冥府の役人 小野篁(四)
翌朝。
冥府から再び地上へ戻った篁は、昨夜、巫女から聞き出した話をもとに、彼女を屋敷へ招いたという貴族について調べさせた。
ほどなくして、その素性が明らかになった。
その男は、都の片隅に屋敷を構える下級貴族の老人だった。
かつては妻がおり、息子夫婦もいた。
決して裕福な家ではなかったが、家族に囲まれ、穏やかに暮らしていたという。
だが、妻に先立たれ、その後、息子夫婦までも相次いで亡くした。
老いた男に残された肉親は、幼い孫娘ただ一人となった。
老人はその孫娘をたいそう可愛がり、孫娘の成長だけを心の支えにして暮らしていたらしい。
ところが――。
その成長した孫娘までもが、この世を去った。
「なるほどな……」
報告を聞きながら、篁は静かにつぶやいた。
老人は孫娘の死を受け入れることができなかった。
せめて、もう一度だけ会いたい。
もう一度、その声を聞きたい。
そんな思いから、死者の魂を呼び寄せることができるという巫女の噂を聞きつけ、屋敷へ招いたのだという。
そして、孫娘の口寄せを頼んだ。
だが、篁はすでに知っている。
あの巫女には、死者を呼び寄せる力などなかった。
霊力があるように装い、死者の言葉を伝えるふりをして、遺された者から銭を得ていたにすぎない。
そして、その偽りが老人に知られた。
動機はある。
巫女が殺されたのも、老人の屋敷を訪れた後だった。
疑うには十分だった。
しかし――。
「証がない、か」
篁は眉を寄せた。
老人が巫女を殺したところを見た者もいない。
巫女が老人を騙していたことも、死人である巫女本人から聞いた話にすぎなかった。
まさか、
――冥府へ行き、殺された巫女本人から聞いた。
などと、検非違使の調べで申し立てるわけにもいかない。
篁は小さく息を吐いた。
冥府ならば、死者に問えばよい。
だが、ここは人の世だ。
人を罪に問うには、人の世の証が要る。
「さて……どうしたものかな」
篁は腕を組み、しばし考え込んだ。
◇
そして、その後直ぐに再び殺人が起きた。
三人目の巫女の亡骸とともに残されていた、呪詛の言葉と『東』の一文字が記された紙も発見された。
篁には、それが何を意味するのか分からなかった。
陰陽道の術なのか、それとも巫女たちが用いる呪法なのか。
篁には判断がつかなかった。
「分からぬものを、いつまでも眺めていても仕方あるまい」
篁は再び冥府へ戻ることにした。
死人に話を聞く。
生者にはできぬ、篁ならではの捜査だった。
冥府へ戻った篁は、新たに殺された巫女を捜し出した。
先に話を聞いた巫女とは違い、今度の女にはそれなりの霊力があったらしい。
そのためなのか、死んで間もないからなのか、生前の記憶もはっきりと残っていた。
篁は単刀直入に尋ねた。
「お前を殺した者を覚えているか」
巫女は迷うことなく答えた。
「橘宗成様でございます」
「やはり、橘宗成か」
篁は目を細めた。
予想していた名だった。
だが、これで新たな疑問が生まれる。
なぜ宗成は、次々と巫女を殺したのか。
篁は懐から、現世で見つかった紙を書き写したものを取り出した。
「では、これを見てくれ。何か分かるか」
それを見た巫女の顔色が変わった。
「これは……呪詛にございます」
「やはり呪詛か」
「はい。それも、人を死に至らしめるためのものです」
篁の表情が険しくなった。
「詳しく話せ」
巫女はしばらく紙を見つめた後、静かに語り始めた。
「呪いたい者の屋敷を囲むように、東、西、南、北。それぞれの方角に供物を置き、呪詛の言葉を記した紙を添えるのでございます」
「四方を囲むのか」
「はい。そして、四方すべてが揃えば、その屋敷に住む者へ災いが降りかかる。やがて命を奪うほどの呪いになると伝えられております」
篁の脳裏に、都の地図が浮かんだ。
三人の巫女の亡骸。
それらを結んだ先にある屋敷。
そして、遺体が発見された位置。
「……では、あの亡骸達は」
篁がつぶやくと、巫女はうなずいた。
「おそらく、供物として使われたのでしょう」
「人を供物にか?」
「本来、そのような呪詛には獣などを用います。人を使うなど、尋常ではございません」
巫女は声を落とした。
「人の命を供物とすれば、それだけ強い呪詛となります。それほどまでに強く、相手の死を願っているということでございましょう」
それを聞いて篁は黙り込んだ。
ようやく意味が分かった。
巫女たちは、ただ殺されていたのではない。
殺された場所そのものに意味があったのだ。
東。
南。
北。
その中心にあるのは、どこぞの貴族の屋敷。
篁は顔を上げた。
すでに人が殺されている。
そして、目の前にいる女が三人目。
もし、この女も同じ呪詛のために殺されたのなら――。
「あと一人……」
四方を完成させるためには、もう一人必要になる。
篁は踵を返した。
急がなければならない。
次の巫女が殺されれば、四方の呪詛が完成してしまうのだ。




