1-14 『決定事項』
第14話 決定事項
「俺と一番、相性悪い」
レオンがそう言った瞬間。
空気がさらに重くなった。
ミシッ。
床のひびが広がる。
「レオン」
セラの声が低い。
「煽らないで」
「煽ったつもりはないんだけど」
「今のは完全に煽ってる」
否定できない。
そのとき。
廊下の奥から足音が響いた。
一人ではない。
複数。
ガレスを先頭に、ノクスの構成員たちが現れる。
手には見慣れない魔導具。
長い杭。
銀色の鎖。
紋様の刻まれた円盤。
「展開しろ!」
ガレスの声。
構成員たちが一斉に動く。
四方へ杭を打ち込む。
床に円盤を置く。
銀の鎖が空中を走った。
次の瞬間。
重圧が。
少しだけ軽くなった。
「……お」
レオンが息を吐く。
「これが対王装備?」
「そう」
セラが答える。
「七王の能力を弱めるためのもの」
「効いてるじゃん」
「完全には無理」
実際。
空気の重さは消えていない。
ただ。
さっきよりは動ける。
ガレスが前へ出た。
「第一王」
声を張る。
「姿も見せずに何のつもりだ」
しばらく。
返事はなかった。
やがて。
声。
「黒の王を渡せ」
レオンは顔をしかめた。
「物みたいに言うなよ」
セラが横を見る。
「今は黙って」
「はい」
ガレスは続ける。
「断る」
「理由は」
「こいつはまだノクスの敵ではない」
「味方でもないだろう」
「だから渡さない」
その答えに。
レオンは少しだけ意外そうな顔をした。
ガレスなら。
もっと損得だけで話すと思っていた。
「第一王」
ガレスが言う。
「お前たちが黒の王をどう扱うつもりか分からない以上、こちらから引き渡す理由はない」
「ならば」
声が低くなる。
「私が判断する」
圧力が増した。
杭の一本にひびが入る。
構成員が叫ぶ。
「第三杭、限界!」
「補助を入れろ!」
二人が走る。
すぐに別の魔導具を接続する。
レオンはその様子を見ていた。
なるほど。
一人では勝てない。
でも。
こうやって戦う。
七王という怪物を。
何人もの人間が。
準備と技術で押さえ込む。
ノクスが三百年残ってきた理由が、少し見えた気がした。
そのとき。
レオンの目の前。
空間が歪んだ。
「……え?」
白い光。
人影。
そこから。
一人の男が現れた。
年齢は三十代半ばほど。
白銀の髪。
長い白衣。
剣も持っていない。
ただ。
立っているだけ。
なのに。
空気が一段重くなった。
七王会の三人が頭をさらに下げる。
「第一王」
ついに。
姿を現した。
第一王はガレスを見るでもなく。
セラを見るでもなく。
レオンだけを見た。
「お前が黒の王か」
「知らない」
即答。
第一王の眉がわずかに動く。
「知らない?」
「周りが勝手にそう呼んでるだけだ」
「記述には黒の王が現れるとある」
「それで?」
「条件に一致している」
「何個?」
第一王が止まる。
「何?」
「俺が黒の王だって条件、何個一致してる?」
セラがレオンを見る。
ガレスも。
第一王だけは無表情だった。
「名」
「それだけ?」
「古い記述との一致」
「具体的には?」
沈黙。
レオンは少し笑った。
「ほら」
「何が言いたい」
「そっちも分かってないんだろ」
空気が張り詰める。
第一王の周囲。
床が。
ゆっくり沈んでいく。
セラが低く言う。
「レオン」
「分かってる」
たぶん今。
かなり危ない。
でも。
引っかかる。
こいつは。
自分を見に来た。
殺しに来たわけでも。
捕まえるだけでもない。
判断しに来た。
なら。
「第一王」
レオンが聞く。
「黒の王だったら、どうする?」
「管理する」
即答だった。
「やっぱり」
「何がだ」
「俺の設定通り」
第一王の目が細くなる。
レオンは続ける。
「お前は、自分が正しいと思ったものを全部管理したがる」
「秩序には管理が必要だ」
「人も?」
「当然だ」
「未来も?」
「可能なら」
レオンの表情から。
少しずつ笑みが消えていく。
「俺は嫌いだな」
「好悪は関係ない」
「それも嫌い」
第一王の周囲で。
何かが動いた。
見えない力。
セラが叫ぶ。
「レオン!」
瞬間。
重圧が一点に集まった。
レオンの身体を。
地面へ押し潰す。
はずだった。
だが。
「……?」
第一王の目が。
初めて大きく動いた。
レオンは立っていた。
何も起きていない。
いや。
何かが起きた。
頭の奥。
一瞬だけ。
また。
ズキン。
痛み。
「っ……」
レオンが額を押さえる。
でも。
倒れない。
第一王の力は。
レオンだけを避けたように。
周囲の床へ落ちていた。
石が砕ける。
レオンを中心に。
丸く。
「……何これ」
本人が一番驚いていた。
セラが目を見開く。
ガレスも。
第一王は。
しばらく無言だった。
そして。
初めて。
はっきりと興味を示した。
「なるほど」
「何が?」
「七王の力を受けない」
レオンの心臓が跳ねる。
ノート。
《黒の王は、七王の力を受けない》
「待て」
レオンは鞄を見る。
「まさか」
第一王が一歩近づく。
セラが前へ出る。
「それ以上近づけば攻撃します」
「退け」
「嫌です」
第一王がセラを見る。
その瞬間。
圧力が走る。
だが。
今度は。
複数の銀鎖が一斉に光った。
バチンッ!
力が散る。
ガレスが叫ぶ。
「固定!」
「第一、第二、第四、安定!」
「第五出力上昇!」
ノクスが。
第一王の能力を押し返す。
完全ではない。
でも。
止めた。
第一王は周囲を見る。
「変わらんな」
ガレスが答える。
「お前たちを殺すために、何世代研究したと思ってる」
「殺せたことはない」
「試してみるか?」
空気が変わる。
今度は。
ノクス側から。
第一王へ。
殺気。
レオンは思った。
本当に。
こいつらは三百年戦ってきたんだ。
七王に勝てないから隠れていたんじゃない。
勝つ方法を。
ずっと積み上げてきた。
第一王はしばらく黙っていた。
やがて。
レオンを見る。
「今日は引く」
レオンが眉を上げる。
「いいの?」
「確認は済んだ」
「何の」
第一王の目が。
レオンを射抜く。
「お前は」
一拍。
「黒の王である可能性が高い」
レオンは嫌そうな顔をした。
「勝手に決めるなよ」
第一王は表情を変えない。
「決める」
「だから」
レオンは笑った。
「それが嫌いなんだって」
一瞬。
二人の視線がぶつかる。
第一王は何も答えず。
白い光に包まれた。
そして。
消えた。
圧力も。
同時に消える。
誰かが息を吐いた。
レオンも。
ようやく肩の力を抜く。
「……帰った?」
「ええ」
セラが短剣を下ろす。
「たぶん」
「またたぶん?」
「七王相手に絶対なんて言えない」
そのとき。
ガレスがレオンを見る。
「お前」
「何?」
「今、何をした」
レオンは眉を寄せた。
「何もしてない」
「第一王の力がお前だけに効かなかった」
「俺が知りたいよ」
ガレスの目が細くなる。
レオンは鞄から《黒王戦記》を取り出した。
ページを開く。
《黒の王は、七王の力を受けない》
文字を見る。
そして。
頭の奥。
さっき感じた痛み。
門が開いたときにも。
似たような違和感があった。
「……これ」
レオンが小さく呟く。
「もしかして」
自分でも。
まだ形にならない。
ただ。
初めて。
一つの可能性が浮かんだ。
「俺の設定」
指で文字をなぞる。
「読むだけじゃなくて」
レオンはゆっくり顔を上げた。
「使えるのか?」




