聖騎士は想いを告げる(side アルベルト)
「――リゼルが選ばれなければ、ひとまず問題ない、のか……?」
冷静になってから、そう思い直した。
神はシャロンを気に入っているそうだし、花嫁は決まりと言ってもいいだろう。
神とまともに話ができるほど神力のある神官は、今までもいなかったらしい。
シャロンも聖堂で祈りを捧げる時に短時間しか意思疎通ができないそうだが、それでも神域の外で会話が出来る巫女は、神にとって大切な存在だろう。
亡くなった家族に会えるかもしれないというリゼルには悪いが、アルベルトだって諦めがつかない。
リゼルが選ばれなければ、猶予ができる。
きっとそうなる。
そう思いながら、胸騒ぎは消えなかった。
リゼルのことを話すと、シャロンも愕然としていた。
「リゼルがそんなことを……」
「取り敢えず伯爵家を潰そうと思う」
「それは花嫁選定の後指示してあるから、不要よ。リゼルみたいな有用な子を大切にできない、無能はいらないもの。元々忠誠心も薄い割に欲張りな一家だったから、我が家にとっても煩わしかったし」
「……さすが……」
元々、リゼルが具体的に伯爵家でどんな扱いをされていたのかは聞いていないが、全くもって恋しがらないことから、仲は良くないのだろうとは思っていた。
神殿でのリゼルは懸命に日々を生きていて、時折しか会えなくても元気でいてくれたら良いと思っていた。
権力がほしいと思ったことはないが、もし自分が実家の長男や公爵家の人間だったら、もっと早くにリゼルの憂いを取り除けたのではないかと思ってしまう。
――その場合、聖騎士になることはなく、リゼルと出会えなかっただろうけれど。
つまり自分の無能さが情けなくてシャロンが羨ましい。
「……それにしても、親が恋しいと言われれば口出ししにくいだろうけど……もう少しうまく引き留められなかったの?」
「う……」
「神殿だと誓いに触れるなら、もういっそ、攫ってしまえば良いのではない?」
「……巫女が誘拐を助言するなよ……」
「駆け落ちでしょう、駆け落ち。リゼルの両親と同じ」
「俺のことを切り捨ててしまえるなら、リゼルは別に、俺を――」
好きじゃないんだろう、とは言いたくなかった。
認めたくなかった。
『アルベルト様』
いつも親しげに微笑みかけて、色んな話をしてくれたのは――自分だからだと思っていたのは、自惚れだったのだろうか。
「………」
「好きなら形振り構ってる場合じゃないでしょう?」
「そうだけど……」
「――まあ、明日花嫁選定に入れば、選ばれるのは私でしょうから、その後でもいいけれど……」
避けられているのか、あれ以来、アルベルトは全くリゼルに会っていない状態だ。
「あなたが話をした後だと思うけれど、リゼル――泣きそうな顔してたわ」
「!?」
「だから、早く決意したら? 必要なら、お膳立てしてあげるけど」
「………おねがいします……」
シャロンのやれやれと言いたげな表情に、ついイラッとしてしまった。
つい、こんなのが嫁で神は本当に良いのだろうか――と思ったからか。
シャロンだけでなく、リゼルに神紋が出た時は愕然とした。
シャロンも笑顔で凍りついていた。
思わず二人でリゼルの左手を凝視してしまい――少し怯えたような顔をさせてしまったけれど、仕方ないだろう。
「……シャロン嬢、神は……二人も娶るって?」
「そんなこと聞いてないし許さないわ」
空気が凍ったようだった。
シャロンは笑顔のまま激怒している。
「何を考えていらっしゃるのか今すぐ問い質したい所だけれど、その結果、私が何を言っても、神殿側は証拠がなければ受け入れられないでしょうね」
「……そうだね……」
「騒然としていて聖堂にも暫く行けそうにないし、直接確認しに行くわ」
「――当日?」
「ええ。何とかリゼルの前に行くことにするから。アルはまず、リゼルともう一度話をした方がいいんじゃない?」
「ああ……」
はあ、とため息を吐いた途端、背中をベシッと叩かれた。
「ほら、背筋を伸ばして! 聖騎士の名折れよ!」
「そうだよな……」
「二人だけで話を出来るようにするから」
「ありがとうございます……」
年下の少女に頼る他ない自分にまた、ため息が出るアルベルトだった。
◇ ◇ ◇
――花嫁候補が神域へ向かう前日の、夜。
これがばれたら聖騎士の身分は剥奪されるだろうな、と思いながら、アルベルトは巫女たちの住処である建物の中庭に忍び込み、リゼルの部屋の外に立っていた。
シャロンの手引きで、見回りがいない時間を見計らって来ていた。
緊張で落ち着かない。
すう、と息を深く吸って、吐く。
どうやって声を掛けよう――そう思った途端、リゼルの部屋の木窓が開いた。
「……リゼル」
思わず名前を呼べば、ぱっとこちらを見たリゼルと目があった。
「あ、アルベルト様!?」
リゼルの、聞いているだけで元気が出るような声が好ましい。
少し見上げた先で、温かみのある柔らかな茶色の髪と同じ瞳をずっと見ていたい。
――けれどその目に、月光が宿って、どこかいつもと違う近寄りがたさを感じた。
驚いたように目を丸くしている表情も、小リスみたいでいつものように愛らしいのに。
ああ、今日も世界で一番可愛い。
――そして、自分を置いていくのなら、世界で一番、残酷だ。
窓から身を乗り出しかけて止まったリゼルに、警戒させてしまったなと、話しかける。
「――ごめん。規則破りなのはわかってるけど、どうしても聞きたいことがあって。……これ以上近寄らないから、そのまま聞いてほしい」
「な、なんですか……?」
「――本当に、神の花嫁になるつもり?」
「え?」
――不思議そうにしないでくれ。
ぐっと拳を握る。
「リゼルが望むなら――逃げ出したいなら、手伝うよ」
君がそう言ってくれるなら、俺は。
「何言って……」
「聖騎士の位を剥奪されたっていい。君が望むなら――」
「アルベルト様っ」
リゼルの押し殺した叫び声に、ぴたり、とアルベルトは言葉を止めた。
リゼルは、少し目を伏せて言う。
「……努力して聖騎士になられたんでしょう?」
「リゼル……」
「私の為にそれを手放すなんて言われても、嬉しく、ないです」
「………」
そんな風に俺を思って言ってくれる言葉がどれだけ嬉しいか。
そして、どれだけ切ないか。
(――俺は君さえいれば、他には何もいらないくらいに好きなんだよ)
他の何よりも、君のことが大事なんだよ。
言えない想いだけが、胸に溜まっていく。
初めて会った時から、リゼルは変わらない。
自立心旺盛で人を思いやる気持ちを持っていて――代わりに、誰にも頼らない。
「誰かに見られたら大変です。早くお帰りください」
「……そうだね……」
ここまできっぱり言われたら、心が折れる所だろう。
でも、どうしても。
――俺は、君をあきらめたくない。
「――じゃあ、もし。もし、神の元から逃げ出したくなったら教えてくれないか」
「え……」
思わずといった様子で、リゼルが目線を合わせてくれた。
それだけで、嬉しくなってしまう。
「助けが必要なら、必ず迎えに行くから」
「……アルベルト様……」
言葉をなくしている様子のリゼルに、しまったな、と思う。
自分でも未練がましいことを言っている自覚はある。
困らせたいわけではない。
でも、『誰かに』ではなくて、アルベルトは『リゼルに』助けを求めてほしかった。
他の誰でもない、リゼルだけに。
「……ごめん。困らせたね。――もう行くよ」
「あ……」
窓際から離れる。
これ以上ここにいたら、自分が何をしでかすか、わからない。
誓いを破れば彼女にも害が及ぶかもしれない。それくらい、聖騎士になる時の神への誓いは強いものだと聞いている。
「――アルベルト様」
窓から出されたリゼルの手には、あの日見つけた指輪がチェーンごと握られていた。
「これを、良かったら持っていてくださいませんか。不要なら処分して頂いて構いません」
「これは、君の――」
「神域には、身一つで向かうと伺いましたから。もし、よければ」
「……わかった」
リゼルの母親の形見だと聞いたものだ。
そんな大切なものを預けてくれるなんて――と、胸に一筋の希望が灯った。
リゼルの中の自分は、その他大勢とは違うのではないか、と。
「預かっておくから――いつでも、受け取りに戻ってきて」
「え?」
「あんまり遅いと、俺が君の所まで届けに行くよ」
ぽかんと口を開けたリゼルに、アルベルトは笑ってしまった。
君の大事なものを勝手に処分するはずがない。
正式な持ち主の元へ届けることの何が悪いのか。
「気をつけていってくるんだよ、リゼル。――おやすみ」
神がリゼルを必要だと言っても。
アルベルトはリゼルを迎えに行く。
花嫁候補が神域についた後のことは誰も知らない。
けれど、アルベルトは何故か確信していた。決めていた。
何があっても、どこにいても、どれだけ時間がかかっても――必ずリゼルの下へ辿り着くと。
◇ ◇ ◇
翌朝。
早朝からシャロンとリゼルは神域へ向かった。
当然、聖騎士で護衛であるアルベルトとリゼルの護衛も同行していた。
宣言通り、シャロンがリゼルより先に向かうことになっていることには脱帽する。
「……それで、昨日はうまくいかなかったの?」
ぼそりと半歩前を進むシャロンが呟いた。
「――ええ。でも、代わりにこれをもらいました」
懐にひそませたリゼルの大切な指輪を見せて、まっすぐに答える。
「神がどうしてもリゼルをお側にと言われても、シャロン様はお嫌でしょうし。リゼルにこれを返す為にも、ちゃんと迎えに行きますね」
「……アルって本当、何というか……ヘタレかと思いきや、変に肝が据わってると言うか……ちゃっかりしてるわよね」
「はい?」
「いえ、何でもないわ」
何やら聞き慣れぬ言葉が聞こえたけれど、どういう意味だろうか。
何でもないというなら、別に良いけれど。
あなたリゼルと出会ってからかなり性格変わったわよね、と言われたが、褒め言葉として受け取っておく。
神の住まう湖に続く小道の手前にある門の前で、シャロンと別れを告げた。
ここから先は、神の領域。
男子禁制で、巫女以外の出入りは制限されているのだ。
「アルベルト。世話になりました」
「こちらこそ。シャロン様も、どうぞご健勝で」
「――必ず、リゼルは無事に戻るように説得するわ。だからあんまり無茶しないでよね」
「……あんまり遅いと約束できかねますねー」
「アルったら……」
呆れたように言うシャロンの顔を見て、アルベルトは一礼した。
「リゼルのこと、よろしくお願いします。――シャロン嬢も、幸せになってくれ」
「……当然よ。ありがとう」
妹の門出を祝う兄のように、少ししんみりとした雰囲気で、凛としたその背を見送る。
あっさりとした別れだったが、不思議と、二度と会えない気はしなかった。
アルベルトがリゼルを迎えに行けば会うだろうとも思うけれど、シャロンなら何だか、ひょっこりと「里帰りよー」なんて帰ってきそうで。
シャロンの後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、門前に控える。
聖騎士は花嫁を見送った後、神から無事に届いたと連絡があるまでその場で待機するのだ。
特に今回は、もう一人いるのだから。
そうして、リゼルがやってきた。
神の花嫁としての正装に身を包んだ姿のリゼルは、美しかった。
いつもの巫女服より少し位の高い意匠で、精緻な刺繍が所々施されていて、華美ではないのに目を奪われる。
自分との婚礼衣装であればどれほど嬉しかっただろうか、と胸が痛んだ。
リゼルが自身の護衛騎士に向き合って、今までありがとうございました、と挨拶している。
丁寧に挨拶を返す同僚を見る自分の目はきっと、嫉妬を隠せていないだろう。
(……俺が一番側でリゼルを護りたかった)
神の花嫁にさせるのは嫌だが。
じっと見つめていたため、リゼルと目が合う。
互いに言葉はなかった。
けれどアルベルトは強く強く、昨日のことを思い出しながら見つめる。
あまりに視線に熱を込めすぎたのか、頬を染めたリゼルがぱっと目をそらした。
(……可愛い)
やっぱり可愛すぎるので、シャロンの『攫ってしまえば』という言葉が脳裏を過ったけれど、根性で我慢した。
道を進むリゼルの背中をじっと、見送る。
その背が見えなくなってもひたすらに道の先を凝視するアルベルトに、同僚が気の毒そうな視線を向けてくる。
あまりに嫉妬していたので、アルベルトが向けるリゼルへの想いに気付いている数少ない男だ。
大方アルベルトが失恋したと、かける言葉が見当たらないのだろう。
寡黙だが善良な人物だった。
自分よりよほど聖騎士として相応しいだろう。
それでも彼が口を開いた気配がした瞬間――
「っ!?」
二人でばっと神域の方を凝視した。
「今……何か」
何かただ事でない物音と気配がした気がする。
思わず門の先へ足を踏み出しかけたアルベルトの腕を同僚が掴む。
「おい――!」
『アルベルト! そのまま行って!』
ビリビリと雷が降るように、脳に叩きつけるような『声』が聞こえた。
それは同僚も同じだったのか、ぎょっとした様子で手の力が弱まる。
――間違いない。シャロンの声だった。
普段よりもはるかに、神々しい力に満ちた、声。
「神託……?」
同僚がぽつりと呟いた声に反応する余裕はない。
『リゼルが神域の外の森に落ちたの! 早く助けに行って! 今だけ通行を許すと神も仰せよ。指輪に道を示させるわ!』
矢継ぎ早に下される声に、落ちた、の所で走り出していた。
混乱している同僚を置いて、禁を破り、門の向こうへと。
――リゼルのもとへと。
「リゼル……!」
異常のある所が見回しながら、全速力で走る。
魔物の討伐で鍛えられた動体視力が物を言った。
湖のすぐ側に滑落の跡を見つけて、躊躇わずに道を外れた。
斜面を半ば落ちるように走り下りながらも、いつでも止まれるように意識を配る。
枝葉であちこち擦れ、切れても気にしていられない。
「リゼル! どこだ!」
木の枝が折れた跡を見ながら追っていたが、森の中だ。
どこまで落ちたのだろうか。
怪我は。
こんな暗い森の中で一人だなんて。
焦燥感に支配されながら、辺りを見回し――ふと、自分の胸元からぼんやりした光が出ていることに気がついた。
取り出すと、ある一点を示すように薄っすらと光の線がどこかへ続いている。
「――こっちか……!」
指輪が道を示す、とは言葉通りだったようだ。
息を切らせて向かった先で、アルベルトは天使の声を聞いた。
「アルベルト……すき……」
幻聴かと思うほど小さな、震える声。
心臓が歓喜に震えた。
(リゼル――!)
すぐそばだと足に力をこめたその時、聞き慣れた低い不快な唸り声を聞いた。
「アル……!」
恐怖に震える愛しい人の声に、邪魔者への怒りが頂点に達して全力で滅したのは仕方がないと思う。
一撃で切り裂いてから、もう少し細切れにすれば良かったと思ったけれど、いつまでも魔物にかまけていられない。
「――リゼル」
「……え……?」
名前を呼ぶと、リゼルはぎゅっと瞑っていた目を、おそるおそる開けた。
大好きな茶色い瞳がしっかりとこちらを見ていてほっとする。
――良かった。生きてた。
自分の目線の高さ位の低木の上に、リゼルはすっぽりとはまっていた。
ひとまず命に関わる様子がなくて、良かった。
つい、昔のことを思い出してしまった。
「……木に登ったら駄目だって、言ったよね……っ?」
「――アルベルトさま……っ」
思った以上に無理をしていたようだ。
今更ながらに息が上がる。
汗だくな上、服はぼろぼろでみっともないだろう。
好きな子に見せたい格好ではない。
でもそれより。
「はぁ、間に合って……良かった……」
「な、んで……?」
魔物がサラサラと砂のように崩れていくのを視界の端にとらえながら、アルベルトは剣を振っておさめ、リゼルの方に向き直った。
――何でも何も。
(君の為なら、どこへだって行くよ)
「……足を踏み外して落ちた? 頭は打ってない?」
「頭はそこまで痛くないです……踏み外したと言うか……」
一瞬言い淀んだけれど、リゼルは険しい表情で言った。
「押されました。元巫女見習いに」
「――――そう」
アルベルトはすっと表情を消した。
殺そう、と思った。
ただ殺すだけでは生温い。
生き地獄を味わわせてやる――と、そんな不穏な空気を感じたのか、リゼルから怯えた気配がした。
「あ、の」
「ああ、ごめん。今はひとまず戻ることが先決だね。痛いかもしれないけど、降ろすね」
気持ちを切り替えて、リゼルに近寄り、そっと、慎重に降ろす。
どこに怪我をしているかわからない。
そのまま、胡座をかいて座り、横抱きにしたリゼルの怪我を検分する。
柔らかい髪も細い手足も、こんな形で触れることになるとは思ってもみなかった。
何とか理性を保ち、傷を調べる。
「――うん。外傷はあまりないみたいだ。神のご加護のおかげかな。軽い打ち身程度ならいいけど……あまり動かさない方がいい。ここで応援を待とう」
「こっ、ここで……?」
怯えた声にそうか、と思い至る。
「魔物のことなら大丈夫。これでも聖騎士ですから」
虫一匹赦しませんから、と脳内で呟く。
「ひぇ……! あ、あるアルベルトさま……!?」
「ん? なに?」
恥ずかしそうに戸惑うように呼ぶリゼルが可愛い。
思いっきり抱きしめたいけれど、相手は怪我人と堪えた。
「あの、何で……ここに……そ、そういえば。シャロン様は……」
頬を染め、身を捩って視線を彷徨わせるリゼルの潤んだ目尻に口付けたい気持ちを必死に抑え込む。
「――そんな顔、しないで」
ふう、とため息をついてしまった。
『そんな顔って、どんな顔?』と顔に書いてあるけれど、純粋培養と言っていいリゼルにも知ってもらいたいものだ。
――男は、普段気の強い女性が弱っている姿に弱い。それが惚れている相手なら尚の事。
アルベルトがどれだけ鉄の意志で我慢しているのか、いつか思い知らせてやりたいものだ。
「……シャロン様は、無事に神域に着いて、神の元に行かれたようだよ。君のことを心配して、教えて下さったんだ。――これを通して」
「へ……?」
間の抜けた声すら可愛い、と思う。
アルベルトが懐から取り出した指輪をきょとんとリゼルが見つめている。
彼女の左手の神紋も、一緒にほんのりと光っていて、すうっと光が消えていった。
リゼルは驚いたように瞬きを繰り返している。
「……後にも先にも、あんな風に神託を経験した聖騎士は俺だけじゃないかな。神といっても、シャロン様の声だったけどね」
頬ずりしたいなと思いながら、事の成り行きを説明する。
「滑落した跡は分かったから追いかけてきたんだけど、最終地点がわからなくて、探してたら……君の声がした」
「こ、こえ……?」
「アルベルト、って呼んでくれたね。アル、とも」
「!!!」
「――好き、とも」
「っすみません! あの、私」
「嬉しかった」
「え?」
「嬉しかった。ありがとう。絶対に撤回は聞かない」
「……ええ……?」
混乱しているリゼル。
もう離さない。
君から想いを告げてくれたから、ようやく俺も言える。
撤回なんてさせない。
それに、ここは神域の外だ。
これまで溜め込んだ愛の言葉を、アルベルトはこれでもかと伝えた。
不服そうにシャロンについての過去の発言のことを尋ねられたけれど、それでようやくリゼルがあれこれ勘違いしてたらしいことを知る。
思い込みが激しくて、意地っ張りで――なんて愛しい人だろう。
腕に抱え込んで、念願の頬ずりをして。
固まったリゼルが愛しすぎて。
ああもう、早く結婚したい。
求婚しながらアルベルトは、それしか考えてなかった。
「リーゼロッテ……」
何度も何度も真名を呼ばれて照れていたリゼルが、諦めたように遠くに視線を向けてもひたすらに、宝物を愛で続けた。時折嫉妬と恨み言と注意を混ぜながら。
同僚が仲間を率いて助けにやってくるまで、ずっと。
神はシャロンの話し相手としてリゼルを迎えたかっただけらしく、リゼルは新しく『神託の巫女』に就くことになった。
そして、アルベルトは念願の、リゼルの護衛騎士となることができた。
――元々の護衛の聖騎士と共に。
不満だが、アルベルトはもうすぐリゼルの夫になる身。
終わりの決まっていない役目にはアルベルトだけでなく、他の聖騎士が交代で護衛につく方が良いと言われれば諦めはつく。
伯爵家とはアルベルトだけでなく、神殿側からも絶縁させた。
そもそも神殿や上位貴族家に睨まれてやっていけるほどの気概もなかったので、様々な余罪も発覚し、あっけなく男爵にまで没落した。
前伯爵は引退し辺境の小さな村に押し込まれ、跡を継いだ息子もぱっとせず、孫娘に至っては縁談がなくなり、そのうち男爵位すら返上しかねない様子だという。
殺人未遂の元巫女見習いは貴族令嬢としてやっていけない汚名を被り、神殿からも破門され、実家からも疎まれて市井に落とされたそうだ。
その後の行方はわからない、とされている。
『神域には神様と花嫁しかいないから両親には会えないわ。黄泉の国とは違うの』とシャロンに言われたリゼルは、
「叶わない恋から逃げたかっただけで、言い訳でした」
とあっさり納得していたので、アルベルトも安堵したものだ。
「はあ……早く結婚したい……」
「アルベルト様って、もしかして、甘えたがりですか?」
「うーん……そうだね、リゼルには甘やかしてほしいかも。でも俺も甘やかしたい。どろどろに」
「どっ……」
「ねえ、また敬語になってるよ。名前も」
「う、ごめんね……あ、アル……」
いつまでも恥ずかしがる婚約者が可愛すぎて辛い。
結婚式まで後少しだが、待ち遠しくて仕方がない。
早く合法的にリゼルを手に入れたい。
我慢し続けた分多少箍が外れている自覚はあるけれど、ついついリゼルに愛を囁き、甘やかしてしまう。
君に出会えた奇跡を、共にいられる喜びを、今日も噛み締めている。
リゼル。
生まれてきてくれてありがとう。
これは、恋を告げられなかった聖騎士が、最愛の巫女と愛を実らせたお話。
お読みいただきありがとうございます。
アルベルト視点でした!
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