第2話 大切
「ひっ……!」
剣を砕かれた男は、佳果のオーラに気圧されて後ずさる。その隙をついて、彼は傍観している三人のほうへと駆け出した。
「うぉっ!? こ、こっちへ来るんじゃねぇ!」
「兄貴ィ! お助けぇ~!!」
「あひゃぁ~!」
うろたえながら男たちは短剣やこん棒、弓を構えた。佳果はそれらをパンチや回し蹴りで次々と破壊してゆく。
彼らの包囲がとけたところで、「つかまれ!」とおばあさんに背中を向けておんぶを促す佳果。そのまま林の中へ走り去る二人の後ろ姿を、男たちは呆然と眺めることしかできなかった。
◇
「ふぃー」
池のある、ひらけた場所に出る。息を整えながらおばあさんを丁寧におろすと、彼は申し訳なさそうに言った。
「すまねぇ、ばあさん。本当はもっと上手くやるはずだったんだけどよ」
「いえいえ、何をおっしゃいますことやら。助けていただきまして、心から感謝します、お兄さん」
「よしてくれ。しかし、あいつらは一体なんだったんだ?」
「わかりません……ただ、おそらくはこれを奪おうとしていたのでしょう」
おばあさんはキラリと光る石を空にかざした。深い紫色に、繊細な模様。反射すると、他の色が混ざったように見える。複雑な美しさを放つ、いかにも貴重そうな代物だ。
「宝石か」
「ええ。私の大切なものです」
「……そうか。盗られなくてよかったな」
目を細める佳果に、おばあさんはにっこりとほほえみ返した。そうして優雅にお辞儀すると、再度お礼を述べる。
「本当にありがとうございます。申し遅れましたが、私はフルーカ。あなたのお名前は?」
「ああ、阿岸佳果ってんだ。ばあさん外国の人だったのか。どうりで目鼻立ちが整っているわけだ……日本語もペラペラだし、かっけぇな」
一瞬、フルーカは目を見開いた。しかしすぐに元の笑顔に戻り、しみじみとした声色で返答する。
「まあ、お上手ね。……では佳果さん、お礼と言ってはなんですが、ぜひこれを受け取ってくださらないかしら」
そう言ってフルーカは宝石を差し出す。佳果は目を点にした。
「おいおい、いま大切って言ってたじゃんか。ダメだぜ、俺みたいな輩に……」
「いいえ、あなただからこそお渡ししたいと思ったのですよ? ……どうか、輩などとご自身を卑下なさらないで」
フルーカの澄んだ眼差しに損得勘定はなく、純粋な感謝の気持ちがこもっていた。佳果は受け取るべきではないと思う一方で、ここで拒むのも、なにかが違うような気がした。恐る恐る宝石を手にとって、彼は頭をかく。
「その……じゃあ、預かるってのはどうだ? やっぱこういうの、俺には似合わねぇと思うしさ……返して欲しくなったらすぐに返すから、そん時は遠慮なく言ってくれよ」
「ええ、ええ」
満足そうにうなずくフルーカ。彼は照れくさくなったのか、そっぽを向きながら続けた。
「そ、それよかばあさん、怪我してんだろ? 家まで送るから、もう一度おぶって――」
振り返ると、そこにおばあさんはいなかった。
彼は唐突に、夕鈴の部屋で立ち尽くしていた。
「っ……!?」
まるで、先ほどまでの光景がすべて幻だったかのような静寂。
『チュートリアルが完了しました。以降、ご不明な点がございましたらヘルプをご参照ください。なお、ヘルプは口頭で検索することも可能です』
不意に鳴り響いたアナウンスにより、佳果は我に返った。
(そうか、さっきのはゲームの……なら、ばあさんもあいつらも、本当は……)
佳果の手のひらで、フルーカから受け取った宝石が光っている。無言でそれを見つめる彼の横顔は、少し寂しげだった。
そして急に、視界のはしでウィンドウが開く。
《"太陽の雫"を入手しました。インベントリに入れますか? はい いいえ 》
「インベントリ……? なんだそりゃ」
《ヘルプを参照します。インベントリとは、アイテムを管理するための倉庫に当たります。あなたにとって最もわかりやすい言葉で説明する場合、"どうぐぶくろ"と同じものです》
("どうぐぶくろ"……そういや、ガキのころ夕鈴がやってたゲームにあったっけな、そんなやつ。つーかこれ、俺の記憶でも読んでやがんのか? 返事も自動でやってるっぽいし、普通にやばすぎんだろ……)
佳果の家は貧しいため、機械のたぐいとは縁がなかった。ゆえにその手の話は詳しくないのだが、少なくともこのゲームが異常に高いテクノロジーでつくられていることだけは、無知な彼であっても理解できた。
(……まあいいか。んで、この宝石を倉庫にしまうのかって意味だよな。ひとまず、"いいえ"っと)
大切なものは肌身離さずに――彼の信念はアナログだった。
"いいえ"にタッチすると、次のメッセージが表示される。
《これよりゲーム本編を開始します。最初の町へ転移しますか? はい いいえ 》
"はい"を押す直前、彼はふと思った。このまま進みたいのは山々だが、よく考えると、自分はいま夕鈴の部屋にいるのだ。そして、もう数十分はゲームをプレイしているであろうこの状況。
「やっべ! "いいえ"っと……! なあ、一旦やめさせてくれないか!?」
《承知しました。それではログアウトします。お疲れさまでした》
ブーンと下がる音がして、気がつくと佳果はヘルメットをかぶった状態で床に座っていた。
「帰ってきたのか……?」
景色が変わらないため混乱してしまうが、ここは間違いなく現実世界のようだ。アバターは見えなくなっているし、格好も元の学ラン姿にもどっている。
彼がヘルメットを取り外して立ち上がると、ちょうどそこへ夕鈴の母親が入ってきた。
「佳果君、よかったらご飯食べてく? ……あら、それ」
「あ、すんません、勝手に触っちゃって」
「ううん。そういえばあの子、すごく大切にしてたっけ……そのゲーム機」
「そうなんすか?」
「ええ、少しでも気晴らしになればと思って買ってあげたんだけど。よほど気に入ってくれたのか、ご飯のときはいつもそのゲームの話をしていたわね……といっても、それ以外はあなたの話ばかりだったけど」
「な! あいつなに考えてんだ……」
赤面する佳果の態度がおかしくて、夕鈴の母はくすくすと笑った。しかしすぐ真面目な表情に戻り、彼にとある提案を持ちかける。
「あのね、佳果君。そのゲーム機、貰ってくれないかしら?」
「え?」
「ここに置いといても、きっとあの子は喜ばないと思うの。もしあなたが大事にしてくれるなら、それに越したことはないわ」
「で、でも俺みたいな……」
瞬間、佳果はフルーカの言葉を思い出した。
"ご自身を卑下なさらないで"。
夕鈴の母も、あの時のフルーカと同じ目をしていた。彼は少しうつむいてから、不器用に、はにかんで答える。
「……いや、わかりました。絶対大事にするっす」
「ありがとう! じゃ、それ持って下においで。今日はカレーを作ってあるのよ」
「マジすか! いただきます!」
夕鈴の母は笑顔で部屋を出ていった。あとを追う佳果は、手元のヘルメットに刻まれた『ASTER SOUL』の文字を見ながら思った。
(同じ日に、二つも大切なもん託されるなんてな。俺にどこまでやれるかはわからねぇが……守ってみせるから、待ってろよ――夕鈴)
お読みいただきまして誠にありがとうございます!
佳果君、本当に不良なんか……?
と思った方がいらっしゃいましたら、
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