1-17 『書かれた未来』
第17話 書かれた未来
「続き、書いてない俺を初めて褒めたいかも」
レオンがそう言うと。
セラは少しだけ呆れた顔をした。
「褒めるところ?」
「世界を救った可能性あるだろ」
「まだ何も分かってない」
「じゃあ保留で」
レオンは《黒王戦記》を鞄へしまう。
その横で。
エルドはまだ考え込んでいた。
「どうした?」
「《余白》だ」
「気に入った?」
「そうではない」
「じゃあ何」
エルドは封印魔導具を見る。
《この扉は、内側から開かない》
その下。
《ただし、レオン・ハルツを除く》
「これが本当に、お前の能力だとする」
「ああ」
「ならば、試してみたいことがある」
レオンの顔が嫌そうに歪む。
「さっきガレスが今日は終わりって言ったよな?」
「ああ」
ガレスが答える。
「よし」
レオンが頷く。
「じゃあ終わり」
「能力は使わん」
エルドが言った。
レオンの足が止まる。
「先に言ってくれ」
「見るだけだ」
「何を?」
エルドはガレスを見る。
二人の間で。
短い沈黙。
まただ。
レオンはもう分かる。
ノクスの。
“こいつにどこまで教えるか会議”。
「その顔やめてくれない?」
「何の話だ」
「今、俺に言うか迷ってるだろ」
ガレスは否定しなかった。
「便利だな、分かりやすくて」
「レオン」
セラが小声で言う。
「煽らない」
「煽ってない。観察」
数秒。
ガレスが折れた。
「来い」
「どこへ?」
「資料室だ」
レオンの眉が上がった。
「秘密組織の資料室?」
「ああ」
「ちょっと見たい」
「さっきまで帰ろうとしてたでしょ」
「それとこれは別」
セラがため息をつく。
⸻
資料室は。
想像より普通だった。
棚。
棚。
棚。
そして紙。
「……地味」
レオンが呟く。
「何を期待していたの?」
「もっとこう、禁断の書が鎖で封印されてるとか」
「ない」
「宙に浮いてる本とか」
「ない」
「触ったら呪われる本は?」
「一冊ある」
「あるの!?」
レオンが一歩下がる。
セラが笑った。
「嘘」
「お前、そういう冗談覚えるの早いな」
「先生がいいから」
「俺?」
「半分」
「またそれ」
エルドは構わず奥へ進む。
棚の一番下。
鍵のかかった箱を取り出した。
ガレスが鍵を開ける。
中には。
十数枚ほどの古い紙。
「これも断章?」
「ああ」
「さっき見たのと違う?」
「内容がな」
エルドが一枚置く。
レオンが読む。
《東の塔は、赤き月の夜に崩れる》
「……予言?」
「そう解釈された」
「で、崩れた?」
「崩れた」
「いつ?」
「百四十二年前」
レオンは少し黙る。
次。
《王都に三日、黒い雨が降る》
「これは?」
「八十六年前に起きた」
次。
《二つの軍が川を挟み、その夜に一方の王が死ぬ》
「これも?」
「起きた」
レオンが顔を上げる。
「全部当たってる?」
「少なくとも、ここにあるものは」
空気が少し重くなる。
さっきまで。
断章は曖昧なものだと思っていた。
黒き王。
七つの座。
王の帰還。
意味の取り方はいくらでもある。
でも。
これは違う。
「結構具体的だな」
「ああ」
「なら、これ」
レオンが紙を持ち上げる。
「未来が書いてあったってこと?」
エルドが頷く。
「ノクスは、そう考えている」
「七王会も?」
ガレスが答える。
「奴らは少し違う」
「どう違う?」
「ノクスは」
ガレスが一枚の断章を指差す。
「危険な未来が書かれているなら、阻止すべきだと考える」
レオンは頷く。
「七王会は?」
「利用する」
「利用?」
「未来を事前に知ることができるなら」
ガレスの声が少し低くなる。
「その未来を利用して、世界を管理できる」
レオンの顔から。
少しだけ笑みが消えた。
「……第一王が好きそう」
「あいつだけではない」
「七王会って、そういう組織なのか」
「少なくとも根本はな」
レオンは断章を見る。
未来が書かれている。
その未来を。
止めるノクス。
利用する七王会。
「じゃあ」
レオンが聞く。
「今まで未来を変えられたことは?」
沈黙。
セラがわずかに表情を変えた。
「あるんだろ?」
ガレスが答える。
「ある」
「なら断章は絶対じゃない」
「ああ」
レオンは少し笑った。
「じゃあいいじゃん」
三人が見る。
「何が?」
「未来が書いてあっても変えられるんだろ」
レオンは肩をすくめる。
「だったら、そんな怖がる必要なくない?」
エルドが静かに言う。
「そう簡単ではない」
「なんで」
ガレスが一枚の断章を取った。
「これを見ろ」
紙には。
短く書かれている。
《ルゼル橋は、夜明けと共に落ちる》
「四十三年前のものだ」
「橋が落ちた?」
「ああ」
「止めようとした?」
「ノクスが住民を避難させ、橋を封鎖した」
「なら成功じゃん」
「橋は落ちた」
「人は?」
「死ななかった」
レオンは黙った。
「つまり」
セラが言う。
「書かれた出来事自体は起きた。でも結果を変えた」
レオンは紙を見る。
橋は落ちる。
そこは変わらない。
でも。
誰も死ななかった。
「……なるほど」
少し。
面白くなってきた。
「じゃあ未来を消すんじゃなくて」
レオンは指で紙を叩く。
「起きた後を変えればいい」
ガレスが眉を寄せる。
「簡単に言うな」
「でもそうだろ?」
橋が落ちる。
なら。
橋を落とさないようにするんじゃない。
その時。
誰も橋にいなければいい。
「決まってる部分と」
レオンは続ける。
「決まってない部分がある」
セラがレオンを見る。
「……あなた、こういうの好きそうね」
「好き」
即答だった。
「決められたルールに抜け道探すの?」
「最高」
「楽しそうね」
「楽しいだろ」
そこまで言って。
レオンは止まった。
机の上。
断章。
未来。
そして。
自分の能力。
《余白》
書かれたことを消すのではなく。
その後へ。
一文を足す。
「……あ」
「何?」
レオンは答えなかった。
代わりに。
自分の鞄を見る。
《世界は、二十七度目の誕生日に終わる》
もし。
あれも。
同じなら。
世界が終わる。
その事実そのものを。
消せないとしても。
「終わった後に」
レオンが呟く。
セラが聞く。
「何?」
「いや」
レオンは少し笑う。
「なんでもない」
まだ。
何も分からない。
自分のノートが何なのか。
断章が何なのか。
二十七度目の誕生日が誰を指すのか。
でも。
一つだけ。
自分の好みには合っていた。
決められた結末があるなら。
その続きを。
もっと面白くすればいい。
そのとき。
資料室の扉が開いた。
一人の構成員が立っている。
「ガレス」
「何だ」
「第一王から使者です」
空気が変わる。
「要求は」
「レオン・ハルツとの会談」
レオンは顔をしかめた。
「またあいつ?」
構成員は首を振った。
「いいえ」
「じゃあ誰?」
一拍。
「第一王本人からではありません」
「?」
「第三王です」
レオンの笑みが止まる。
左腕。
能力の暴走。
自分が。
適当に設定を足した王。
構成員は続けた。
「第三王が」
レオンを見る。
「あなたに直接会いたい、と」




