1-12 『続きを書く者』
第12話 続きを書く者
《ようやく、続きを書く者が来た》
レオンは、しばらく動けなかった。
暗い空間の奥。
白い紙が一枚だけ浮かんでいる。
風もない。
支えるものもない。
ただ。
そこにある。
「……俺?」
誰に聞くでもなく呟く。
返事はない。
セラが隣まで来る。
「触らないで」
「分かってる」
「本当に?」
「今日はちゃんと分かってる」
エルドは門の前で固まったままだ。
「三百年……」
「何?」
「三百年以上、誰も開けられなかった」
その声には。
驚きより。
恐れが混じっていた。
レオンは振り返る。
「そんな顔するなら、最初から開けさせるなよ」
「開くとは思っていなかった」
「試せって言っただろ」
「反応を見るだけのつもりだった」
「無責任だな」
セラが小さく頷く。
「それは私も思う」
エルドが二人を見る。
「……お前たち」
「冗談です」
「私は半分本気」
「セラ?」
少しずつ。
この女の扱いが分かってきた気がする。
だが。
白い紙へ視線を戻すと。
空気がまた重くなる。
《続きを書く者》
レオンには。
嫌なほど心当たりがある。
自分のノート。
途中で終わった最終章。
そして。
二十七度目の誕生日。
「これ」
レオンが言う。
「誰が書いたんだ?」
エルドは答えない。
「知らない?」
「この部屋の存在は記録にある」
「紙も?」
「ない」
レオンの眉が上がる。
「じゃあ、初めて見た?」
「ああ」
セラが周囲を警戒する。
「罠の可能性は?」
「高い」
「なら帰ろう」
レオンが即答した。
エルドが見る。
「ここまで来てか?」
「ここまで来たからだよ」
レオンは紙を指差す。
「『続きを書く者が来た』なんて、歓迎の言葉に見えない」
「同感」
セラが言う。
「珍しく意見合うな」
「珍しくは余計」
エルドは黙って白い紙を見る。
レオンは一歩下がった。
そのとき。
紙の文字が。
消えた。
「……え?」
全員が止まる。
白紙になる。
次の瞬間。
新しい文字が。
ゆっくりと浮かび上がった。
《まだ帰るな》
レオンの顔が引きつる。
「嫌すぎる」
セラが短剣を抜く。
エルドも一歩前へ出る。
さらに。
文字が増える。
《レオン・ハルツ》
空気が凍った。
「名前……」
セラが呟く。
レオンは返事ができなかった。
さっきまでなら。
黒の王。
ノクス。
七王会。
全部。
自分が昔書いたものだった。
だから。
どこかに逃げ道があった。
偶然。
昔どこかで見た。
忘れているだけ。
でも。
これは違う。
今。
目の前の紙が。
自分の名前を書いた。
「エルド」
レオンは紙から目を離さない。
「これ、昔からある記述じゃないよな」
「ああ」
「今、書かれたよな」
「ああ」
「誰が?」
エルドは答えなかった。
答えられない。
紙に。
また文字が増える。
《お前は、まだ結末を書いていない》
レオンの喉が鳴った。
セラがこちらを見る。
「最終章のこと?」
「たぶん」
レオンはノートを強く握る。
最終章。
未完成。
続きを書いていない。
誰が。
それを知っている?
「……これ」
レオンが呟く。
「俺のノートを知ってる奴がいるってことか?」
「可能性はある」
エルドが答える。
「でも」
セラが紙を見る。
「どうやってここに?」
誰も分からない。
その瞬間。
さらに一文。
《続きを書け》
レオンの顔から。
表情が消えた。
「嫌だ」
即答だった。
紙は何も返さない。
「誰か知らないけど」
レオンは白い紙を睨む。
「こんなことされて、はい分かりましたって書くと思うか?」
沈黙。
数秒。
十秒。
何も起きない。
レオンは鼻で笑う。
「ほら」
その瞬間。
文字が現れた。
《書かなくても、物語は進む》
笑みが消えた。
昨日。
自分で言ったばかりだ。
俺が書かなければ止まるとも限らない。
俺が知らないところで。
もう話が進んでいる可能性だってある。
まるで。
それを聞いていたように。
レオンは紙へ近づいた。
「お前」
セラが腕を掴む。
「近づかないで」
「大丈夫」
「何が大丈夫なの」
「知らない」
「なら止まって」
正論だった。
だが。
レオンは紙から目を離せない。
「質問していいか?」
返事はない。
「お前は誰だ」
白紙。
「黒の王を知ってるのか」
何もない。
「七王会は?」
変化なし。
「ノクスは?」
沈黙。
レオンは眉をひそめる。
「都合悪い質問は無視かよ」
セラが呆れたように見る。
「紙に文句言う人、初めて見た」
「書いてくるなら会話できるだろ」
そのとき。
紙に。
一文字。
また一文字。
ゆっくりと浮かぶ。
《七王は》
止まる。
レオンたちは待った。
続き。
《もう動いている》
直後。
上階から。
爆発音が響いた。
ドンッ!
地面が揺れる。
埃が落ちる。
セラの顔色が変わった。
「襲撃?」
エルドが門へ走る。
「上へ戻るぞ!」
三人が振り返る。
そのとき。
レオンだけが。
もう一度。
白い紙を見た。
最後の一文が追加されている。
《第一王が、お前を探している》
レオンは小さく息を吐いた。
「……次は第一王かよ」
さっきまで。
七王会は遠い存在だった。
でも。
もう違う。
一人目が。
こちらへ向かっている。




