だ。
「レオン・ハルツ」
第三王が言う。
声は静かだった。
「やっと会えた」
レオンは眉を寄せる。
「俺を知ってる?」
「もちろん」
「最近そればっかりだな」
第三王が少し笑う。
「聞いていた通り」
「何を?」
「軽い」
「悪口?」
「半分」
レオンがセラを見る。
「流行ってる?」
「私に聞かないで」
第三王はゆっくり立ち上がった。
ガレスたちが一斉に構える。
空気が張り詰める。
だが。
第三王は攻撃しない。
むしろ。
左腕を持ち上げた。
「これを見に来たんだろう?」
レオンの表情が変わる。
「……何で」
「お前が私の傷を知っていた」
第三王は自分の腕を見る。
「しかも」
一拍。
「原因まで」
レオンは黙る。
情報が回っている。
第一王からか。
それとも別の誰かからか。
「能力が暴走して、自分で焼いた」
第三王が言う。
「その通りだ」
レオンは小さく息を吐く。
分かっていた。
ガレスから聞いていた。
でも。
本人の口から聞くと違う。
「いつ?」
「十八年前」
レオンは顔を上げた。
十八年前。
自分が。
まだ八歳の頃。
《黒王戦記》を書くより前。
やっぱり。
時系列は逆だ。
「そのせいで」
第三王が左手を開く。
灰色の炎が浮かぶ。
だが。
わずかに揺れている。
「左側だけ、制御が甘い」
炎が消える。
レオンは何も言えなかった。
自分が。
絵の辻褄合わせで作った設定。
そのまま。
現実に存在している。
「……気持ち悪いな」
第三王の眉が上がる。
「私が?」
「違う違う」
レオンが慌てて手を振る。
「俺の方」
「お前?」
「なんで俺が、こんなこと知ってるんだって話」
第三王はしばらくレオンを見る。
「それを聞きたくて呼んだ」
「俺も知りたい」
「なら話は早い」
第三王は舞台へ視線を向ける。
「お前のノート」
ガレスたちの空気が変わる。
「見せろ、とは言わない」
レオンが少し驚く。
「言わないんだ」
「奪えばノクスが面倒だからな」
ガレスが眉をひそめる。
第三王は楽しそうに続ける。
「それに」
レオンを見る。
「知りたいのは紙じゃない」
「じゃあ何?」
「お前だ」
レオンの笑みが少し引きつる。
「言い方怖いな」
「なぜ私をそう書いた?」
第三王が聞く。
「左腕の傷?」
「ああ」
「……絵」
「何?」
「先に絵を描いたんだよ」
レオンは少し気まずそうに頬を掻く。
「左腕だけ袖を破いて」
第三王は黙る。
「なんか強そうだったから」
「……」
「で、なんで袖破れてるんだろうって後から考えて」
レオンは指を立てる。
「能力暴走で自分の腕焼いたことにした」
沈黙。
長い。
セラが少しだけ顔を逸らす。
第三王は。
自分の腕を見る。
そして。
「……それだけ?」
「それだけ」
「私が十八年間背負っている傷の理由を」
一拍。
「お前は“なんか強そう”で決めた?」
「言い方!」
「事実だろう」
「事実だけど!」
レオンは頭を抱える。
「だから俺も困ってるんだって!」
その瞬間。
第三王が笑った。
小さく。
でも。
はっきりと。
「面白い」
「こっちは笑えない」
「私は少し気に入った」
「何を?」
「お前」
セラの目が細くなる。
ガレスの手が武器へ伸びる。
レオンだけが顔をしかめた。
「嫌な予感するな」
第三王は答えない。
代わりに。
懐から。
一枚の紙を取り出した。
古い。
断章。
「これを見ろ」
ガレスがすぐに止める。
「待て」
「心配するな」
第三王は紙を舞台の床へ置いた。
「こちらも読めていない」
レオンが眉を寄せる。
「何が?」
「意味だ」
紙には。
短い一文。
《灰の王は、黒き王と出会い――》
そこで。
破れている。
レオンの目が止まった。
「続きは?」
「ない」
「またかよ」
思わず出た。
第三王が笑う。
「私も同じ気持ちだ」
レオンは紙を見る。
灰の王。
黒き王と出会う。
その先。
ない。
その瞬間。
レオンの頭に。
嫌な記憶が浮かぶ。
自分のノート。
第三王について書いたページ。
そこには。
たしか。
まだ。
何かあった。
「……待って」
レオンが鞄へ手を伸ばす。
ガレスが見る。
「何だ」
「覚えてる」
ノートを開く。
第三王。
左腕。
能力。
性格。
そして。
下の方。
小さな字。
レオンの指が止まった。
「……あった」
セラが覗く。
「何て?」
レオンは。
一瞬。
読むのをためらった。
そして。
ゆっくり口を開く。
「《第三王は、黒の王と出会った後――》」
第三王がこちらを見る。
レオンは続きを読む。
「《七王会を抜ける》」
劇場から。
音が消えた。




