1-13 『黒の王』
第13話 第一王
上階へ戻ると。
宿屋の空気は、完全に変わっていた。
怒号。
走る足音。
窓の外では、赤い光が何度も瞬いている。
「状況は」
ガレスが廊下の男を捕まえる。
「東側から侵入! 七王会です!」
「数は」
「少なくとも八!」
レオンは眉を上げた。
「八人で襲撃?」
セラが振り返る。
「人数で判断しないで」
「強いの?」
「普通なら厄介」
「普通なら?」
セラは短剣へ手をかける。
「私がいる」
さらっと言った。
レオンは少しだけ目を見開く。
ガレスが短く指示を飛ばす。
「資料を移せ。戦えない者は西から退避。対王装備も準備しろ」
「対王?」
レオンが聞く。
だが。
ガレスはもう別の構成員へ指示を出している。
セラがレオンの腕を掴んだ。
「行くわよ」
「どこに」
「安全な場所」
「この建物にある?」
「今から作る」
「頼もしいな」
走る。
廊下の角を曲がった瞬間。
壁が吹き飛んだ。
「っ!」
セラがレオンを引く。
石片が横を通り過ぎる。
煙の向こう。
三人。
白い外套をまとった男たちが立っていた。
胸元には。
七つの円。
レオンには見覚えがない。
でも。
セラの目が変わった。
「七王会」
三人が一斉にこちらを見る。
中央の男が口を開く。
「対象確認」
その視線が。
まっすぐレオンへ向く。
「……俺?」
「レオン・ハルツ」
また名前を呼ばれた。
レオンは顔をしかめる。
「最近、知らない人に名前知られすぎなんだけど」
「第一王がお前を求めている」
セラが一歩前へ出る。
「断る」
「お前には聞いていない」
男が剣を抜く。
左右の二人も続く。
レオンが小さく聞いた。
「三人、いける?」
セラは前を向いたまま答えた。
「邪魔しないで」
「答えになってない」
「なら、見てて」
次の瞬間。
セラが消えた。
「え?」
レオンの視界から。
本当に消えたように見えた。
ガキンッ!
金属音。
中央の男の剣が跳ね上がる。
「なっ――」
「遅い」
セラの短剣が男の脇腹へ入る。
浅い。
殺してはいない。
だが男の体勢が崩れる。
その横から二人目が斬りかかる。
セラは振り返らない。
身体を沈める。
刃が頭上を通過。
そのまま足を払う。
男が宙へ浮いた。
「第五式」
レオンの目が見開かれる。
「《夜哭》」
黒い閃光。
男が廊下の反対側まで吹き飛ばされた。
「……強っ」
レオンの口から漏れた。
残る一人が距離を取る。
魔力が集中する。
床に複数の光が走った。
「セラ!」
「見えてる」
光が弾ける。
炎。
氷。
風。
三方向から同時に襲う。
だが。
セラは前へ出た。
避けるのではない。
突っ込む。
「第六式」
レオンの心臓が跳ねる。
知っている。
自分が考えた名前。
「《黒閃》」
一筋。
黒い線が走った。
魔術が。
まとめて裂ける。
そのまま。
男の喉元へ短剣が突きつけられた。
「終わり」
三人。
ほとんど何もさせていない。
レオンは呆然とする。
「……お前、そんな強かったの?」
セラが振り返る。
「失礼ね」
「いや、初日にもっと教えてくれよ」
「聞かれなかった」
「そこ?」
倒れた男が歯を食いしばる。
「まだだ……!」
腕を上げる。
セラが即座に反応する。
だが。
その瞬間。
空気が変わった。
重い。
息が。
しづらい。
レオンの膝が。
わずかに沈む。
「……何だこれ」
セラの表情から余裕が消える。
短剣を握る手に力が入る。
床。
壁。
空気。
全部に。
見えない重さが乗ったような感覚。
倒れていた七王会の三人が。
一斉に頭を下げる。
「第一王……」
レオンの背筋が冷えた。
本人。
声が響く。
どこからか。
いや。
建物全体から聞こえる。
「そこまでだ」
セラが周囲を見る。
「姿を見せなさい」
返事はない。
代わりに。
圧力が増す。
ミシッ。
床が鳴った。
セラの足元にひびが入る。
それでも。
セラは立っていた。
「……これが七王?」
レオンが小さく聞く。
「そう」
セラの声は低い。
「勝てる?」
一瞬。
間があった。
「一人では厳しい」
その答えに。
レオンは妙に納得した。
セラは強い。
さっきの三人とは。
明らかに格が違った。
でも。
七王はさらにその上。
だからノクスは。
一人で戦わない。
セラが短く言う。
「ガレスたちが来るまで耐える」
「対王装備ってやつ?」
「そう」
レオンは少しだけ笑う。
「ちゃんと対抗手段あるんだな」
「三百年戦ってるのよ」
その言葉に。
ノクスの重みを初めて感じた。
怪物には。
怪物の倒し方がある。
それを。
何世代も積み重ねてきた。
声が再び響く。
「黒の王」
レオンの表情が変わる。
今度は。
はっきりと。
自分に向けられている。
「お前が何者か」
一拍。
「私が決める」
レオンは黙った。
そして。
思わず笑った。
セラが横目で見る。
「何がおかしいの」
「いや」
レオンは声のする方を見る。
第一王。
秩序。
管理。
自分の設定通り。
他人の価値まで。
自分が決めようとする。
「やっぱり」
「何?」
「こいつ、俺の設定通りだ」
圧力がさらに強くなる。
それでも。
レオンは笑みを消さなかった。
「だからたぶん」
一歩。
前へ出る。
「俺と一番、相性悪い」




