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魂が能力になるVRMMO『アスターソウル』で死んだ幼馴染と再会したらAIだった件  作者: 焉
第一章 意志は紡ぐ ~ひかれ合う魂~

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プロローグ

「ありがとうね、佳《よし》果《か》くん」


 背後からそう声をかけられて振り返ると、物悲しく微笑む女性の姿がある。

 佳果と呼ばれた青年は「いや」と相槌を打ってから、ゆっくり頭を下げた。


「俺にはこれくらいしかできなくて……すんません」


「ふふ、どうして謝るの? ……あなたが手を合わせに来てくれて、きっと夕《ゆう》鈴《り》も喜んでいるわ」


「……そうだと、いいんすけど」


 佳果は顔を上げ、伏し目がちに頭を掻いた。癖のある短い金髪に、小麦色の瞳。着くずした学ランと、耳たぶに光る緑色のピアス。やや威圧的にも見えるその姿とは裏腹に、彼は穏やかな口調で続ける。


「いまだに、実感が湧かないんすよね。こうすれば、少しは整理がつくかなと思ったんすが……」


「私も同じよ。……本当に、突然のことだったからね……」


 二人で木製の小さな仏壇へ座り直す。白い額縁のなかにいる幼馴染の少女──押《おし》垂《たり》夕鈴が、ひだまりのような微笑みを浮かべている。やわらかそうな亜麻色の髪に、透き通った青い瞳。写真以外ではもう見ることが叶わないのだと思うたび、心臓のあたりに針で刺されたような痛みが突き抜ける。

 その耐えがたい苦痛と寂寥感から逃げるように、佳果はあらためて黙祷に入った。夕鈴の母親も、彼と一緒に目を閉じる。


◇


「……やっぱり、あなたは昔から変わらないわね」


 佳果が合わせていた手を離すと、不意に夕鈴の母親が言った。


「最近じゃ、番長をやってるなんて噂も聞いたけど」


「!? そ、そりゃデマっすよ。俺、誰ともつるんでませんし……いやまあ、ふっかけられたケンカを、無理やり買わされることくらいはある……かもしれねえっすけど……」


「そうなの? ……あんまり危ないことはしちゃダメよ?」


「……ういっす」


 素直にうなずく佳果に、夕鈴の母は目を細めた。そうして、天井を見上げる。


「あなたもいろいろと大変みたいね。それなのに、ずっと夕鈴と仲良くしてくれて……見守ってくれて、本当にありがとう」


「別に、俺は何も……」


「ふふ、それが足繁《あししげ》くうちへ通ってくれていた子の言うセリフかしら」


「! 知ってたんすか……!?」


「ええ。あなたたちは隠しているつもりだったかもしれないけど、土曜の夜になると、いつもうちの庭先に来ていたわよね。あの子と話をするために」


「……」


「家族以外で話せるのは、佳果くんだけだったみたいだから……夕鈴にとって、あの時間は大きな心の支えになっていたはずよ。──最期に勇気を振り絞れたのも、きっとあなたのおかげ。心から感謝しているわ」


 まっすぐな視線をぶつけられ、佳果は憂いを帯びた表情でふるふると首を横に振る。


「……ダチですから」


 ──夕鈴は長らく不登校だった。そんな彼女が約1年ぶりに登校した日の朝。交通事故により、17歳という若いみそらで帰らぬ人となる。この悲劇は同じ町に暮らす多くの者に衝撃を与えたと同時に、親しい関係だった者たちに計り知れない絶望をもたらした。


「やっと……やっと、一歩を踏み出したところだったのにね……」


 留めきれずに落ちた涙を誤魔化すように、夕鈴の母が後ろを向く。

 ──やるせない空気に押しつぶされそうになるが、佳果は今日、悼むためだけにここへ来たわけではなかった。静かにひとつ深呼吸したあと、意を決して問いかける。


「……おばさん、一つ確認したいことがあります」


「? どうしたの改まって……」


「あの日、あいつはどんな様子でしたか? なんか……こう、いつもと違う素振りをしてたとか、そういうのは」


 「そうね……」と震える声で言った夕鈴の母は、ティッシュで鼻を押さえながら当時の様子を思い返す。


「……かなり、慌てているように見えたわ。もう授業は始まってるくらいの時刻だったから……たぶん、せっかく学校へ行くつもりだったのに寝坊しちゃって、焦ってたんだと思う」


「寝坊……けどそれなら、無理に行かないで別の日に仕切り直してもよかったんじゃ」


「私もそう言おうとしたの。でもあの子、“今日じゃなきゃ駄目”だって……」


(……?)


「それで、朝ご飯も食べずに飛び出して行っちゃったの。もしかしたら、再出発するならあの日だって、自分の中で決めていたのかもね」


 佳果は考え込むように口元へ手をあてながら、もう一歩だけ踏み込む。


「……ちなみに、他に何か言ってたことは……」


「……」


 にわかに訪れた沈黙に、脳内で首をかしげる佳果。

 夕鈴の母は少しの逡巡を経て、ぽつりと言った。


「……いつもありがとう、愛してるって……」


 ──おそらくは、それが最後の言葉だったのだろう。その時の夕鈴がどんな表情で、どんな口調だったのか。母親がどれほどの無念に苛まれているのかは、想像に余りある。

 佳果が申し訳なさそうに謝ると、彼女も「ううん、こっちこそごめんね」と立ち上がり、洗面所のほうへ向かった。


「……」


 “究明”のためとはいえ辛い想起をさせてしまったことに強い罪悪感を覚えつつ、佳果は眉をひそめてうつむき、思考を巡らせる。


(やっぱり、妙だ)


 あの日、夕鈴が車に撥《は》ねられた場所は通学路から少し外れた道だった。まっすぐ学校に向かうのなら、通る必要のない道。その先にあるものといえば、コンビニにゲームセンター、そしてさびれた公園だけだ。


(そんなに急いでたんなら、コンビニでなんか買おうとしてたって線は薄いよな……)


 消去法で、他の二箇所。しかしどちらも制服で向かうには不自然な場所である上、コンビニと同様、火急《かきゅう》の用事で向かう先としても違和感がある。そもそも夕鈴は品行方正な人物で、通学していた頃は寄り道など一度もしたことがなかった。加えて、先ほど母親が話してくれた彼女の言葉。


(今日じゃなきゃ駄目……ありがとう……愛してる……)


 夕鈴があの日を大きな転換点として捉えていたのであれば、普段より感情的な口調だったとしても不思議はない。だがその一方で、佳果の脳裏にちらつくのは別の解釈だった。それらの言葉はまるで、自分を──、


(そんなはずねえ! あいつに限ってそんな真似をするなんざ……絶対にありえねぇんだ……!!)


 思考を振り切るように強く首を横に振る。夕鈴を信じているからこそ、それだけは何があっても否定しなくてはならない。ならば、理由はまったく別のところにあったはずだ。


(あいつが通学路にいなかった理由……“場所”が目的じゃなかったんだとすれば──まさか)


 ふと思い至る。素行不良のきらいがある佳果は午前中、たまにコンビニで買い食いしたり、ゲーセン前で野良猫と戯れたり、誰も来ない公園のベンチで昼寝したりと、ある程度の時間を潰してから学校へ行くのが日課となっていた。以前、それらの非行についてうっかり夕鈴に話してしまい、小一時間ほど説教されたことがある。つまり彼女は知っていたのだ。あの日あの時刻、自分がどこで、何をしている可能性が高かったのかを。


「……」


 事実、彼は当時、公園のベンチでうたた寝をしていた。そして救急車のサイレンに起こされ、胸騒ぎを覚えて現場へ駆けつけると、無惨に大破した乗用車と、そのそばから誰かが救急隊の担架で運ばれていくところを目撃したのだ。


 あれが夕鈴だとわかったのは、消沈したその足で学校に向かったあと、授業時間だというのに不在だった担任教師がようやく姿を見せたと思いきや、「病院から連絡があった」と前置きし、事故の経緯を説明したからである。


「……」


 わずかなめまいと明確な吐き気に襲われ、視界が狭くなる。あの時ほど後悔したことはない。なぜ近くにいたにもかかわらず、自分は呑気に寝ていたのだろう。なぜサイレンが鳴るまで騒ぎに気づけなかったのだろう。なぜ、すぐに夕鈴だと気づかなかったのだろう。──なぜ、守れなかったのだろう。なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。


「……くん……佳果くん!」


「!!」


 いつの間にか戻ってきていた夕鈴の母の声で、佳果はハッとした。


「どうしたの? 具合でも悪いの?」


「あ……すんません。ちょっと呆けちまって。大丈夫っす」


「そう? ならいいんだけど……」


 心配そうな彼女にすましてみせると、佳果は先ほどの思考で辿り着いた仮説について再確認する。夕鈴はおそらく、自分に会おうとしていた。無論、それが精神的ショックから来る傲慢な妄想である可能性も否定はできない。ただ、もしこの予想が当たっているのだとしたら。


(──俺に、何か言いたいことでもあったのか?)


 そう考えた瞬間、彼は視線を母親の後ろのほうへ移した。

 あれは2階にある夕鈴の部屋へと続いている階段だ。


「……そういえば、あいつの部屋って今どうなってますか?」


「え? ……軽く掃除はしているけれど、ほとんど手つかずね。まだ心の整理がつかなくて」


「……あの、ほんとすんません。本当なら、こんなことは言うべきじゃねえってわかってるんすけど。少しだけでいいんで、あいつの部屋、見せてもらうことってできますかね」


「!」


「あ……もちろん、おばさんも、一緒に来ていただく感じで構わないんで……」


「……」


 ──いったい何を思ってそのような申し出をしたのかはわからないが、彼の真剣な表情に、夕鈴の母は思うところがあった。目的がなんであろうと、今の彼にとって、それは必要なことなのだろう。なにより愛娘の大切な友人の頼みを無下にする理由もない。


「……いいわよ。私はここにいるから、一人で見てきてらっしゃい。もしかしたらあの子、まだ部屋にいるかもしれないし……よかったら、お話ししてあげてくれる?」


「……ありがとうございます」


◇


 彼女の部屋に入ると、室内には一切の音がないように感じた。

 しんという静寂が耳の奥で飽和し、鼓膜がやぶけそうになる。


「──」


 しばし立ちすくんでいた彼は、ふうと長く息を吐いた。

 そうしてゆっくりと、部屋の奥へ足を踏み入れる。


(……ん?)


 不意に、学習机のほうへ視線が吸い寄せられた。そこに置いてあったのは、バイクのヘルメットのような物体。記憶違いでなければ、ゲーム機だったはずだ。


(あいつ、こんなの持ってたのか……)


 なんとなく近づいて、ディテールを確かめてみる。マットな質感の白い球体と黒いアイマスクのようなものと組み合わさることで、どことなく近未来を感じさせるようなデザインだ。てっぺんには何かの記号が刻印されており、右頬部分には電源マークのボタンがある。佳果はふと、幼い頃に夕鈴がやっているテレビゲームの画面を、横でぼんやり眺めていたことを思い出した。


「……」


 テレビのないこの部屋で、どうやって遊ぶのだろう。ヘルメット状ということは、この黒い部分がモニターになるのだろうか。だとすれば、昔のようにゲームの様子を眺めることはできなさそうだ。

 そんなことを考えつつ、いろんな角度から観察すると、かなり小綺麗であることがわかる。母親が掃除したのか、最近まで使用していたからなのかはわからないが──いずれにせよ、高校生になってからもこういう趣味を続けているという話は本人から聞いたことがなかったため、少し意外だった。


(……中はどうなってんのかな)


 遺品のため、不用意に触れるのは憚られる。佳果はしゃがみこんで内部を覗き込んだ。すると、小さな付箋が貼りついていることに気づく。


「?」


 普通、付箋をこんなところに貼るだろうか。ゲーム機をかぶるとき邪魔になるし、何らかの意図があるなら外側に貼りつけるのが自然だ。もし、これを夕鈴が意図して貼ったのなら──。


「悪い。一応、確認させてくれ」


 意を決して剥がしてみると、粘着面側に夕鈴の筆跡で何かが書かれている。それを読んだ途端、佳果の心臓がドクンと脈打った。


『調べないで』


 誰に宛てられたものなのかはわからない。しかし、奇妙にも彼は確信した。

 このメッセージには、今すぐ逆らわなければならないと。


「──」


 衝動にまかせてゲーム機をかぶる。電源ボタンを押すと、静かな起動音が鳴り、上部に刻印されていた記号が目の前に浮かび上がってきた。ところがその直後、なぜか視界は夕鈴の部屋に戻ってきてしまう。背後の姿見に映るのは、先ほどまでと何も変わらぬ学ラン姿の自分だ。


(あれ、でもメットはどこに──)


「その魂……あなたが阿岸《あぎし》佳果ですか」


 不意に背後から聞こえた声にぎょっとして振り返ると、そこには夕鈴が立っていた。


「……はっ?」


 やわらかそうな亜麻色の瞳に、透き通った青い瞳。

 その姿は間違いなく、佳果のよく知る彼女そのものだった。

 ――白い鎧に金色の剣を携え、全身からわずかな光を発していることを除いては。


「どっ……どうして……」


「? どうして、といいますと?」


 夕鈴が首をかしげ、不思議そうな顔をする。

 その一挙手一投足が生前の彼女を彷彿とさせ、佳果は狼狽した。


「どうして、生きて……しかも変な格好で……」


 声を震わせながら“信じられない”といった眼差しを向ける佳果に対し、彼女は「なるほど」と呟いて剣を手放した。たちまち空間に掻き消えていった剣を見て、佳果はさらに動揺する。


「よいですか、阿岸佳果。ここはゲームの世界……いわゆる仮想現実です。そして、この姿は確かに押垂夕鈴を反映していますが、わたしは彼女ではありません」


「!? い、いや、どっから見てもお前は──」


「少し落ち着きなさい。彼女はもう、亡くなったはずでしょう?」


「!」


 ピシャリと現実を突きつけられ、混乱と理解がいっぺんにやってくる。確かに、夕鈴の声であるが語調は違うようだ。常に朗らかだった表情も、今はどこか無機質な印象がある。──目の前にいるのは夕鈴であって、夕鈴ではない。

 すっかり押し黙った彼を見て、相手は続けざまに口を開いた。


「自己紹介が遅れました。わたしはAI。あなたがここへ来るのをずっと待っていました」


「えーあい……って確か、機械のことだっけか?」


「その認識で構いません。それはさておき、取り急ぎあなたへお伝えしなければならないことがあります。──彼女が死んだ、本当の理由(・・・・・)について」


「…………おい、そりゃどういう意味だ」


 直前までとは打って変わって、佳果の眼光が鋭くなる。

 がぜん平静さを取り戻した彼にAIは双眸《そうぼう》を細め、続く言葉を待った。


「あいつは交通事故で死んだんだ。それ以外にどんな理由があるってんだよ」


「確かに彼女は事故で亡くなりました。しかし、その事故が起きた原因はわたしなのです」


「あ……?」


 AIの主張に、佳果は強く眉根を寄せた。

 無表情ながらも、AIの瞳がごくわずかに揺れる。


 ──4月下旬の午後4時半。

 カーテンの隙間から差し込む西日が、二人の間に境界線を作っていた。


「押垂夕鈴は、わたしが殺しました」

お読みいただきまして誠にありがとうございます。

よろしければ第一話もお楽しみいただければ幸いです。


【2026/5/18】


本文を大幅に加筆修正しました。

元の軽快なテンポやそれに付随する想像の余地は狭まってしまいましたが、

物語の入口として、より相応しい密度にブラッシュアップしています。

※近日中に第一話も修正予定です。

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