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第2話 大切


「ひっ……!」


 剣を砕かれた男は、佳果(よしか)のオーラに気圧(けお)されて後ずさる。その隙をついて、彼は傍観している三人のほうへと駆け出した。


「うぉっ!? こ、こっちへ来るんじゃねぇ!」


「兄貴ィ! お助けぇ~!!」


「あひゃぁ~!」


 うろたえながら男たちは短剣やこん棒、弓を構えた。佳果はそれらをパンチや回し蹴りで次々と破壊してゆく。

 彼らの包囲がとけたところで、「つかまれ!」とおばあさんに背中を向けておんぶを(うなが)す佳果。そのまま林の中へ走り去る二人の後ろ姿を、男たちは呆然と眺めることしかできなかった。



「ふぃー」


 池のある、ひらけた場所に出る。息を整えながらおばあさんを丁寧におろすと、彼は申し訳なさそうに言った。


「すまねぇ、ばあさん。本当はもっと上手くやるはずだったんだけどよ」


「いえいえ、何をおっしゃいますことやら。助けていただきまして、心から感謝します、お兄さん」


「よしてくれ。しかし、あいつらは一体なんだったんだ?」


「わかりません……ただ、おそらくはこれを奪おうとしていたのでしょう」


 おばあさんはキラリと光る石を空にかざした。深い紫色に、繊細な模様。反射すると、他の色が混ざったように見える。複雑な美しさを放つ、いかにも貴重そうな代物だ。


「宝石か」


「ええ。私の大切なものです」


「……そうか。()られなくてよかったな」


 目を細める佳果に、おばあさんはにっこりとほほえみ返した。そうして優雅にお辞儀すると、再度お礼を述べる。


「本当にありがとうございます。申し遅れましたが、私はフルーカ。あなたのお名前は?」


「ああ、阿岸佳果ってんだ。ばあさん外国の人だったのか。どうりで目鼻立ちが整っているわけだ……日本語もペラペラだし、かっけぇな」


 一瞬、フルーカは目を見開いた。しかしすぐに元の笑顔に戻り、しみじみとした声色こわいろで返答する。


「まあ、お上手ね。……では佳果さん、お礼と言ってはなんですが、ぜひこれを受け取ってくださらないかしら」


 そう言ってフルーカは宝石を差し出す。佳果は目を点にした。


「おいおい、いま大切って言ってたじゃんか。ダメだぜ、俺みたいな(やから)に……」


「いいえ、あなただからこそお渡ししたいと思ったのですよ? ……どうか、輩などとご自身を卑下なさらないで」


 フルーカの澄んだ眼差しに損得勘定はなく、純粋な感謝の気持ちがこもっていた。佳果は受け取るべきではないと思う一方で、ここで拒むのも、なにかが違うような気がした。恐る恐る宝石を手にとって、彼は頭をかく。


「その……じゃあ、預かるってのはどうだ? やっぱこういうの、俺には似合わねぇと思うしさ……返して欲しくなったらすぐに返すから、そん時は遠慮なく言ってくれよ」


「ええ、ええ」


 満足そうにうなずくフルーカ。彼は照れくさくなったのか、そっぽを向きながら続けた。


「そ、それよかばあさん、怪我してんだろ? 家まで送るから、もう一度おぶって――」


 振り返ると、そこにおばあさんはいなかった。

 彼は唐突に、夕鈴の部屋で立ち尽くしていた。


「っ……!?」


 まるで、先ほどまでの光景がすべて幻だったかのような静寂。


『チュートリアルが完了しました。以降、ご不明な点がございましたらヘルプをご参照ください。なお、ヘルプは口頭で検索することも可能です』


 不意に鳴り響いたアナウンスにより、佳果は我に返った。


(そうか、さっきのはゲームの……なら、ばあさんもあいつらも、本当は……)


 佳果の手のひらで、フルーカから受け取った宝石が光っている。無言でそれを見つめる彼の横顔は、少し寂しげだった。

 そして急に、視界のはしでウィンドウが開く。


《"太陽の雫"を入手しました。インベントリに入れますか? はい いいえ 》


「インベントリ……? なんだそりゃ」


《ヘルプを参照します。インベントリとは、アイテムを管理するための倉庫に当たります。あなたにとって最もわかりやすい言葉で説明する場合、"どうぐぶくろ"と同じものです》


("どうぐぶくろ"……そういや、ガキのころ夕鈴(あいつ)がやってたゲームにあったっけな、そんなやつ。つーかこれ、俺の記憶でも読んでやがんのか? 返事も自動でやってるっぽいし、普通にやばすぎんだろ……)


 佳果の家は貧しいため、機械のたぐいとは縁がなかった。ゆえにその手の話は詳しくないのだが、少なくともこのゲームが異常に高いテクノロジーでつくられていることだけは、無知な彼であっても理解できた。


(……まあいいか。んで、この宝石を倉庫にしまうのかって意味だよな。ひとまず、"いいえ"っと)


 大切なものは肌身離さずに――彼の信念はアナログだった。

 "いいえ"にタッチすると、次のメッセージが表示される。


《これよりゲーム本編を開始します。最初の町へ転移しますか? はい いいえ 》


 "はい"を押す直前、彼はふと思った。このまま進みたいのは山々だが、よく考えると、自分はいま夕鈴の部屋にいるのだ。そして、もう数十分はゲームをプレイしているであろうこの状況。


「やっべ! "いいえ"っと……! なあ、一旦やめさせてくれないか!?」


《承知しました。それではログアウトします。お疲れさまでした》


 ブーンと下がる音がして、気がつくと佳果はヘルメットをかぶった状態で床に座っていた。


「帰ってきたのか……?」


 景色が変わらないため混乱してしまうが、ここは間違いなく現実世界のようだ。アバターは見えなくなっているし、格好も元の学ラン姿にもどっている。

 彼がヘルメットを取り外して立ち上がると、ちょうどそこへ夕鈴の母親が入ってきた。


「佳果君、よかったらご飯食べてく? ……あら、それ」


「あ、すんません、勝手に触っちゃって」


「ううん。そういえばあの子、すごく大切にしてたっけ……そのゲーム機」


「そうなんすか?」


「ええ、少しでも気晴らしになればと思って買ってあげたんだけど。よほど気に入ってくれたのか、ご飯のときはいつもそのゲームの話をしていたわね……といっても、それ以外はあなたの話ばかりだったけど」


「な! あいつなに考えてんだ……」


 赤面する佳果の態度がおかしくて、夕鈴の母はくすくすと笑った。しかしすぐ真面目な表情に戻り、彼にとある提案を持ちかける。


「あのね、佳果君。そのゲーム機、貰ってくれないかしら?」


「え?」


「ここに置いといても、きっとあの子は喜ばないと思うの。もしあなたが大事にしてくれるなら、それに越したことはないわ」


「で、でも俺みたいな……」


 瞬間、佳果はフルーカの言葉を思い出した。

 "ご自身を卑下なさらないで"。

 夕鈴の母も、あの時のフルーカと同じ目をしていた。彼は少しうつむいてから、不器用に、はにかんで答える。

 

「……いや、わかりました。絶対大事にするっす」


「ありがとう! じゃ、それ持って下においで。今日はカレーを作ってあるのよ」


「マジすか! いただきます!」


 夕鈴の母は笑顔で部屋を出ていった。あとを追う佳果は、手元のヘルメットに刻まれた『ASTER SOUL』の文字を見ながら思った。


(同じ日に、二つも大切なもん託されるなんてな。俺にどこまでやれるかはわからねぇが……守ってみせるから、待ってろよ――夕鈴)

お読みいただきまして誠にありがとうございます!


佳果君、本当に不良なんか……?

と思った方がいらっしゃいましたら、

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