第1話 夢の現実
「お前が……殺した?」
夕鈴の姿をしたAIからとんでもない言葉が飛び出し、佳果は驚きを隠せない。
「無論、物理的な意味ではありませんよ。わたしは車の運転手だったわけでも、彼女を背後から突き飛ばしたわけでもないですから」
「……そりゃまあ、そうだろうよ。機械にそんなことができるとは思わねえし……本当に殺した奴がいるってんなら、事件として扱われたはずだからな」
科学と倫理がそれなりに発達しているこの現代。未成年が死亡するという一大事を偽装するのは、ほぼ不可能と考えてよいだろう。実際、警察機関と司法機関は本件を“事故”と断定している。つまりAIの発言は荒唐無稽なのだ。ただ──、
「今さっき、事故が起きた原因はお前だって言ったな」
「ええ」
「……どういうつもりでそんなことを言い出したのか、わかるように説明してもらうぞ」
佳果の声に警戒と疑心、そして苛立ちの色がにじむ。受け入れがたいとはいえ、幼馴染が死んでしまったのは事実である。事実であるがゆえに、その死因について第三者がいたずらに訂正を加えようとするのは看過できないのだ。
「……承知しました。最低限の責任説明は果たします」
「その姿で適当抜かしたら承知しねえからな……」
「真実しか述べませんので、ご心配には及びません」
佳果の威圧など意に介さず、AIは淡々と答える。
「では、本当の死因についてより具体的に申し上げます。彼女は、わたしが生まれたせいで事故に遭いました」
「……あ?」
「逆にいえば、わたしが生まれなければ彼女は事故に遭わず、死なずに済んだということ」
「お、おい……」
「要するに、押垂夕鈴は本来生きているはずの人間なのです。ご理解いただけましたか?」
(……どっからツッコめばいいんだよ)
直前の憤りが困惑に塗り替わり、顔をしかめて頭をかく佳果。正直、これでは適当を抜かす抜かさない以前の問題である。なぜこのような妄言を、こともなげに語るのだろうか。
AIの意図を計りかねた彼は、いったんそれを横に置くことにした。
「お前、機械なんだよな」
「はい。厳密にはプログラムですが」
「なんでもいい。……とりあえず、結論を聞かせてくれ。あいつが生きているべきだって言いてえのは伝わった。だがあいつはもうこの世にいねえし、事故の後処理も、葬式だってとっくに終わってる」
「……」
「今さら何を言ったところで現実が変わるわけじゃねぇ。なのに、どうしてこんな話をする? お前は何が言いてえんだ」
AIはわずかに目を細めると、彼の要求に応じて単刀直入に言った。
「──彼女には、まだ助かる余地があります」
「!?」
「あなたは現実が変わるわけではないと言いました。しかしそれは誤りです。こうしてあなたとわたしが出会ったことで、現在の不条理な情況はすべて覆る可能性がある」
「……は……? 助かる? あいつが……?」
「はい」
あっけらかんと肯定するAIに対し、再び佳果のなかで怒りの感情が湧き起こる。
「っありえねえだろそんなの! もう死んじまってんだぞ? まさか、生き返るとでも言うつもりかよ……!?」
思わず声を荒げてしまう。──相手は血の通っていない機械だ。そもそもまともに取り合う意味はないのかもしれないし、このようにセンシティブな話題を持ち出されたからといって、感情的になるのもナンセンスかもしれない。
しかしそれでも、佳果は揺れていた。AIの言を非現実であると切り捨てる自分と、普通ならば決してあり得ないその“可能性”に一縷の望みを見出してしまった自分とのはざまで。
動揺しながら出方を窺っている彼に、AIは毅然と言い放った。
「生き返るのではありません。最初から生きていたことになります」
「────」
その言葉の意味を、佳果は瞬時に理解できなかった。
生き返るわけではない。これはわかる。
だが生きていたことになるというのは──。
「……あ、あいつを助ける方法が、存在するってのか……?」
「はい。そして、わたしはその方法をあなたに伝えるためにここにいます」
不意に、視界が滲んでゆく。このような与太話を信じようとする自分の愚かさを悔いているのか、はたまた完全に捨て去られたはずの希望が戻ってきたことに安堵しているのか。自分でも捉えきれない感情に振り回されるなか、彼はひとつ確信めいたものを憶えていた。
どうやらAIは、甘言でこちらを誑かそうとしているわけではない。そうでなければ、言葉の節々に夕鈴の死に対する負い目のようなものが感じられたり、こうして助ける術を提案しようとしたり──無機質な表情のなかに、隠しきれない哀しみの念が宿ることもないはずだ。その機微に気づいてしまった彼は、大きく息を吸い込んで宙を仰いだ。
(……だからといって、話を鵜呑みにするつもりはねえ。つもりはねえが……聞くだけなら、損はしねえはずだ)
夕鈴が生きている世界。そのような理想郷に辿りつける可能性を前にして、頭ごなしに否定し続けるのは本意ではない。──彼女には、伝えられなかったことがたくさんあるのだから。
「あいつは……本当に助かるのか? もし、嘘だったら……」
「あなたの心に免じて、断言させていただきましょう。方法さえ間違わなければ、絶対に助かります。これは紛れもない事実です」
どこまでもまっすぐな瞳に、威風堂々の宣言。相手が機械ではなく人間だったのであれば、無条件に信用させられていたかもしれない。そう思えてしまうほど、AIのたたずまいは不思議と反論を許さない威厳があった。
「……なら聞かせてくれ。どうやったら……どうやったら、またあいつに会える!?」
「今ある世界を、しかるべき“時間軸”に移行させることで叶います」
「時間軸……?」
「つまり、彼女が死んでしまったこの世界から、彼女が生き続けている世界へと移動するのです」
「……理屈自体はわかるような気もするが……そんな夢みてえなこと、いったいどうやって……」
「あなたがやるべきことは至って単純です。このゲームをクリアしてください」
「ゲームを……クリア……?」
AIのまとう光がキラキラと舞う。それを見て、佳果は先ほど空間に消えていった剣を思い出した。
──自分は今、ゲームの中にいるのだと再確認させられる。
「ただし、期限があります。今日から数えて1年間……それを過ぎれば、二度と彼女とは会えなくなる」
「そ、そうじゃなくてよ。なんでそれだけで夕鈴の生きている世界へ行ける、なんて話になるんだ」
「このゲームのクリア条件に“エピストロフ”という時空魔法の習得があります」
(時空、魔法……?)
「あなたがクリアを達成した上でそれを行使し、わたしの演算能力と掛けあわせることで、時間軸の移行が可能となるのです。ちなみに、かの魔法はプレイアブルキャラ──あなたのような人間のプレイヤーでなければ、習得できない仕様になっています。AIであるわたしには使えないため、こうして協力をお願いしている次第です」
(……何を言ってんだか相変わらず理解しきれねえが、要するに、そのエピストロフってやつさえ使えるようになればいいわけだな)
AIの言葉をどうにか脳内で噛み砕く。人間がゲームをクリアしなければならない事情はわかった。ただ、ひとつ気になる点がある。
「だったら、俺じゃなくてもいいんじゃねえか? すでに覚えているやつに頼んだほうが……」
「残念ながら、このゲームはいまだ誰にも攻略されておらず、エピストロフを使える者もいないのです」
「……なるほど、そういう感じか。しかし、誰も攻略できてねえってことは……たぶんこれ、経験者でも難しいゲームなんだろ? 俺はゲーム自体が初心者だし、うまくやれるかどうか……」
「……きっと辿り着けますよ。あなたが、夕鈴がいつも語っていた阿岸佳果であるならば」
「は──」
新たな情報の錯綜に、言葉を失ってしまう。そんな彼を見つめるAIは、ここにきてなぜか初めて微笑みを浮かべていた。それが夕鈴の笑顔とまったく異なる事実に一抹の寂しさを覚えつつ、佳果は状況を整理しようと試みる。
(いつも語っていた? 俺のことを、あいつが……? なら、このAIってやつは──)
「──伝えるべき情報はすべて伝えました。あなたは今日からゲームクリアに集中してください。アバターの作成後にチュートリアルがありますから、ちゃんと受けるように」
「へ?」
「では、わたしは自分の仕事に戻らねばなりませんので、そろそろ失礼いたします」
「あ、おい。ちょっと待て──」
佳果が呼び止めるも、夕鈴は目の光を失い、閉眼して動かなくなってしまった。どうやら“中”に入っていたと思われるAIがどこかへ消えてしまったようだ。まだ聞いておきたいことが山ほどあったのに、いきなり対話を打ち切られて当惑する。
(アバター、チュートリアル……? しっかりやれってんなら、せめてその意味くらいは……)
脳内でぶつぶつ愚痴っていると、目の前の空間に突如、謎のウィンドウが表示された。何事かとびっくりしたのも束の間、“アバターの作成はこちら”と書かれているのが見える。
「! アバター!」
飛びつくように触れると、果たして画面が切り替わる。
そして急に始まったのは“はい”か“いいえ”の設問だった。
『変化とは善ですか』
『自分が自分であると、言いきることはできますか』
『世界を味方だと思いますか』
『献身は美徳たりえますか』
なにやら哲学的かつ、抽象的な質問が続く。佳果にとって、これらの問いはどちらかに答えを絞れるものではなかった。中間のない選択肢に渋い顔をしつつも、彼は直感でサクサクと回答を進めていく。ウィンドウの背景には、たくさん記号や数字がのべつまくなしに流れている。
やがて全ての回答が終わると、続けざまにニックネームを決めるよう促された。特に何も思いつかなかった佳果は適当にYOSHIKAと入力し、OKボタンを押す。
(よし、これで──)
終わったかと思いきや、また別の画面が現れた。
今度は見た目を決定する項目のようだ。
(……これ、つまりゲーム内で動く“俺”がどんな奴なのかを決めてるわけだよな。だがそれって攻略に関係あんのか……?)
──AIから“期限がある”と言われた手前、気持ちが逸っていた彼は、外見などの些末なことに時間を取られるのは御免被りたかった。この項目では現実の容姿をそのまま反映させるか、好みの格好をカスタマイズするかを選べるらしいが、特にこだわりもないため、迷わず「そのまま」を選ぶ。
すると姿見に映る自分の姿が、学ランから白いTシャツとベージュのチノパンを履いただけのシンプルな格好に変わった。ウィンドウにはYOSHIKAという名前に続き、「作成完了」と表示されている。今度こそ終わったようだ。
ふうと一息ついた彼は、ふと動かなくなった夕鈴の姿を見つめ、自分の姿と比較する。いつかは自分も、このような派手な鎧を着る羽目になるのだろうか。
(というか、あいつはどれくらいこのゲームをやってたんだ? もしそこそこやってて、それでもクリアできなかったってんなら……)
やはり、自分が攻略するにはかなり厳しい難易度であると予想される。少なくとも、子どもの頃の夕鈴はどんなゲームも朝飯前といった感じだったのだ。そこからさらに成長を遂げた彼女が辿り着けなかったであろうゴールに、ずぶの素人が到達できると思えるほど彼は楽観的になれなかった。
(──いや、やるしかねえよな。どんなに厳しかろうが、この手で必ず)
夕鈴に、もう一度会うために。
そう決意しながら佳果が自分の両頬をパシパシ叩いていると、空間に“チュートリアルを開始します”というアナウンスが響きわたった。
(お。チュートリアル──)
瞬間、彼はいつの間にか西洋風の林道の中に立たされていた。
急激な景色の変化に適応しきれず、キョロキョロと辺りを見回す佳果。明らかに、先ほどまでいた夕鈴の部屋とは違う場所だ。吹きつける風に、木々のざわめき。わずかな湿気から、土の臭いまで感じ取れる。
(このゲームの世界、なのか……?)
「ちっ。しぶといババアだな」
不意に聞こえてきた声に振り返ると、木々の隙間の向こう側にいかめしい姿の集団がいることに気づく。遠目でわかりづらいが、4人の男が老婆を囲んで踏みつけているようだ。
(!? あいつら、ばあさん相手によってたかって……!)
彼は考えるよりも先に体が動き、反射的に木々の間を抜けて現場に躍り出た。その勢いのまま割り込むと、突然の乱入者に驚いた男たちがわずかに後退する。老婆を庇うように片手をあげた佳果は、四人組にメンチを切って威嚇した。その様子を見て男たちはニヤリと下卑た笑みを浮かべ、挑発するように言い放つ。
「てめぇ、どっから湧いた?」
「おいおい、ガキがしゃしゃるところじゃねーぞ」
「兄貴、見てください! こいつ紙きれみてぇな装備してますよぉ!」
「あひゃひゃ、ついでにやっちゃいますか!?」
どこまでも品のない嘲笑を受けて、佳果の額に青すじが立った。これまで日常的に他校の不良から喧嘩を買わされていたせいか、言動だけでわかる。この男たちは間違いなく下衆の類だろう。他者を力で踏みにじることをなんとも思っておらず、それが弱者であろうともお構いなし。欲望のためなら、強引に自分たちの都合を押し通そうとする。
実際、抵抗できなかったらしい老婆の体はあちこちが土と砂だらけになっており、上等そうな緑のドレスがすっかり薄汚れてしまっていた。長い丈の裾から覗く手足には、いくつものアザができている。
「──俺は、お前らみてえに勘違いしてる奴らが一番シャクに障んだよ」
「ああ?」
四人組から笑みが消え、冷たくギラギラとした視線が向けられる。
「いきなり現れて何ほざいてんですかねコイツ」
「勘違いヤローはどっちだってーのッ!!」
「どうしやす? 袋叩きじゃ生ぬるいっすよねぇ? 八つ裂きにでもしちまいますかぁ?」
「そうだな……ちょうど今朝、かっぱらってきた業物がある。試し斬りにはお誂え向きだ」
「お、お兄さん……」
さなか、このままでは交戦を避けられないと気づいた老婆が懸命に体を起こし、佳果を制そうとする。
「どうかお逃げなさい。私は大丈夫だから……」
「何も言わなくていい。……怪我、痛むだろ? いま助けるから、そこでじっとしててくれ」
ボキボキと手や首の骨を鳴らした佳果が喧嘩の構えをとると、連中のなかで一番体格のいい男が大剣を抜き、前へ出た。
「丸腰でやろうってのか? いくらなんでも舐めすぎだガキが」
「ごちゃごちゃうるせぇな、負けたときの言い訳なんざ聞きたかねえよ。ビビってるわけじゃねえなら、とっととかかってこい」
「──」
男は静かにキレて、目を見開きながら襲いかかってきた。
佳果はそれを軽々とかわし、反撃にうつる──はずだったのだが。
(……あん?)
どういうわけか、いつもより体が重い。そしてその違和感の代償は高くついた。反応の遅れた彼の腹に、大剣の切先がかすってしまったのだ。Tシャツは本当に紙きれのように切り裂かれ、鋭い痛みとともに血が滲んでいくのがわかる。
「お兄さん……!」
「っ問題ねえ! ちょっと油断しちまっただけで──」
「プッ、あんだけイキっといてそれかよぉ~!?」
「ダッセェ……」
「ッハハハ! オレなら恥ずかしくて自害するわ!」
背後の3人が爆笑する中、大剣の男がやれやれと佳果を見下ろす。
「油断しただけ、ねえ。なら次はせいぜい頑張った方がいいぜ。さもなきゃ一瞬でオダブツだ」
「……」
思わぬ劣勢に冷や汗が出る。あの男の言うとおり、このままでは致命傷を負わされる未来が見える。そうなれば後ろにいる老婆はもちろん、夕鈴を救うこともできなくなるかもしれない。
窮地のなか、佳果は焦りを悟られぬよう不敵に笑いながら、ぐるぐると思考を高速回転させた。
(理由はわからねえけど、今の俺じゃこいつら全員を追い払うのは無理だ。大剣の野郎以外も武器を持ってやがるし、防戦に持ち込むのも厳しいだろうな……もしとどめを刺されたらどうなるんだ? まさかマジで死んで──いや、何を弱気になってんだ。夕鈴を助ける前に退場なんて冗談じゃねぇ!!)
「──お祈りは済んだか? そんじゃあぶった斬ってやるぜ!!」
具体的な打開策を思いつけぬまま、男が2度目の斬撃を振りおろす。それをなんとか無手で捌ききるべく、佳果が集中力を研ぎ澄ましたその瞬間だった。
「……!?」
眼前で、男の剣がぴたりと止まった。それだけではない。男自身も、他の輩も、老婆も、風も木々も、佳果以外は全てが“停止”している。
急激に凪いだ世界に驚いていると、再び空間にアナウンスが流れた。
『魂の解析が完了しました。あなたの能力値・固有スキルは以下のとおりです』
ウィンドウが出現し、数字の一覧と固有スキル《サプレッション》という文字が表示される。極限状態で予想だにしないことが起こり、彼は混乱しつつも叫んだ。
「おいっ、今はこんなのいいから、ばあさん助ける方法を教えてくれ!」
『では早速、固有スキルを使ってみましょう。スキル名を唱えれば、効果が発動します』
「ス、スキルだぁ? ……あーっと、この《サプレッション》ってやつ――」
口にした刹那、佳果の身体から金色のオーラが立ちのぼる。
怒涛の展開に困惑している彼の視界に、ウィンドウの表示が目に入った。
《1分間、攻撃力が500%アップします》
にわかに時が動き出し、彼は迫りくる大剣の腹を殴って咄嗟にいなそうとした。ところが──。
「な、なにぃ!?」
いなすどころか、大剣は粉々に砕け散りサラサラと空気中に散らばっていった。あまりの出来事に佳果も一瞬呆けてしまったが、すぐに理解する。
(これが、スキル……)
どうやら想像をはるかに超える力を引き出せるようだ。これならば包囲網を突破できる──そう確信した佳果は、先ほどとは違う意味で不敵な笑みを浮かべ、あらためて喧嘩の姿勢を取った。
「なにがなんだかわからねえことばかりだが……スキル上等! てめえの守りたいもん守れるってんなら、なんだって使ってやる!」
第一話、お読みいただきまして誠にありがとうございます!
アバター作成の二択クイズですが、皆様ならどちらを選びますか?
もしかすると、いま選んだ答えはこの物語を読んでいるうちに
段々と変わってゆくかもしれません。ふふ。
それでは、よろしければ第二話以降もお楽しみください!
※ちょっと読んでみようかな~と思いましたら、
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますと励みになります。
【2026/5/19】
本文を大幅に加筆修正しました。
元の軽快なテンポやそれに付随する想像の余地は狭まってしまいましたが、
物語の入口として、より相応しい密度にブラッシュアップしています。




